第3話 スポットライト

 ある日、いきなり警察から電話がかかって来た。

「江田聡史さんですか?」

 俺はドキッとする。何かした覚えはまったくない。

「はい」

「ちょっとお話を聞かせていただきたいんですが」

「何でしょうか・・・」

 とっさに息子が何かしたのかと思った。俺は警察に呼ばれた。


 それによると、俺がモザなしの自慰動画をPornhu*という収益サイトにあげているということだった。

「まさか、見るだけならともかく、自分の動画をあげるなんてあり得ません。人に見せるほど立派でもないし・・・多分、うちのパソコンがハッカーにハッキングされて、不正操作されてるんだと思います」

 俺は冷静に答えた。

「いえ、でもあなたのパスポートが登録されてるんです」

「はぁ?」

 俺は一瞬で事態を理解した。息子が俺のパスポートを使って、成人のふりをして、海外のエロサイトで小遣い稼ぎをしようとしたんだ。

「でも、海外のサイトだから、モザイクなくてもいいんじゃないですか?」

 俺は疑問に思ったことを尋ねた。

「それが、日本から上げてると違法なんですよ」

 息子は子どもだからそれを知らなかったんだろう。知ってたのかもしれないけど、彼は長い目で物事を考えられないタイプだ。

「多分、息子です。まだ中学生なんですが、引きこもりで」

 俺は情けなくて泣いた。子どものように泣きじゃくった。

 刑事さんも気の毒そうに俺を見ていた。いいなぁ。みんな素敵な奥さんと、普通の子どもがいるんだろう。


 俺はその時、初めて人に自分の家庭のことを話した。


 息子は児童相談所に通告された。彼は児相に連れて行かれて、人生で初めて家族のいない夜を過ごした。俺が彼のことが心配だった。しかし、俺は子どもが生まれて以来の一人の夜を過ごすことができた。空の巣症候群のようになり、酒を飲んでひたすら惰眠をむさぼった。俺は心底疲れていたんだ。海外赴任、妻のうつ病、子どもの不登校、妻には去られて、何年も一人で子どもの世話をしていた。


 息子は数日して戻って来た。それからは、児相の計らいで行政の支援を受けられるようになったし、療育に通うことになった。俺に迷惑をかけたからと、息子も同意してくれた。ようやく明るい兆しが見えて来た気がして、俺は救われた。


 しかし、気になることがある。


「何であんなことしたんだよ?」

 俺はできるだけ怒らないように尋ねた。

「ネットで”稼げる”って書いてあったから」

「でも、恥ずかしくない?」

「全然。だってタダだし。顔出しもしてないから」

「そっか。結構稼いでたみたいだね」

「うん。僕、すごい人気あったから。ファンの人もいっぱいいて楽しかったよ。たくさんコメント書いてくれてたし」

「どうせゲイばっかりだろ?」

「うん。でも、それでもいい。すごくうれしかった。将来は顔出ししてやろうかな」

「やめろよ」

「でも、またやりたい」


 普段、同世代から見下されているんだから、ちやほやしてくれる人がいて楽しかったんだろう。親としては嘆かわしい。一度スポットライトが当たる経験をすると、なかなか忘れられないだろうと思う。芸能人だってそうだろう。

 今は子どもだからやめさせられるけど、成人になったら誰も止めることができない。俺はため息をつく。もっと息子にかまってやって、すごいと賞賛してやるしかないのか・・・いや、それも多分違うだろう。不特定多数の他人から褒められることの方がはるかに快感だ。それがキモイ男たちだとしても。


 海外にファンがいるというのはすごい。やっぱりポルノは世界の共通言語だ。


 引きこもりのままの方がいいのか、ちょっとでもスポットライトを浴びた方がいいのか、俺にはどちらがいいか決めることはできない。とにかく恥ずかしいとしか言いようがない。子どもが風俗に行ったりする親の気持ちが初めてわかった。とてもじゃないけど、「がんばれ」とは言えない。


 唯一救いがあるとしたら、彼は引きこもりだから、誰にも顔を知られていないということだけだ。芸名だったらいいじゃないか。そうだ。定年後は、芸能事務所を作って俺が営業して・・・。


 俺はその後、うつ病と診断された。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

引きこもりビジネス 連喜 @toushikibu

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ