005 対峙する血族

 城に入ったラスタたちは……特に誰にも気にされることなく城内をさまよっていた。


 門番たちが言っていたように城の中の人々はあわただしく動き回っており、ラスタたちをチラッと見はするが、無視してどこかへ行ってしまう。ただでさえ忙しいのに、これ以上の面倒事は御免なのだろう。


 話しかけられたらエンブレムを見せ、ベリムの元へ案内してもらおうと思っていたラスタだったが、早速目論見が外れてしまった。


「なら、こっちから話しかける……」


 ベリムは気の弱そうな侍女を呼び止め、エンブレムを見せる。その侍女もエンブレムの意味をわかっていないようだったが、とりあえず侯爵に連なる人物だとは証明できたようで、ベリムの居場所を教えてくれた。


「先ほどベリム様が中庭におられるのを見ました。たくさんのご令嬢たちとたわむれておられましたので、まだその場から動いてはいないかと……」


 ラスタは中庭への行き方も聞いた後、侍女に礼を言いすぐに中庭に向かった。


 城内は城外と違って貴族たちの目につくのか綺麗に掃除されており、中庭もそれはそれは手入れの行き届いた花々が咲き誇る美しい空間になっていた。


 そして、中庭の真ん中にある噴水のへりには……ラスタによく似た銀髪を持つ男が座っていた。


 ただし、似ているのは髪だけだ。彼は背が高く細身で、顔立ちも線が細い美男子。見た目だけで女性が群がるタイプなのは間違いない。


 だが、その美男子は過剰な演技で悲しみを表現しながら、露骨な泣き真似で令嬢たちの胸に顔をうずめている。そして、そうしている間にも両手は他の女体を求めてうねうねと動いている。


 この男こそ侯爵家の四男ベリム・シルバーナ。この領地の次期領主に最も近い男である。


「ぐすんっ……お父様どうして……ん?」


 その感触を存分に堪能し、令嬢の胸から顔を上げたベリムはラスタたちを見つけた。そして、品定めするように脚から頭へ視線を動かす。


「ふぅん、そこの男の子みたいな彼女と、将来性はありそうなちびっ子はどこの家の子だい?」


 煩悩で頭がいっぱいなベリムは、少し伸びていた髪だけをラスタを見て女と判断したのだ。しかし、ラスタはそれを気にせず毅然きぜんと答えた。


「俺はシルバーナ家の子だ」


「ほう、『俺』とな……! 嫌いじゃないぞ、そういうの。それにシルバーナ家って、若いのにずいぶん熱烈なアプローチを……」


 流石のベリムも気づいた。彼とラスタの視線がぶつかり合う。やはり2人は血のつながった兄弟なのだ。ベリムはほんの幼い頃のラスタしか知らないが、同じ血がその正体を直感的に理解させた。


「お前……ラスタだな!?」


 怒り満ちた表情で令嬢たちを乱暴に払いのけると、ベリムは立ち上がってラスタと対峙する。


 なぜベリムがこうなったのかわからない令嬢たちは、困った顔をしながら一緒に立ち上がる。


「そ、その子がどうかされたんですか……?」

「別に普通のかわいい子たちに見えますけど……」


「ふんっ! かわいく見えるならお前はあっちにつけよ。一応こいつだって侯爵家の人間なんだぜ。呪われた忌むべき子ではあるがな……!」


 侯爵家……呪われた忌むべき子……。その言葉で令嬢たちもその正体に思い当たった。


「ひっ……ひぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!」


 悲鳴を上げながらラスタから逃げる令嬢たち。中には恐怖のあまり腰を抜かした者もいる。


 そう、これがいつもの反応だ。ラスタにとって他人から受ける一番ポピュラーな扱い。敵意、恐怖、軽蔑、拒絶……。慣れ過ぎたラスタはもはや言葉や表情を見ずとも、感覚だけで自分に向けられている感情がわかった。


「ふふっ、流石は良家のご令嬢たちだ。リアクションも高貴じゃないか。……で、何をしに来た? まさか、亡くなったお父様に一目会いたい……なんてわけはあるまい。あの人はお前を貧民街に押し込めた張本人だもんな?」


「ああ、その通りだ。俺が用があるのはお前だ、ベリム・シルバーナ」


「俺に……?」


「お前に決闘の儀を申し込む!」


 予想外の言葉にベリムはぽかんと口を開ける。


「……なんだ? 決闘の儀って?」


 気まずい沈黙が流れ始めた瞬間、ドタドタと中庭にやってくる1人の男がいた。


「ここにおられましたかベリム様! まったくパルクス様がお亡くなりになられたというのに、ご令嬢がたと戯れてばかりとは……!」


 それは分厚いレンズの眼鏡をかけた老人だった。頭頂部には髪がなく、側面部にはわずかに残った白髪が必死の抵抗を続けている。皮膚にはハリがなく、肉も少々垂れ下がっているが、その瞳には強い知性の光が宿っていた。


「おう、ジジイか」


「ジジイではありません! カスペンです! 別に次期領主様に向かって敬意を払えとは言いません。ですが、これからはあなた様の政務官となるのですから、名前くらいは覚えていただきたいと何度も何度も……!」


「すまんジジイ、今取り込み中なんだ」


「ですから、お戯れは……ハッ! あなたはラスタ様!? どうしてここに!? いや、まさか……考えられる可能性は……決闘の儀……!」


「流石は『シルバーナの叡智えいち』と呼ばれた男。この状況を見ただけで会話の内容まで察するとは恐れ入る」


「悲しいことですが、ラスタ様がパルクス様をとむらいにくるとは思えません……。それ以外の理由でこのタイミングで城に現れるとしたら、それは決闘の儀で爵位を我が物にしに来たと考えるほかありません……」


「ほう、決闘の儀は爵位と関係あるのか」


「はい……。継承権を持つ者同士が、勝者に爵位を譲るという誓約の元に戦う……それが決闘の儀です。決闘を申し込まれたら絶対に受けなければなりません。それが武力をほまれとするシルバーナの古いしきたりなのです」


「ふむ、絶対……か。だがなぁ、今の俺にラスタごときの申し出を絶対に受けないといけないなんて……通用すると思うか?」


 ラスタは歯を食いしばる。一番恐れていた事態だ。ほとんど忘れ去られているしきたりに、ベリムが素直に従わないのは目に見えていた。


 今ここで城内の戦力を集めてラスタを殺してしまえば、貧民街の一部の人間はその違和感に気づくかもしれないが、長い目で見れば無風。ベリムの侯爵人生になんの傷もつかない。


「で、ですが、一応これはれっきとした儀式ですので……」


「待て待て、まだ受けないとは言ってない。決闘のルールはどうなっている?」


「時代によって様々ですが、今回は継承権を持つ者が実質2人ですので……1対1のシンプルな決闘にするのが無難かと。勝利条件は相手に敗北を認めさせるか、相手が気絶や大怪我などで戦闘不能になった場合……あたりで」


「うん、いいね! やろうじゃないか! 今ここで!」


 ベリムの言葉に全員が驚く。それを感じ取ったベリムはさらに言葉を続ける。


「別にラスタの願いを聞き入れてやったわけじゃない。なぜ俺がこんな汚らわしい奴の言うことを聞く必要があるのか。しきたりなんて関係ないね。でも……俺はずっと侯爵になりたかったんだ。それが俺の夢だったんだ」


 今度は全員が怪訝けげんそうな顔をする。侯爵になるのが夢だったのなら、その障害となる決闘の儀を受ける理由がわからない。これまで笑顔を絶やさなかった令嬢たちですら、ベリムを疑いの目で見ている。


「でも、朝起きたら夢は目の前にあった。何の前触れもなく、何の予感もなく、手を伸ばせばすぐに届く位置にあった。いつかは叶うと思ってはいたけど、その前には1つや2つ越えるべき障害があると思っていたが……これじゃあ、安っぽすぎる。そんな夢に憧れていた俺まで安っぽい人間に思えて……正直、萎えたよ」


 ベリムは腰にぶら下げた剣の柄に手をかける。


「そこへ数年ぶりに血を分けた弟がやってきた。お母様の命を奪った恨むべき呪いの子だが、ああ……確かに俺の最後の障害としてはふさわしいかもしれない。まあ、でも……」


 ベリムは剣を抜き、ラスタに突きつけた。磨き抜かれた上質の刃が、中庭に咲く花々を映す。


「お前ごときが果たして本当に障害となりうるかな? ラスタ・シルバーナ……!」


 幸運にも魚は針に食いついた。後はラスタに釣り上げるだけの力があるかどうか、それだけだ。

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