三月二十二日 2

 夜須は和田津でレンタルサイクルを借り、できるだけ急いで大浦に向かった。何人もの観光客や釣り客とすれ違った。大浦は和田津よりも大きな集落で、小さな海岸もある。そのせいか家族連れも多く、大浦に入るとそういった観光客がわいわいと通りを歩いている。


 大浦にも定期船はくるが、最終の定期船は和田津から出発したら大浦には寄らず片島まで直通で行ってしまうため、わざわざ和田津まで来なければいけない。そのため、午後の観光を和田津で楽しむ人も少なくない。


 そんな人の流れを遡って大浦に着くと、夜須は券売所の近くにレンタルサイクルを停めて、淨願寺の方向へ歩き出した。以前交野とともに来たときと同じ道を辿って淨願寺を目指す。忽然と姿を消した交野は確かに自分と一緒にいたはずで、いなければ……例えば交野が最初からいないのであれば、淨願寺への道をどうやって知ることが出来るというのだろう。だからあの時、交野はいたのだ。荒れ果てた惣領屋敷に、夜須と交野、そして正体不明の女も、確かにいたのだ。全て自分の幻覚だとしたら、あの生々しさは一体何なのだろうか。


「つまらんことを考えるな……」


 夜須は自分に言い聞かせるように呟いた。


 それなのに、交野と一緒にいた記憶がポツポツと浮かび上がる。本当にあのとき側にいたのか、定かでない。交野にあんなことをした自分が、何故交野の幻を見るのか。罪悪感か後悔か。


 今思い起こせば、誰も交野に話しかけていなかった。交野は自分にだけ話しかけた。遊覧船の乗船券を買い、券をもぎってもらっているところも夜須は見ていない。淨願寺や志々岐神社で茶はいくつ出されたか、ざぶとんは? 本当に交野はいたのか?


 いや、だれかに交野の存在を確かめたわけではない。交野がいなくなったのは、もう帰れと言ったから、愚直なまでに従順な交野は隠れて出てこなくなったのでは? それなら惣領屋敷から出て行く必要などあるのか。自分の家なのだから、屋敷に帰ればいい。


 隠れて出てこないなど、あまりにも奇行過ぎる。こんなふうにぶらぶらしていると、ひょっこりと交野が現れてもおかしくない。そして、いつものごとく、ごめんと謝ってくるのだ。きっと、夜須を苛立たせるためだけに交野はいなくなったのだ。


 女と赤ん坊の存在も気にかかる。夜須は揚羽の風体を思い出そうとする。うねるように肩や顔にかかっている、黒々とした髪。膝先しか見えない赤い服。腕に抱いた赤ん坊。本当に揚羽という女は存在してたのか?


 気味悪い惣領屋敷で、時折名前を呼ばれて寒気がした。あれは耳鳴りか獣か何かの雑音か。


「くだらん……」


 くだらないと思いたくて口に出した。


 超常現象を信じたくない。超常現象など、他に理由や原因がある。自分はたまたま超常現象だと間違えてしまう条件が合ったのだ。


 考え事をしながら歩いているうちに、石段の先にある淨願寺に辿り着いた。





 本堂の陰に建てられた庫裏に周り、坊守を呼んで、住職から電話をもらった旨を伝える。


 すぐに小走りで住職が出てきた。


「いやぁ、まっちょったよ。これだこれ」


 と、手に持った古ぼけた灰色の冊子を掲げた。


 座敷に通されて、日記を受け取る。和綴じされた古い本だ。表紙には『わだつ日記』と筆で書いてある。紙は紙魚に喰われて所々穴だらけで、紙が劣化して本を広げすぎると破れそうだ。


「それがなぁ、昔のくずし字が、わしは読めんぜよ。おまさんなら読めるかも知れん思うてな」


 変体仮名は得意なので、パラパラとめくっていく。日付が書いてあるわけでもなく、覚書やつれづれに書いたもののようだ。もっとも江戸時代の書物には目次がないので全て目を通すしかない。読みたい部分だけ拾って読むというのが出来ない。


 ざっと見たところ、シジキチョウに関しては特に書いてない。


 けれど、わだつ日記には和田津に伝わる言い伝えが割合多く書かれていた。かんべのお婆さんが頑なに信じている、平家の落人の言い伝えを偽史だと否定しているが、代わりに信憑性があると思える逸話が書かれていた。


 養和の飢饉の終わり頃に逃げてきた平家の姫が、和田津の民から酷い目に遭わされて御先様になる経緯なども書いてあった。かんべのお婆さんが教えてくれたご落胤の話よりも詳らかに記載してあった。


 夜須の記憶の奥底に沈んでこごっていた夢を思い出した途端、尾てい骨からうなじまで総毛立った。


 それと同時に和田津で行き逢った行列のことを思い出した。わだつ日記に書かれていた市女笠に赤い打衣の女、赤ん坊、絵仏師、落人二人、最後に島民二人。ちょうど七人。夜須は自分が研究した七人ミサキを連想した。


 七人ミサキは高知県を始め、四国や九州、中部地方に似たような存在が派生している、恐ろしい怨霊だ。地方によっては名前も変わっているが、おそらくミサキと言う呼称が大本ではないかと考えている。ミサキ風に当たると熱を出して病気になる。川で行き逢えば川ミサキと言う名称になる。船幽霊と同義に考える地方もある。また行き逢い神とも考えられ、行き逢うと不幸が起こるとも。人数が出てくるのは、七人ミサキや七人同行どうぎょう、七人童子どうじなど多種多様だ。成り立ちはそれぞれだが、行き逢った結果、これらが起こす災いは似たようなものだ。


 そう言うものが、御先様と呼ばれる存在であるとするなら、自分が和田津で行き逢ったのは御先様なのだろうか。御先様は自分に気付いていなかった。気付かなければ行き逢ったとはいいがたいのではないか。


 夜須はわずかに首を振った。住職も気付かない程度に何度も否定した。


 わだつ日記の逸話の続きを読むと、てふと宗順という絵仏師の話も記載されていた。『てふ』とは古語で、今の発音で言えば『ちょう』と呼ぶ。なんとなく、蝶という名の女と、蝶の名を持つ女を思い出す。揚羽は赤い服を着て赤ん坊をいつも抱いていた。交野は妹と言っていたが果たして本当なのだろうか……。最初から存在しておらず、交野が揚羽と呼んだときに夜須の知覚や視覚に影響を及ぼした先入観だったとは考えられないか。現に夜須は揚羽の顔も知らなければ、声も聞いたことがない。


 夜須は丁寧に日記のページを繰っていく。火丸ひまろと恒世が先祖だったことや、惣領として和田津を取り仕切っていたこと、怨霊に取り殺されてその行列に加わったこと、さらに好んで海の女神に生け贄を捧げて、そのたびに豊漁になったことも書かれていた。


 あの小さな祠には生け贄を求める女神が祀られているのだ。女神の神使であるシジキチョウのことが書かれてないか、目を皿のようにしてわだつ日記を読んでいった。

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