別棟へ

 荷下ろしに紛れて外に出ろと言われたとき簡単なことだと問題ないと請け負った自分を殴りたくなった。

 隠形の術は、接触せずとも違和感でもあっけなく看破されてしまう。すぐさまアウルたちに呼びかけたところで、周囲の目がある中ではアウルは応えてくれない。領主館ですでに検証済みだ。だからこそ、マクシミリアンは何が何でも接触を避けねばと慎重にならざるを得ない。とはいえ、慎重になりすぎてもまずい。荷下ろしが終わり幌で出口を塞がれたらおしまいだ。自他ともに認める思い切りの悪さが恨めしい。


(この期に及んで怖気づいてどうする。しっかりしろ、マクシミリアン・ヴァルトン)


 チェチェを背負い直して、息を吐きながらゆっくりと腰を上げた。小柄なオレンジ色の囚人服の男の後に続く。少女を背負っていたからか、荷台から飛び降りたときに着地でバランスを崩して危うくたたらを踏むところだった。

 怪訝そうに振り返った小柄な囚人と目があった。もちろん、マクシミリアンの錯覚だったけれども、肝を冷やすには充分だった。


「おい、さっさと運べ!!」

「へぇい」


 看守に咎められて舐めた返事をした囚人が作業に戻って、マクシミリアンはようやく呼吸を再開した。

 計画ではここでリチャードと合流しなくてはならない。

 荷台から離れながら叔父を探さなくてはとあたりを見渡す。城壁と放射状の監獄の間の広場には、荷物を運び込んでいるオレンジ色の囚人服と、監督している白っぽい灰色の制服の看守の人数は、マクシミリアンが予想していたよりも多かった。そんな中から、叔父のリチャードを見つけられるだろうか。その焦燥は、すぐに杞憂に変わった。

 オレンジ色と白っぽい灰色の中で、黒装束はそれだけよく目立つ。


(まさか、これが狙いじゃないよな)


 広場の向こうの城壁の側で腕を組んで待っているリチャードに、苦笑しながら静かに駆け寄るマクシミリアンもチェチェもまた黒装束だった。


 二日前。丘の上の領主館を発つ前日にグッドマン商会から届いた揃いの黒装束に、マクシミリアンは思いっきり眉をひそめて言った。


「なんでこんなものを」

「忍び込むなら、黒装束と相場が決まってるだろ」

「いや、そうかもしれないが……」


 闇夜に紛れての潜入作戦なら、チャールズの言うこともわからないでもない。けれども、彼らの潜入作戦は白昼の結構だ。なぜこんなものを用立ててもらう必要があったのか、マクシミリアンは理解できなかった。隠形の術を使うならなおのこと。


「気分だ、気分。そう難しく考えるな」


 そうケラケラ笑うチャールズに抗議するだけ無駄だと悟り肩を落とす。


(そういえば、チャールズもリチャードもいつも黒に白の服ばかりだな)


 なにかこだわりでもあるのだろうか。リセールの伊達男として気になる。けれども、双子たちに詮索するのはどうにも憚られた。そもそも、再三先王が帰還するよう嘆願したのを拒否していた彼らが、なぜ今回帰国したのか。長兄でもある父クリストファーとは、それほど親密ではなかったのだろうに。

 初めは興味本位、面白半分、暇つぶしについてきてくれたのだろうと思っていた。実際、本人たちもそう言っていた。けれども、次兄は「あり得ない」と完全に否定した。


(なにか、俺の知らない目的があるのだろうか)


 尋ねたところで、軽くあしらわれているのは目に見えている。

 ただ、確信を持って言えることは、双子は祖国にまったくと言っていいほど関心を持っていないことだ。

 それはフィリップも同じ意見だった。むしろ「やつらがいまだに新年の挨拶をしてくることが信じられん」とまで言うほどだった。

 潜入作戦の結果がどうであれ、無事に領主館に帰ったあとにでも、一度彼らとじっくり膝を突き合わせて話したい。


 囚人と看守の隙間を縫って駆け寄ってくるマクシミリアンたちを、リチャードはじっと睨めつけていた。遅いと責めるように。


(本当にリチャードたちは手慣れているようだ)


 腰の湾刀もあいまって、完全に手練れの押し込み強盗のそれだ。フィリップが言っていた「戦争が絶えない時代であれば、双子の英雄として後世に名を残しただろうに」というのも頷ける。実際に湾刀を抜いたところ見たわけでもないのに。

 駆け寄ってきた彼が足を止める間も与えず、リチャードは先を急ぐ。




 ドローア監獄の配置図に肝を冷やしている甥をよそに、フィリップは合流後の計画を続けた。


「荷下ろしに紛れて合流したら、城壁沿いに南側に行け」


 城壁沿いを反時計回りになぞるフィリップの指先を目で追う。

 ドローア監獄の城壁の中は、放射状の監獄を中心に看守の官舎、事務棟、作業所、倉庫などが北側に配置されていた。

 フィリップが言った南側には、菜園、洗濯場、監獄長官邸、別棟が東側から並んでいる。


「ヒューゴ・ウィスティンが収容されているのは、別棟だ」


 別棟は、模範囚など特殊な囚人の監獄なのだと教えながら、フィリップは監獄の配置図の上にもう一枚紙を広げた。


「これが別棟の間取り図だ。ヒューゴ・ウィスティンの独房は一階の一番奥で……」

「あの、ちょっと待ってください」

「なんだ、大公?」


 思わず口を挟んだマクシミリアンは、顔を上げたフィリップに恐る恐る尋ねる。


「それは……ヒューゴは模範囚ということになりませんか?」

「フン、そうだが。大公はご存知でなかったのか?」


 話がしたいと願っていたくせに近況を知ろうとしなかったのかと言外に責められ、マクシミリアンは何も言い返せない。

 未遂とはいえ、ヒューゴは婚姻を間近に控えた次期王妃の暗殺の実行犯だ。そこまで追いつめた大きな要因の一つは間違いなくマクシミリアンにあった。そうならないように制御しているつもりだったけれども、結果がこれだ。死罪も当然だったところを、公にできない事件であったこともあって、どうにかドローア監獄送りにできた。

 マクシミリアンには、彼のためにできることはこれ以上ない。はっきりいって、私情にまみれ自己満足だ。それから、あえてヒューゴに関わるのをやめた。監獄でどう過ごしていようと、もうできることはないのだから。


(それがお互いのためだと……言い訳だよな)


 まさかこんな形でヒューゴと関わることになるとは。


 恨まれ憎まれても当然のこと。それだけのことをしてしいる。そんな相手に、どうして協力しようなどと考えるだろうか。彼から手がかりなんて得られる可能性は限りなくゼロだ。わかっている。

 それでも、恨みであれ憎しみであれ尻切れトンボの関係にしっかりとけじめをつけなくては。


 押し黙るマクシミリアンに、フィリップはヒューゴの資料を差し出す。

 一通り目を通すなり、頭を抱えたくなった。横から覗き込んだ妻は、「呆れた」とボソリとつぶやきながら、資料を夫の手から興味津々のチャールズにわたす。


「なんなんだこいつは……」

「そういうやつなんです」


 チャールズのなんとも言えないボヤキに、マクシミリアンは苦笑い。


(まったくヒューゴらしい)


 なるほど、これは大罪人でも模範囚になるのも納得だ。

 改めて潜入作戦で会いに行く対象を確認したところで、フィリップは再度別棟の間取り図を指差す。


「続けるぞ。入口は東側に一つ。基本的に夜間以外は解放されている」


 その入口から廊下はまっすぐ一本だけ、入ってすぐに看守の詰め所と上階への階段。詰め所と四つの独房は北側に並んでいる。


「この詰め所はまず問題ない。見回りの看守に出くわさない限り、馬鹿医者の独房に入り込むのは容易いだろう」

「ちょっと待って。鍵は? いくら模範囚でも施錠されているでしょう」

「当然、夫人の言う通り施錠されている。だが問題ない。……ディック」


 デボラの指摘にこともなげに答えたフィリップは、苦々しそうに小ぶりの巾着袋をリチャードに投げてよこした。巾着袋の中身は、頑丈な錠前だった。注意深く何かを確認したリチャードは、錠前を巾着袋に戻して答える。


「確かに問題ない」

「いやいや、何が問題ないんですか!?」


 まったく会話が見えないマクシミリアンの問いに、フィリップは苦虫を噛み潰す。


「フン。認めるのも腹立たしいが、こいつらの錠前破りの腕は確かだ」

「そういうことだから、リチャードに安心して任せろ」

「…………」


 言いたいことはあるはずなのに、何も言えない。双子はもちろんフィリップまで、常識や正論をぶつけるのも虚しくなるだけだ。




 とはいえ、実際に目の当たりにするまで元王子の叔父が錠前破りなどできるのか半信半疑だった。


(扉を叩き壊すほうが自然だ思ったんだがな)


 聞くところによると、問題ばかり起こす双子は罰としてお仕置き部屋に監禁されることも少なくなかったらしい。傷跡が残るほど鞭を食らっても懲りない双子だ。大人しく監禁されるはずもなく、ごく自然な流れで錠前破りの腕を磨いたのだという。子どものための柊館のお仕置き部屋が異様な雰囲気を醸し出すほど大量の錠前が取り付けられているわけだ。ちなみに、マクシミリアンはその異様な扉の前に立たされるだけで充分すぎるお仕置きとなっていた。

 あの異様なお仕置き部屋に比べたら、別棟の錠前破りなど容易いに決まっている。


 隠形の術のおかげでなんなく別棟に潜入すれば、あとはリチャードが解錠するだけ。マクシミリアンはチェチェを下ろして壁によりかかり、叔父の作業を見守る。錠前を破るところを拝めるのはこれが最初で最後だろうから、どうにも好奇心が抑えられなかった。とはいえ、針金のような道具で具体的に何をしているのかはさっぱりわからない。


(いやいや、わかったら駄目なやつだろ、これは)


 正直なところ、ご教授願いたい気持ちもある。なんだか楽しそうだから。とはいえ、さすがに犯罪に通じるようなことに手を出すのは、リセール公の立場を考えるまでもなく駄目だと思いとどまっている。すでに無断出国を強行し、監獄潜入の決行中なのだから今さらだけれども。

 じっと息を潜めて見守っていると、声が聞こえてきた。どうやら、上階から降りてくる見回りの看守のようだ。


「いや確かに『昼花ヒルハナ夜華ヨルハナ』もいいけどよ、やっぱり『毒姫物語』だろ」

「〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ!?」


 聞くともなしに耳に入ってきた内容に、マクシミリアンは声にならない叫びを上げた。


「『毒姫物語』が一番人気な理由もわかるけどよ、俺は昼と夜で立場が逆転するのがすげぇ興奮したんだよな。ルルゥがマジでヤバすぎでさ」

「いやいや、ヤバいといったら毒姫だろ」


 よもやこんなところで自著について熱く語られているとは。頭が真っ白になるほどの衝撃だった。

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