012 ハナビの挑戦状

 その書類は何らかの依頼書のようだった。ラスタはその内容を確認するため、バーカウンターに引き返す。


「えっと……流行り病に対する新薬の研究開発……必要となる素材の採集依頼……?」


 難しい単語が並んでいて読むのに苦労したラスタだったが、大体の内容は把握できた。


 これは医療大臣からの依頼書だ。貧民街で流行っている激しい咳を伴う流行り病の治療および予防を行うための薬を開発したいと書かれている。


 だが、そのためには領都近郊に広がる『チャコール森林地帯』に自生する『銀凛草ぎんりんそう』および生息している魔獣『シルバナバイコーン』の角が必要らしい。


「おー、ちゃんと文字が読めるみたいだね。感心感心!」


「文字の読み書きもアイゼン師範から習ったんだ。それでこの依頼書が挑戦状ということは、俺がここに書かれているものを森林地帯から採ってくればいいってことかな?」


「そういうことになる! チャコール森林地帯はかなりの近場だし、採取にかかる時間を考慮しても、日が暮れるまでには帰ってこられるはずさ」


「なるほど……」


 納得しかけるラスタ。待ったをかけたのはクロエだった。


「ちょっと待ってください。これはラスタ様に対する挑戦状と言うより、ただの仕事の依頼じゃありませんか? これで本当にラスタ様の力の証明になるんですか? それに……もしかして、これをラスタ様1人にやらせるつもりですか?」


「ああ、1人でやってもらうし、私はこれで実力を測れると思ってるよ」


「そんな……危険すぎます! いくらラスタ様が強くても、1人では万が一の時に助けを求められません! 次期領主のやることじゃないですよ!」


 烈火のごとく怒るクロエ。彼女を止めたのは他でもないラスタだった。


「クロエの言ってることは正しい。責任ある立場の人間なら、こんな危険なことはしちゃいけない。でも、俺はハナビの信頼を勝ち取りたいし、騎士たちの仕事を身をもって体験したい」


「ラスタ様……」


「結局、人っていうのは同じ目に合わないと他人の気持ちがわからない。危険に身を投じるのも、お互いを理解し合うためだ。俺はこの挑戦を受けて立つ!」


 ラスタは温和な人間だが、時に鋼のように考えを曲げないこともある。これは言っても無駄だなと悟ったクロエは致し方なく挑戦を認める。


「十分に気を付けてくださいねラスタ様。あなたはもうこの領地を背負う人なのですから」


「ああ、わかってる!」


「話はまとまったみたいだね。じゃあ、これから採取にあたって注意すべき点を説明するよ」


 ハナビはどこからか大きなリュックを持って来てカウンターに乗せる。そして、その中に入っていた太い円柱状の空き瓶を取り出した。


「銀凛草は生えている場所の土ごと瓶の中に入れるんだ。その後、近くの水場から少量の水を注ぐ。これで持って帰るまで枯れることはない」


「ふむふむ……」


「シルバナバイコーンは魔獣ではあるけど、森林地帯の外には出てこないし、向こうから襲ってくることは滅多にない。2本生えている角は定期的に生え変わるから、生え変わって落ちた角を拾えれば万々歳。どうしても見つからない場合は、できる限り角が伸び切った個体から切り取るんだ」


「き、切り取るのか……」


「案外脆い角だから、背後から近づいてナイフでガッとやれば切れるよ。それにまたいくらでも生えてくる。気にすることはないさ。ただ、シルバナバイコーンはシルバーナ領の固有種で数がそんなに多くない。殺しだけはご法度はっとだよ」


「結構大変なんだな……。ハナビはすごいね」


「金を払っても冒険者ギルドに押し付けられないような面倒事をやるのが騎士の仕事さ。必要な数は草が8に角が6だ。少ないとちょっと困るが、多い分には問題ない。このリュック詰めてここまで帰ってくるんだ」


 その後、チャコール森林地帯までの経路、それぞれの採取物のイラストや特徴、生息地などを頭に叩き込んだラスタは、リュックを背負って出発の準備をする。


「馬はいるかい?」


「いや、俺が走った方が速い」


「ふふっ、面白い冗談だね」


「いやいや、本当に今の俺は風のように速いんだ。じゃあ、行ってくる!」


 ラスタは詰所の扉を開け放ち、勢いよく飛び出していった。ハナビが外まで追いかけて姿を確認すると、本当に自分の足で走っているのが見えた。


「呆れた……。本当に走って行っちゃったよ。こりゃ帰りは夜になるぞ~」


「いえ、むしろもっと早く帰ってきますよ」


「えぇ?」


 クロエはバーカウンターの中に入り、散らばった書類を1つ1つ確認している。この領地が抱えた問題……それがこの無数の依頼書に表れているからだ。


「あいつ、そんなに足が速いの?」


「速いというより軽いんです。生まれた頃から背負わされていた重りが外れた今、ラスタ様は風のように軽く動けるんです」


「ふーん、お嬢ちゃんはあいつとよっぽど深い関係みたいだね」


「ええ、今となってはラスタ様をよく知る人間は私しかいません。だからこそ、誰よりもラスタ様のことを心配しているのです。本当に1人で行かせるんですか?」


「ふふふっ、そんなわけないさ。流石の私も次期領主様を雑に扱う勇気はないよ」


「ということは、ハナビさんが後を追って……」


「いや違う。追うのはお前だモス! 起きてるんだろ! 仕事だ!」


 ハナビが呼びかけたのは詰所にいるもう1人の騎士。


 大きくてふかふかなソファーに横たわっているふくよか・・・・な青年は、観念したように目を開き体を起こした。


「むぅ~、バレてたんかぁ~」

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