第4話-4/4(完)

「ははぁ~。な~るほどね……」


 私の話を一通り聞き終わったライラックは、したり顔で頷いた。


「ねー。こんなのおかしいよね……。なんでなのかなー……」


 椅子に座って足をぶらぶらさせながら呟く。

 すると――


「んー……私にはわかったかな、多分」

「え! 本当!?」


 思わぬ返答に、身を乗り出してしまった。

 期待をいっぱいこめてライラックを見つめる。

 だけど、ライラックはきっぱりと言った。


「うん。でも、教えてあげない」

「なんで!?」

「だってそれは、フェリシアが自分で気づくべきことだから。私が教えたって、フェリシアのためにならないよ」

「……意地悪」


 ぷくっと頬を膨らませた私の頭を、ライラックは撫でる。


「もっと素直に自分の気持ちと向き合ってみなって。きっと気付けるよ」


 慈しむみたいなライラックの手は心地良かったけれど、素直に受け取るのがなんか悔しくて、憎まれ口を叩く。


「……そういう子供扱いは求めてないんだけど?」

「だって私から見たら、フェリシアだってお子様だしね」

「三つしか変わらないし! ――もういい! 悩むのやめた! 今日は帰って、また明日からポーション作り頑張ってやるんだから!」

「はいはい。じゃあまたね」


 そう言って意気揚々と立ち去ろうとしたとき、背中からライラックの声が聞こえた。


「あ、でもフェリシア」

「ん? 何?」

「そろそろこっちのノルマも終わらせないと。すっごい溜まってるわよ。ほら、これ」


 そう言われて渡された書類の束を見て、私は叫ぶ。


「……ライラックの鬼ぃ~~~~!!!!」


 ⚘⚘⚘⚘⚘⚘


 それからまた半年が経ったある日――。


「こ、これは……!」

「臭くない……。むしろいい匂いがする……」

「ああ」

「さっき試したけど、効果も落ちてないみたい……。ということは……」

「ああ……!」

「や――――ったぁ!!!!」

「やったな! うおー! ついに終わったー!!!!」


 私とガザニアは手を取り合って、飛び跳ねながら喜んだ。


「やった! やったよ、ガザニア! 私って天才かな!?」

「バカ野郎! 俺が天才なんだよ!」

「そうかも! そうかも! ガザニア天才!」

「それを言うならお前もだろ! フェリシア、お前は天才だ!」


 嬉しい! 本当に嬉しい!

 やっと完成した!

 ガザニアと二人で、ついに完成させられたんだ……!


 珍しくすっかりテンションの上がり切っているガザニアの様子に、私も笑顔があふれる。

 と、そのとき――。


「――――っ!?」


 いきなりガザニアに、ぎゅうううっと抱きしめられた。


 一瞬にして心臓がバクバクと痛いくらいに音を立て、顔は沸騰したみたいに熱くなった。


 ……まずい。ガザニアに聞こえる!


「ちょ、ちょっと離して」


 私がガザニアの背中をぽんぽんと叩くと、正気に戻ったらしいガザニアが「すまん……」と申し訳なさそうに手を離した。


「悪い……。つい感極まっちまって」


 悄然として、ガザニアは頭を下げた。


「び、びっくりしただけだから……! そんなに落ち込まないで」

「けど、そんなに顔赤くして……怒ってんだろ?」

「別に怒ってない! 本当に大丈夫だから!」

「フェリシアがそう言うなら……」


 気を遣ってくれてありがとう、そう言って、ガザニアはようやく顔をあげた。

 けれど、その距離はどこかいつもより一歩遠い。


 ああ、もう。そういう態度とってほしいわけじゃないのに!


 どうしたものか、と考えていると、ガザニアがぽつりと寂しそうに零した。


「けど、これでもう終わりか」

「ん? 何が?」

「だって目的のものは作れたわけだろ? だからもうこうして一緒にポーション作りすることはないんだなって」

「あ……」


 そうだ、これで終わりなんだ。

 そう思った瞬間、心がきゅうっと狭くなった気がした。


 やだな。終わりたくないな。

 そう思っていると、ガザニアが「あ」と呟いて奥へと消え、小瓶を手にして持って戻ってきた。


「ほら。これやるよ」

「何? これ」


 綺麗な紫色の香水瓶だ。

 一滴落としてみると、ふわりととても良い香りが辺りに立ち込める。


「いい匂い……。でも、なんでこれを?」


 問うと、ガザニアは照れくさそうに頬を掻いた。


「お前ほら、最初ここに来たとき、においのこと気にしてただろ? だからお前に一番合う匂いを作ってやりたかったんだ」

「作って……」

「一点ものだからもちろん他に売ってないからな? あ、いや別にお前がにおうって言ってるわけじゃないからな!? そこんとこ誤解すんじゃねえぞ!?」


 慌てたように取り繕うガザニアを見て、なんだか可笑しくなった私はくすりと笑った。

 ガザニアはほっとしたように、肩から力を抜いた。


 心が温かい。

 嬉しい。


「ありがとう、本当に嬉しいよ」


 私は香水瓶を抱きながら、精一杯の気持ちを込めて言う。


「そ、そうか。なら、よかった」


 また照れくさそうにするガザニア。

 そして――。


 トクンっと心臓が強く脈打った。


 あれ?


 そう思っている間にその勢いはどんどん増していき、私を内側から壊すように強く叩いてくる。


 どうして? 触れられたわけでも、抱きしめられたわけでもないのに。

 これじゃあまるで――。


 初めて自分の気持ちをはっきりと自覚した私は、どうしていいかわからず、つい大きな声をあげた。


「あ、あの!」

「……ん?」

「えっと……その……」


 しどろもどろになる私を、ガザニアは怪訝そうに見る。


 ええと、ええと、何て言えばいいのかな。

 ――そ、そうだ!


「まだ終わってないから!」

「え?」

「まだ、他にも改良したい薬はいっぱいあるから!」

「お、おう」

「私一人じゃ作れない! だからその……出来ればこれからも一緒に作ってくれると……嬉しいんだけど……」


 最後の方は勢いが落ちてしまって、ぼそぼそと言いながら私は俯いた。

 ちゃんと届いてくれただろうか。

 不安になった私は、ガザニアをちらりと上目遣いに見る。


 するとガザニアはこれまでで一番いい笑顔で「おう!」と返事をした。


 また顔が熱くなった。

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薬師少女の恋~薬作りに心折れかけたとき、出会ったのは冴えない調香師の男でした~ 金石みずき @mizuki_kanaiwa

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