第3話-3/4

「これは思ってたより……」

「難しいな……」


 ガザニアと新しいポーション作りを始めてから、半年ほど経った。

 その間、いろいろと試行錯誤しているのだが、結果は芳しくない。


「薬効を求めれば臭くなり、においを求めれば薬効が消える。まさに八方塞がりだな」

「だねー……」


 はぁー、と溜息をついて、椅子に座った身体を伸ばす。


 絶対上手くいくと思ったんだけどなー。

 やはり先人たちが築いた製法レシピはそんなに簡単に変えられるほど、甘くはないらしい。


「まあほれ、これでも飲んで一回休憩しろ。疲れた頭でいくら考えても、いい考えなんて浮かんでこないからな」

「ありがとー。いつも助かる」


 ガザニアはお手製の紅茶を淹れ、出してくれた。

 私は代わりにここに来る前に買って来ておいたお菓子を机に並べる。

 自分の分の紅茶も用意し終えたガザニアが目の前に座ったのを見届け、同時に紅茶に口を付けた。


「はぁー。本っ当にいい香り。やっぱりガザニアって腕はいいんだよね。お客さんは全然来ないけど」

「うるせーな。褒めるか貶すかどっちかにしろ」


 そう文句を言いつつも、慣れたものだと全然気にした様子はない。

 行き詰ったときはいつもこうしていつもちょっとしたお茶会をしている。

 さすが専門家なだけあって、ガザニアの淹れてくれる紅茶はいつもとてもいい香りがする。


 後ろ向きになっているときには元気になる香りを。

 疲れたときは癒される香りを。

 次の構想を相談しているときは刺激的な香りを。


 いつも私に合わせて選んでくれる。


 そんな心遣いが嬉しい。


「はぁー、だけどどうしたものかなぁ」


 本日二度目の溜息をついて、私は机に突っ伏す。

 そして調合室の端に燦然と並んだ今までの成果物失敗作をぼぅっと眺める。


 まったく無駄だったわけじゃない。

 最初よりは少しだけ、よくなっていると思う。

 だけど、私とガザニアが求める水準には到底及んでいない。


 これじゃダメなんだ。

 せっかくガザニアと一緒に作ってるんだから、すごいものを作りたい。

 誰もがガザニアのことをすごいって認めてくれて、それでこのお店のことを知ってくれて、それで……それで……。


「ごめんねぇ。私がもっと腕のいい薬師だったら……」

「ああ? そんなのお互い様だろ。俺も役に立ってるとは言えねえし」

「だけどさ、私が持ちかけたことだよ? だってガザニアには負担かけるばかりで何も返せてないし……」

「協力関係なんだから、そんなこと気にしなくていいだろ。だいたい、成果報酬ってことで最初に合意したはずだ」

「けどさあ……」

「それに難しいって最初からわかってたことだろ。まだ始めて半年だぞ? こんな短期間で上手くいくようなら、もうとっくに誰か完成させてるって」

「まー、そうなんだけどねー……」


 と、私がうだうだしていると、ドアベルの音が聞こえてきた。

 お店の方に誰か入ってきたらしい。

 ちょうどお湯を沸かしに行っていたガザニアには聞こえていなかったらしく、私が「お客さんだよ」と声をかけると、ガザニアはちょっと考えるように上を見て、「もうそんな時期か」と呟いてお店の方へと歩いて行った。


 なんとなく気になった私は、後ろからこっそりとついて行った。


 お店に訪ねてきていたのは、恰幅のいい、裕福そうな身なりの良さそうな男とその数人連れだった。

 商人だろうか?

 ガザニアは男と一言二言、言葉を交わすと、部屋の隅に並べてあった大きな木箱指差した。


 男は連れの者に指示してその木箱を受け取ると、重そうな革袋を店の机の上に置いた。

 音からして、たぶん大量の貨幣が入っている。

 ガザニアがそれを受け取ったのを確認し、男は「ではまた頼んだぞ」と引き上げていった。


「ねえ、今のお客さん?」

「ん? なんだいたのか。……ああ、そうだ。ここらで有名な商人でな、定期的に紅茶や香水なんかを買い付けに来るんだ。なんでも、貴族たちの間で結構評判らしくてな。どうやら王宮にも卸しているらしい」

「そう……なんだ……」


 嬉しそうに語るガザニアの様子を見て、なぜか私は素直に喜べなかった。


 なんでだろう。

 あれだけガザニアのことをみんなに認めてほしいって思ってたはずなのに。


「ああ、すまんな、つい調子に乗っていろいろ語ってしまって」

「ううん。――すごいね、ガザニア! とっても誇らしいよ!」


 精一杯の笑顔を向けると、ガザニアは照れたように頬を掻いた。

 そしてなぜか、私の心にズキリとした痛みが走った。


「……あ、ごめん。今日は薬屋お店に顔を出さないといけないんだった。じゃあ、そろそろ帰るね!」


 だいたいこういう日は朝一で予定を伝えるせいかガザニアは少し眉を顰めたものの、まあいいかと思ったのかすぐに表情を戻して頷いてくれた。


 私は「じゃあね」と一声かけ、お店を後にする。


 わからない。

 どうして私はこんなにもやもやとしているんだろう。

 成功している友達の成功を祝えないなんて、私は思っていたよりもずっと心が狭くて嫌なヤツだったのかもしれない。

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