信じがたい話

 釈然としないし、こちらも尋ねたいことが短時間で山のようある。けれども、チャールズの気が変わったら、元も子もない。ここまで来る苦労だけでなく、無駄に付き合わされたビリヤードを水泡に帰すわけにいかないのだ。


「そう怒るな、マックス。せっかく、大枚はたいて取り寄せたってのに、このピュオルでビリヤードできるのはリチャードだけなんだぜ。悲しすぎるだろ。愛好家を増やしたいんだが、俺もリチャードも指導者に向いてなくてな。だから、大陸で募集中の料理人はビリヤード経験者を希望しているんだが、これがなかなか見つからない。おかげで、この半年、うまい飯が食えていない。マックス、このピュオルで暮らすのに、何が一番苦労するかって、不味い飯を食い続けることなんだよ」


 よく喋る男だ。


(なんなんだよ、ビリヤード経験ありの料理人て)


 ソファーのチェチェの隣に座ったマクシミリアンは、向かいのチャールズの話を聞き流しながらお茶をすすった。リチャードが淹れてくれたお茶は、ヴァルト王国でも馴染みのある茶葉が使われていた。どうやら、わざわざ取り寄せているようだ。

 思いの外、渇いていた喉を潤すと、チャールズの話を遮るように例の書類鞄をローテーブルにドスンと置いた。


「先日、叔父う……コーネリアス叔父上の遺品の中からこんな物を見つけまして」


 これまでの人生で、叔父は実質コーネリアスただ一人だった。わざわざ他の叔父たちと呼び分ける必要はなかった。だから、わざわざ名前をつけて呼ぶのは、なんだか奇妙な気分だった。

 鞄を開けて、王太子夫妻暗殺事件の資料を広げていく。向かいのソファーに座る二人の反応を盗み見るように覗う。

 チャールズが無愛想だと言ったリチャードは、ただでさえ険しい顔つきをより険しくさせた。それは、意外でもなんでもない反応だった。けれども、チャールズまで黙り込んで険しい顔をするのは、予想外だった。


(やはり双子だな。黙っていれば、まるで見分けがつかない)


 まさか、チャールズの口やかましさが恋しくなるとは。

 そんなマクシミリアンにとっても思いがけない願いが通じたのか、チャールズは顔を上げた。


「クリス兄とパトリシアが殺された事件だな」

「そうです。ご存知でしょうが、いまだに犯人すら特定できてません」

「俺たちがその犯人だとでも?」

「まさか。冗談にもならない」

「だな」


 事件当時、彼らはすでに王国にいなかった。


「実は、チャールズ叔父上とリチャード叔父上には、訊きたいがあって……」

「叔父上とかつけるな。チャールズとリチャード、それでいい。お前にとって、叔父上はリトルコニーだけだったんだろ」

「ええ、まぁ……」


 双子を叔父上と呼ぶのは、「コーネリアス叔父上」と呼ぶよりも違和感があったから、マクシミリアンにはありがたかった。


「それで、訊きたいことって何だ?」

「これだな」


 マクシミリアンが答える前に、資料に目を通していたリチャードがチャールズの方に問題の資料を滑らせる。


「容疑者、だそうだ」

「は? ウィル兄が容疑者?」


 信じられないとチャールズは何度も資料に目を走らせる。書かれている内容に間違いがないとわかると、ソファーに沈み込み両手で顔を覆った。


「ありえないだろ。コニーのやつ、何を考えてるんだ」


 否定するチャールズに同意するように、リチャードも首を縦に振る。双子に迷いはまったくなかった。


「アンナ……アンナ・カレイドも、ありえないと言ってました」

「アンナ? 誰だ、覚えているか、リチャード?」

「コニーのお気に入りだろう」

「あー、思い出した。完全に思い出した。あの女狐か」


 アンナがありえないと言ったのは、殺された二人とウィリアムの人となりといった印象からだと思っていた。根拠などないのだと。

 けれども、目の前の双子も口を揃えて否定するのを見て、もしかしたら根拠があったのではと、マクシミリアンは直感した。


「なにか、ありえないと否定する根拠でもあるのですか?」

「根拠? 根拠だぁあああ」


 チャールズは素っ頓狂な声を上げて、リチャードも信じられないものを見るような目をマクシミリアンに向けてため息をついた。


「そうか、知らないのか。無理もない、ウィル兄さんが月虹城にいたのは二八年も前のことだ」

「アンナは、知ってたはずだろ。二八年前、柊館、いや月虹城にいた奴なら誰でも知ってたはずだ」

「あの、何を……」

「ウィル兄には、不可能なんだよ」

「不可能?」


 それはどういうことだろうか。

 事件当時、ウィリアムには彩陽庭園にいて確かなアリバイがない。可能だったから、容疑者としたのではないのだろうか。それが、不可能とは。


「ああ、不可能。つまり、できないんだよ。なんたって、ウィル兄は……」

「血が苦手だ」

「血が?」

「おいおいリチャード、肝心なところだけ言うなよ」

「あの、血が苦手って?」


 一番肝心な部分を奪った弟に抗議するチャールズを黙殺して、マクシミリアンは身を乗り出す。


「そのままだ。ウィル兄は、血が苦手でな。ちょっと血を見ただけで、顔は真っ青になるわ。吐くわ。熱出すわ。立ちくらみを起こすわ……まぁ、ある程度は改善されたらしいがな。だが、こう言っちゃなんだが、こんな血の海はひと目見ただけで、間違いなく失神する」

「え、それって……」

「もちろん、コニーも知っていた。チャールズも言っていたが、当時月虹城にいた者なら誰もが知っていた。秘密でもなんでもない。それにウィル兄さんに血を見せないよう、気を遣う必要があったからな。医局に記録が残っていなくとも、当時いた者に尋ねればわかるだろう」


 マクシミリアンの当然の疑問に先んじて答えたのは、リチャードだ。


「だから、ありえないのですか。……アンナは、こうも言っていたんです。ウィリアム様は、何か知っているのではと」

「なるほど、コニーはその何かをお前に調べさせたかったのか」

「いや、そこまでは……」

「チャールズの言うとおりだろうな。腹が立つほど遠回しなところ、コニーらしい。二人の息子ならばとでも考えたのだろう」


 問題の資料をマクシミリアンに返すと、チャールズは「それで?」と首を傾げる。


「なぜ、俺たちを訪ねてわざわざこんな所まで来たんだ?」

「それは、アンナから気になることを聞いたからです」


 マクシミリアンは、アンナから母パトリシアとウィリアムの噂、両親の初夜の翌朝の騒動のことを聞かされたと話した。

 双子は、話を聞くにつれて複雑な顔になっていった。


「ああ、クリス兄が殴り込みに来たあれか」

「この暗殺事件とは関係ないと思うが」

「ええ、まぁ、そうなんですが、ウィリアム様が血が苦手だなんて知らなかったから……」


 犯人である可能性はゼロではないと疑っていたとまで言わなくとも、双子には充分すぎるほど伝わった。そして同時に、充分すぎるほど呆れさせもした。


「なぁ、マックス。お前がアンナがありえないって言った根拠を尋ねればよかったことじゃないか、これは」

「……」


 チャールズの言う通りだ。

 けれども、ここまで来る苦難の道のりが無駄だったとは認めたくない。


「実は、今頃になってこの遺品を調べようとしたのは、そもそも俺が両親のことを知りたいと思ったのがきっかけで……」


 思わず口からこぼれた言い訳に、マクシミリアンはますます恥ずかしくなった。穴があったら入りたいほどに。

 いたたまれない沈黙が、マクシミリアンに重くのしかかる。


「お前、自分の両親のことは、関心なかったんじゃないのかよ」

「ええ、そうだったのですが…………ん、なぜご存知なのですかっ?」

「リトルコニーが、教えてくれた」

「は?」


 ピュオルにきてまだ半日ほどだというのに、何度言葉を失うほど驚けばいいのか。


「いやいやいやいや、叔父上が教えたぁ! どうやって? いつ?」

「コニーのやつ、しつこいくらい手紙をよこしてきてな。こちらはほとんど返さなかったんだが、多いときはひと月に一度は書いていたんじゃないか。そんな頻繁に船出さないってのに。だから分厚い手紙が一度に何通もまとめて読む羽目になるんだよ」

「……一応、読んでいたのですね」

「そりゃあ、帰ってこいとか、そういうのだったら読まねぇよ。ほとんどお前の成長記録だったからな、暇つぶしにはぴったりだったんだよ」

「俺の成長記録?」

「ああ、初めて叔父上と呼んでくれたとか、話を聞いてくれないとか、まだまだ一度泣くと泣き止まないとか……そういう他愛もないやつ」

「…………叔父上ぇ」

「あいつが大好きなクリス兄の遺児ってのもあったんだろうが、それにしても叔父馬鹿すぎるだろ。実の息子のことより、甥だぞ。ああ、一応全部取ってあるから、読むか?」

「考えさせてください」


 まさか、コーネリアスが親馬鹿ならぬ、叔父馬鹿だったとは。


(さすがジャックの父と思えばいいのか……)


 マクシミリアンは、頭を抱える。

 大事にされているとは思っていた。けれども、わざわざ成長記録を一方的に送りつけていたとは、知らなかった。


「なんせよ、親のことを知りたいってのは、悪いことじゃないな。たしかに、ウィル兄とパトリシアの関係が気になるのわからんでもないな」

「ですから、教えてくれませんか。初夜の翌朝、何があったのか。仲裁したあなた方なら、何か知っているのでは」


 それだけでも聞き出さなくては、帰れない。リセールで背中を押してくれたみんなのためにも。

 真摯に訪ねてくるマクシミリアンに、チャールズは「悪いが」と頭をかく。


「仲裁したっていっても、俺たちは二人を引き剥がしただけだぞ。リチャード、お前は何か覚えているだろ」

「特にこれといったことは覚えていない」

「そんなことはないだろ。なんでもいいから、教えてやれよ。……ああ、リチャードは記憶力がいいんだよ。なんと、昨日の晩飯も覚えている。俺は忘れてるってのにな」

「ハハハ……そう、なんですね」

「そうそう。俺が忘れても、リチャードが全部覚えてくれている」


 ケラケラと笑うチャールズに、リチャードは苦笑する。


「本当にこれといったことは覚えていない。あの日、ウィル兄さんが珍しく早く起きて落ち着きがなかったことと、クリス兄さんが『なぜ俺に言わなかった』と掴みかかって、それにウィル兄さんが『何度も言おうと考えたさ。お前が何も知らずにのんきに笑っていたのに、わたしが平気でいたと思っているのか。トリシャが、自分から話すと、何も言わないでくれと懇願しなければ、とっくに言っていた』と言い返したあとは『ふざけるな』と『クリスだけには言われたくない』とか、ありきたりな言葉の応酬が続いた。その頃には、チャールズがクリス兄さんを、わたしがウィル兄さんを羽交い締めにして引き剥がしていたな。その後も、ありきたりな応酬が続いたが、兄さんたちは罵詈雑言のボキャブラリーが貧相だから、割とすぐに大人しくなった。覚えているのは、このくらいか」

「…………」

「な、リチャードは記憶力がいいんだろ」


 二八年も前のやり取りを再現しておいて、何がこれといったことは覚えていないだ。


「そのあと、兄さんたちは七竈館で話し合いに行ってしまったから、クリス兄さんが殴り込んできた理由は知らない。だが……」

「ウィル兄はパトリシアに手を出しちゃいない。あの女狐がなんて言ったかは知らんが、それはない」

「……でも、一時期、親密な関係だったと」

「らしいな。俺たちとクリス兄が暴動鎮圧で留守にしていた間の噂なら、もちろん俺も知っている」


 チャールズは、アンナよりもはっきりと否定する。


「たしかにウィル兄はパトリシアに惚れていたが、手は出さない。まぁあれだ、好いた女が幸せならそれでいいってやつだ。パトリシアは、初めっからクリス兄の婚約者だったからな。むしろウィル兄は、クリス兄とパトリシアが想い合うように、両方にアドバイスをしていたくらいだぞ。会食のセッティングをしたり、プレゼント候補のリストをしたりとかな」

「あの、それ本当にウィリアム様は母を好いていたんですか?」

「まぁ、惚れてるとか実際に言ってたわけじゃないが、ウィル兄がパトリシアに惚れていたのは見ればわかる。どちらかというと色恋沙汰には鈍いクリス兄が気がついたくらいだからな。さっき話した初夜翌日の件は別にしても、『こんなことはしなくていい』とか言ってたな」

「それにウィル兄さんは、『わたしが、好きでやっているのに文句を言うな』と返すまでがお決まりのやり取りだったな」

「アンナは面倒見のいい人だと言ってましたが……」


 なんだか思っていたのと違う。


「面倒見のいいやつだよ、ウィル兄は。パトリシアにほの字だったから、特別二人を気にかけていただけで、頼んでもいないのに俺たちの『非情の双子王子』の異名が不名誉だからとかで払拭するべきだとか言ってきたしなぁ」

「ウィル兄さんは、誰かの面倒をみるのが生きがいなのだろう。わたしには理解できないが」

「まぁ、自分が損してもパトリシアの幸せを選ぶようなウィル兄が、手を出すわけがないってことだ」

「…………はぁ」


 そう言われても、すんなりと納得できるわけではない。それどころか、ますますウィリアムという人物が理解できなくなった。

 自分たちの話を上手く咀嚼できず困惑しているマクシミリアンを、チャールズは面白がるように笑ってお茶をすする。


「ま、二八年前の事件について何かしら知っているにしろ、パトリシアに手を出したか出していないかが気になるにしろ、本人に直接聞くのが一番だろ」

「……は?」

「だな。ウィル兄さんに直接尋ねればいい」

「いやいや、ウィリアム様は……」


 わざわざこんな所まで来たりはしないと、言おうとしてマクシミリアンは口を閉じる。

 そんな彼に、チャールズはますます笑みを深める。もはや面白がるの域を超えて意地の悪い笑顔だった。


「王太子夫妻暗殺事件のおよそ二ヶ月後、荒天の中リウル河を下る彼を乗せた船が転覆し帰らぬ人となった。未だ遺体は見つかっていない、だろ」

「そんなまさか」

「コニーもコニーだ。こんな容疑者リストに紛れ込ませるような回りくどいことせずに、生きているウィル兄さんを問い詰めろと書けばすむことだろうに」

「…………生きている、のか?」


 信じられないと顔に書いてあるマクシミリアンを、少し憐れむようにチャールズは嘆息した。


「勘違いするなよ、リウル河の転覆事故は偽装でもなんでもない。ウィル兄は、その時に頭を強く打ったか何かで一年くらい記憶喪失だったらしい。ついでに、名前もついでにリウル河に捨ててきたと言っていたな」

「言っていた? 誰から聞いたんですか?」

「もちろん、ウィル兄から聞いた。会って直に聞いたんだよ」

「会っていただぁああ?!」


 ようやく衝撃が追いついてきたマクシミリアンは、たまらず悲鳴じみた声を上げてしまう。


「リマンで会ったし、わざわざお前みたいに海を渡ってきたこともあったな。えーっと……」

「リマンで四度、海を渡ってきたのは二度。最後に会ったのは、二年前のリマンでだ」

「そうそう、二年前のときはチェチェも連れて行ったな」

「ン?」


 それまで邪魔にならないよう大人しく座っていたチェチェは、急に話を向けられて首を傾げた。キョトンと丸くした琥珀色の瞳は、チャールズではなくリチャードに向けられていた。

 リチャードは、チェチェにも通じる言葉で語りかける。チェチェは、納得したようで大きく首を縦に振る。


「なんて言ったんだ?」

「後で教えてやるから、もう少し大人しくしていてくれと言った」

「……聞き分けがよいのですね」

「意外か?」


 図星を指されて、マクシミリアンは気まずそうにチェチェを見やる。


「ハハハッ、チェチェは利口なやつだよ。俺たちの息子のようなものだからな」

「……」


 ということは、やはり彼らのどちらかが父というわけではないのか。


「お前はこんなところに来る必要はなかったんだよ。アンナに、ウィル兄に会いたいと言えば、それですんだことだ」

「アンナも知っていた?」

「チャールズの言ったとおりだ。あの女狐が知らないわけがない」

「……〜〜っ」


 あのとき、アンナはなんと言っていただろうか。


『それはきっと……ウィリアム様が、。暗殺事件の手がかりになるような』


 まるで、ウィリアムが生きているかのように言っていたではないか。

 マクシミリアンは、たまらなくなり頭を抱える。


「心当たりがあるようだな」


 頭を抱えたまま、何度も首を縦に振る。


(あんなの、誰が気がつくかぁああああああ!!)


 わかりにくすぎただけで、彼女なりのヒントのつもりだったのだろう。

 ここにいない彼女に、今すぐ抗議したい。けれども、しれっと「生きているかと尋ねなかったでしょう」などと言われるのが、ありありと想像できてしまうのだ。

 やり場のない気持ちに悶ているマクシミリアンを、しばしの間チャールズは憐れみをもって見つめたあとで、肩をすくめた。


「どうする? リチャード」

「もう決めたのだろう。わたしに異存などあるわけがない」

「なら、急いだほうがいいな。一応、総督府の連中にも話を通しておかないと厄介だが……まぁなんとかなるだろ」


 なにやら、勝手に話が進んでいると気がつける程度には冷静になれたマクシミリアンは、怪訝そうに顔を上げる。


「あの、なにを……」

「ん? いきなりお前が行っても、ウィル兄は歓迎しないだろうからな。俺たちが一緒に行ってやるってことだよ」

「わたしたちも歓迎しないだろう」

「そんなことはないだろ、リチャード。ほら、ウィル兄は『いつでも歓迎する』っていつも言ってただろ」

「社交辞令を真に受けるな」


 リチャードの指摘に、マクシミリアンも心の中で大いに同意する。


「社交辞令って……まぁいい。とにかく、俺たちも一緒に行ってやる」

「いやいや、そこまでしてもらうわけには……どこに行けば会えるのか教えていただければ、それであとは……」

「遠慮するなよ」

「しますよ。だいたい、今さらですよ。ウィリアム様が本当に何かを知っているなんて、俺たちの推測でしかない。何も解決の糸口がつかめる可能性のほうが低いのに、今さらそんなことにお二人をわずらわせるわけにはいきません」


 チャールズに口を挟まれる前にと、マクシミリアンは一気に言い切った。

 肩で息をする彼をなだめるように先に口を開いたのは、リチャードだった。


「たしかに今さらだな。だが、それがどうした」

「しかし、お二人にそこまでしてもらうわけには……」

「いかないって? そういうところ、クリス兄そっくりだ。まったく、うらやましいったらない。しかたがない、最後までつきあってやるよ」

「うらやましい?」

「放っておけない気分にさせられるところさ。『非情』の俺たちでもクリス兄を放ってはおけなかった。愛されているだろ、お前」


 すねたように聞こえるのは気のせいだろうか。


「まぁ、最近暇を持て余していたしな、いい退屈しのぎになるだろ」

「脅すわけではないが、マクシミリアン。ここで『わかりました』と首を縦に振らないと、帰りの船はないと思ったほうがいい」

「脅しじゃないですか!!」

「リチャード、それいいな。それでいこう、帰りたかったら、俺とリチャード、それからチェチェも連れてけ。でなかったら、帰りの船はない。わかったな、マクシミリアン・ヴァルトン」


 結局、マクシミリアンは「わかりました」と首を縦に振る以外にできることはなかった。

 自分のペースを乱し続ける双子の叔父を連れ帰る不安は大きい。けれども、それ以上に期待と安心感を無視することはできなかった。

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