新たな一歩へ

「アツシさんのスキルって、送り返すこともできたんですね」

「ああ、消費が大きいから普段は勝手に帰ってもらうけど、あいつらの場合騒ぎになること間違いなしだからな……」


 見た目のインパクトもさることながら、やつらを敵に回した時、普通の冒険者では対応に戸惑い、大いに苦戦することになる。強さこそ森の入り口に出てくるほぼ無害に近いただの獣や魔獣と同じ程度だが、それが何をやっても死なない。俺のように無理やり勝負をつけられる切り札がないと、厄介な相手だった。


 そもそも無害な獣といっても元の世界でいえばイノシシやクマのレベル。武器や魔法のない一般人にとっては十分な脅威だ……。それが五十体。しかも死なないとなると、こないだの三人の冒険者なんかはあっという間に彼らの仲間入りを果たすことになるだろう。

 仕方なく、魔力の消費が大きい送り返すための転移門を展開させることになっていた。


「それって、ある意味瞬間移動と言うか、そういう使い方はできないんですか?」

「んー、魔物や魔獣たちを瞬間移動させてるのはそうなんだけど、通れるのは契約した相手だけだからな」

「試しに私をテイムしてみますか?」


 少し挑発的な目でこちらを見てくるほのか。五年後に同じことをやられたら危なかったな。

 人をテイムするというのは、一線を超えている。昨日のシズクがまさにそうだが、テイムというのは相手の自由を奪うそくめんも、どうしても持ち合わせている。どれだけ相手が望んでも、その行動を取れなくさせる。


「昨日のを見てただろ?人をテイムはしないよ」

「私は別に、構いませんよ?」


 どこまで本気かわからないほのか。彼女は異世界に来て、何を考えているのか。

 ニコニコしながら動物と触れ合う姿や、この世界への適応能力の異常な高さを見ていると忘れそうになるが、まだ幼い少女が、よくわからない世界に放り出された状況だ。


 帰りたいと思うだろうか?この年齢じゃ、普通はそう思うんじゃないだろうか。

 不安から出た言葉だろうか?この世界で唯一同郷の俺の存在は、俺が思っているより彼女の中で大きいのかもしれない。


「馬鹿なこと言ってないで、柵を作るぞ」

「え?結局自分でやるんですか!?」


 ひとまず身体を動かそう。珍しく頭を使いすぎた。

 作業を始めようと動き出した身体が、ほのかの悲鳴で止められた。


「きゃあ!アツシさん!一人生き残りがいます!あれ?生き残り?生きてるんですか?」


 悲鳴を上げるほのかの隣に、なぜか一体だけボーンソルジャーがいた。

 ほんとに自由だな。こいつら……。


「なんだ。置いていかれたのか?」


『カタカタ』


 首が横に振られた。

 

「わざと残ったのか」


『カタカタカタ』


 嬉しそうに首が縦に振られた。他の魔獣と違って一切表情がわからない。ここまでこちらの主観で感情を読み取らないといけない魔物も珍しいが、今回はかなり分かりやすい相手だった。


「まあ、色々手伝ってもらうか」

「いいんですか?!」

「店のマスコットになりそうじゃないか?」

「余計入りにくいお店になっちゃいますよ!」

「そうか?元の世界では爬虫類カフェのトイレに骨の模型置いてあったし、アクセントになりそうだけど」

「爬虫類関係のお店の知識を一旦忘れてください!」


 変わり種のペットショップという点ではまさに理想的なイメージだが、この世界ではこの店が俺の知る限り唯一のペットショップだ。もう少し普通の店として認識される努力はするべきか。


「とりあえず、せっかく残ってくれたし、荷物の片づけだけでも頼もう」

「まあ、そうですね」


 コミカルな動きのおかげか、自由すぎる彼らの行動の結果か、ともかくほのかの苦手意識が払拭されるには十分な何かがあったようで一安心する。


「任せられそうな仕事……また柵を作らせても同じことやらかしそうだしなぁ」

「もうあの光景は見たくないです……」


 店の周りがあやしい儀式会場のようになっていた。俺もあれをまた見るのは避けたいところだった。

 ボーンソルジャーの学習能力は非常に高いし、任せても多分同じミスはしないだろう。だが、いきなり自分の身体の一部を地面に突き刺し始めるようなやつらだ。油断はできない。


「とりあえずこいつだけに任せるというより、一緒に何かして手伝ってもらう形だな」

「そうですね」


 ほのかも同じ思いだったようで、ボーンソルジャーの面倒は彼女が見ると提案する。


「アツシさんの指示だと大ざっぱすぎると思います。私の指示でこの子に動いてもらうので、アツシさんは柵を作っておいてください」


 あれ?これだとボーンソルジャーより俺の方を心配しているような気もするが……。まあいい。深く考えるのはやめよう。


「店の中の物、何が何かわかるか?」

「ぱっと見て消耗品なのかすぐに使わないものかとかはわかりますし、わからなければその都度聞きますが、ある程度自由にやっても構いませんか?」


 危険なものは……まあケージが積み重なっているのが重いくらいか。


「気をつけてくれればいいよ。絶対に必要なものはだいたい餌コーナーにあるから」

「あそこは……ひとまず置いておきます」


 うごめく虫たちを思い出したのか、顔をしかめつつ、ほのかは店内にはいる。


「あ、アツシさん」


 店に入ってすぐ、扉から顔だけ覗かせたほのかが声をかけてくる。


「シャワー、借りてもいいですか?」

「また浴びるのか?」

「いえ、水換えをしておこうかと思ったんですが、私じゃアツシさんのように魔法は使えないので」

「ああ、そういうことか」


 メンテの中でも手間がかかる水換え作業は、魔法のおかげでかなり楽になっている。浄化魔法は残念ながら、生体にどれだけ影響があるかわからないので安易には使えないが、それでも汚れたケージや水入れを洗う手間は省ける。魔法の使えるこの世界のメンテは、元の世界に比べて非常に楽だ。


 もうちょっと魔法の扱いに自信が持てれば、生体ごとに程よい浄化魔法を調整できるんだろうけどな……。


「それでもいいけど、ボーンソルジャーも魔法石があればそのくらいの作業はできるかもしれない」

「え、ほんとですか……教えてもらいます」


 無理にほのかがやる必要はない。というか今までどうして気付かなかったのか。メンテもテイムした魔物に手伝ってもらえば良かったじゃないか。

 状態の確認や状況に応じた対応は俺がする必要があるだろうが、基本的な世話はもっと早い段階で任せても良かったかもしれない。バイトを雇う感覚で。


 実際、何度か常連に手伝いを頼んだこともある。どうしても何日か帰ってこられないような用事がある時は、店を任せることもあった。もし魔物がある程度の世話ができれば……。


「ん?ほのかさっき、教えてもらうって言ったか?」


 いくらある程度意思の疎通ができてもカタカタ首を振るだけの魔物相手にどうやって教えてもらうんだ?


「魔法って、こうやって使うんですね!」


 無邪気に笑うほのかの手の上には、無重力状態で見られるような水の塊が浮かび上がっている。


『カタカタカタ』


 嬉しそうにカタカタ首を振りながら、自分も同じように水魔法を操るボーンソルジャー。


「何だこれ……」


 俺は呆然と立ち尽くすしかなかった。

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