010 銀灰遊撃隊
とりあえずラスタはオレンジジュース、クロエはソーダを注文した。するとハナビはどこからか瓶を持って来てその中身をグラスに注ぐ。
「はいお待ち!」
ラスタとクロエは『いただきます』と言って、まずは一口飲んでみる。そして理解する。騎士が飲むジュースは、貧民街のものとはレベルが違うことを……!
「う、美味い……! なんというか、風味が新鮮だ!」
「炭酸の刺激が強い……!」
2人は自分たちが今までとは違う環境にいることを、頭ではなく舌で理解した。そして、美味しいものを飲んだことで、今まで張り詰めていた緊張がほぐれた気がした。
父パルクス侯爵の死、師範アイゼンの死、ベリムとの決闘……これがすべて今日の出来事である。
ラスタたちは本来へとへとに疲れているはずだが、過度の緊張からくる脳内物質が彼らを未だに覚醒させていた。それをほんの少し緩ませるのに、このジュースは一役買った。
「ありがとうございます、こんな美味しいもの……。これのお代は……」
「あんた次期領主なんでしょ? なら気にする必要ないよ。これも領民から徴収した税で買ったものだからさ」
ハナビなりの皮肉だった。領主たるもの、税で買ったものだからこそ気にしなければならない……ということだろう。
「最後まで味わっていただこうと思います」
「それがいい。今あんたに出来る最大のことだ。それにしても、次期領主様は誰に対してもそんな改まった話し方なのかい? 何だか私の方が上の立場みたいで調子が狂うね」
「あっ、いや、これはその……俺、年上の女性に慣れてなくって、緊張しちゃってるだけなんです……」
「なにそれ、かわいいじゃない。男の子としては満点、領主としては減点の答えね。相手の性別によって態度を変えるって、まあ当然のことだと思うけど、人の上に立つ者としては少なくとも同じ態度に見えるようにしとかないとね」
「以後、気を付けようと思います……」
「まあ、ゆっくり慣れていけばいいよ。私でね……」
ハナビは自分の手をラスタの手に重ね、その赤い瞳でラスタの青い瞳を見つめる。
「は、ハナビさん……!」
「違う違う、ハナビって呼んで」
「ハナビ……」
もはや詰所の雰囲気は場末の酒場そのものになっていた。
「そろそろ本題に入っていただけませんかね……!」
しびれを切らしたクロエがカウンターをバンッと叩く。中身を飲み干したグラスが少し揺れる。
「あらあら、ごめんごめん。久しぶりの若いお客さんだから、お姉さんちょっかい出したくなっちゃったのよ。それで確かこの騎士団の話だったわね」
「現騎士団長アッシュ・シルバリオと彼が隊長を務める
「そうそう……。昔はもっといろんな部隊が騎士団にはあって、お互いを意識しつつ切磋琢磨してたらしいんだけど、今となっては銀灰遊撃隊と私たち領都警備隊の2つの部隊しか存在しない。みーんな銀灰遊撃隊の方に吸収されちゃったのよね」
「それだけアッシュ団長にカリスマ性があるということでしょうか? それとも、お金やら脅しやら不正な手段で自分に権限が集中するようにしたのでしょうか?」
「お嬢ちゃん、見た目の割にませてるのね。答えはどちらも……かな。悔しいけどアッシュ・シルバリオにはカリスマ性がある。平民から騎士になった男だけあって武力に関してはケチのつけようがないし、騎士爵を授かった際に家名をシルバリオって、この領都シルバリオと同じ名前にすることで、侯爵家および領地への忠誠を誓ったっていう逸話も残ってるわ」
クロエがクロエであるように、シルバーナ領の平民は家名を持っていない。アッシュは騎士爵という爵位を授かる際に家名を名乗る権利を与えられ、その家名に領地の中心たる領都と同じ名前をつけたのだ。
「自分の家名を領都と同じに……。確かに忠義を感じなくもないですが、少々大それた行いにも感じますよね」
「だろ? そのせいで一部からはこの領地を乗っ取るつもりじゃないか~なんて
「ラスタ様のお父様が信頼していた人物……。そう聞くと、破天荒なところはあるけど有能な人物に思えてきますね」
「表向きはね。でも、実際のところ銀灰遊撃隊は遊撃隊の名に恥じず、各地をいっつも転々としてるのさ。領都にいることなんて、ほとんどないんじゃないか? だから、侯爵家や貴族たちの目が届かない地方で、それはそれは良い接待や献金を受けてるんじゃないかって話だよ。その証拠にあいつらはみんな金持ちだからね」
「領都にほとんどいない……。では、なぜパルクス様はアッシュ団長のことを信頼していたのでしょうか? よほど全領民に慕われているでもない限り、他の領との争いもないシルバーナで騎士が功績を上げるには……」
「内乱の抑制……。外に敵がいないなら中の敵を探せばいい。平民上がりのアッシュが領主の信頼を勝ち取り騎士団長にまでのし上がった一番の理由は、前騎士団長アイゼン・アルギュロスが
「アイゼン・アルギュロス……!! それは本当なのか……!?」
カウンターを強く叩き、ハナビに詰め寄るラスタ。その衝撃で転がったグラスをなんとかクロエが受け止める。
「い、いや、これもウワサ話だよ……。城にいる人間なら大体知ってるけどさ……」
「そうか……。ごめん、急に大声出しちゃって」
「もー、急にワイルドになるからお姉さんドキッとしちゃったよ……! あんたらと前騎士団長になんか関係でもあるの?」
「アイゼン師範は貧民街にいた俺たちにすべてを教えてくれた恩人なんだ」
「え……っ!」
突然飛び出した尊敬する師範の疑惑……。ラスタには到底信じられないことだった。
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