第三章 泣きんぼう
リセール公は嘘をつく
「チェチェのおかげで、帰りの航海はとても快適でした」
玉座の間には、戸惑いが広がっている。無理もない。マクシミリアンがはっきりと理解していないのに、ピュオルを詳しく語れるはずもなかったのだから。
それでも、髪が大好物なナニかや、この世のものとは思えないほど不味い薬湯の恐ろしさは十二分に伝わったようで、話し始めた頃の興味津々という雰囲気は綺麗に払拭されている。今、ここにピュオルに行きたいと思う者は一人もいないだろう。
(チャールズとリチャードも、未だに知らないことのほうが多いと言っていたしな)
ピュオルに移り住んで二九年の彼らでも、まだまだ驚かされるらしい。退屈しないと笑っていた。
そんな彼らから教えられたことは多い。
大陸西部で崇められている神の加護が届く範囲がいかに狭いかということ。世界の果てだとされていたのに、ピュオルよりもさらに西には別の大陸が存在すること。その大陸では、屍が動き生きる人を襲うのだとか、角が生えた人がいるらしいとかなんとか。世界が球体であること。真偽の程はわからないけれども、与太話と片付けるにはあまりにも興味深すぎる。――けれども、これらの話は今は関係ない。今、マクシミリアンがするべきことは、両親の死の真相を白日の下に晒すことだった。
それに、あえて言わなかったこともある。
アウルに関すること――特に、少しの間だけなら人の目をくらませることができることは、馬鹿正直に明かすつもりは毛頭なかった。無用な不信感を抱かせるだけで、何一つ得することはない。
それからもう一つ、言えなかったことが――
「それで、そのウィリアム殿下をよく知る男というのは誰だ?」
「国王陛下、その問いにはお答えできません。わたくしは、彼の素性を決して――たとえこの身が灰になっても明かさぬと交わした約束を違えるわけにはまいりませんので」
「灰になってもとは、これはまた……」
国王ジャックは、感心半分呆れ半分といった様子で軽く首を横に振る。
こればかりは、マクシミリアンも生きていたウィリアムも譲れない。
(死んだはずの王子が生きていただけでなく、よりによって天下の大商人様だからな)
どこぞの田舎で隠棲していたなら、話は違っただろう。けれども、彼は国民の生活になくてはならないほどの大商人だ。
彼の素性も、自分がアウルの寵児であることと同じくらい、明かすわけにいかないのだ。
王国一の忠臣を自負するマクシミリアンは、ごくごく当然のことと無用な混乱を避けるために嘘をつくことを選んだ。闇に葬り去られた罪ごと罪人を告発するには、誠実さを欠いていることを理解した上で。
国王の顔には、そんな男が信用できるのか、証言に信憑性があるのか疑わしいことこの上ないと、ありありと書いてあった。
年下の従弟で実の兄弟のように育ったとはいえ、マクシミリアンはジャックを国王と心から敬愛しているし、忠誠を誓っている。そんな彼に無理からぬ失望をさせたことに、胸を痛めた。
けれども、彼はふてぶてしいほどの不敵な笑みを浮かべ、
「彼の素性は明かせませんが、信頼できる男であり、彼の証言は疑う余地ないことは、リセール公の称号に賭けて保証いたしましょう」
国王に宰相の息子をはじめとした聴衆の不信感を一笑にふす。
なんなら堂々と言ってやりたい。生まれ育った花の都アスターでの父親代わりが明晰王コーネリアスで、初めて与えられた領地水の都リセールでの父親代わりは大商人フィリップ――ウィリアムだと。
そんな彼が信頼できないわけがなかった。
「とはいえ、『ウィリアム殿下をよく知る男』と呼ぶのは、いささか冗長すぎます。わたくしも呼びづらい。ですから、彼のことは『ウィリアム』と呼ぶことにいたします。亡きウィリアム殿下もお許しくださるでしょう。なぜなら、王太子夫妻暗殺事件――いえ、この際、いっそ王太子夫妻殺人事件と改めるべきでしょうが、二八年前の事件はウィリアム殿下にとって死んでも死にきれないほどの無念を残したのですから」
とはいえ、面白くなさそうに「フン」と鼻を鳴らすだろうなと、口中を噛んで苦笑を抑える。
ウィリアムは、両親が殺された理由を教えてくれた。そこになにかしら政治的な要因など欠片もなかった。
二八年よりもさらに前に起きたことすら闇に葬り去られた忌まわしい事件が、そもそもの始まりだったのだと知らされた。
「続けます。わたくしがリセールに帰還したのは、三月二六日のこと……」
マクシミリアンの顔から笑みが消える。
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