第五話 エリスとヒルデ

 「エリス様、敵はすぐそこに!ここは私が食い止めますので、どうか先へお逃げ下さい!」


 渓谷を駆ける二人の主従は五騎あまりの騎兵に追われていた。


 「ダメよ!そしたらヒルデは死んでしまうもの!」

 

 追われる二人は目立たないよう黒の外套に身を包んでいたが、しかしエリスと呼ばれた少女の美しいプラチナブロンドの髪が後ろへとなびいており、纏った高貴さまでは隠しきれていなかった。

 

 「しかしそれが私の役目、近衛騎士としての職務なのです!」

 「なら、ずっと私と一緒にいると言ってくれたあの約束は破るつもり!?」


 なるほど先頭をゆく方が主で、後ろが従者といったところか?

 会話の内容は聞こえないまでも、後ろを駆ける方が常に前をゆく少女を庇うような動きを見せているのでそれくらいは察することが出来た。


 「別れの言葉は交わせたか?」


 既に二人を追う騎兵達は二人に追いつき囲むように動いていた。


 「死ぬときは二人一緒がいいわ」

 「エリス様、私の力が及ばず申し訳ありません」

 「くっ、どうして大事なときに魔法が使えないのかしら!」


 二人を囲む騎兵は槍を構える。

 到底、万全な状態とは言えないがこれは行くべきだ。

 このまま手をこまねいていては二人の末路は火を見るより明らかだった。

 ピンポイントな攻撃で騎兵を殺す光景を思い浮かべる。

 そして現れた文字を俺は唱えるのだ。


 「それは悪鬼羅刹を撃ち抜く無情の閃光、

光芒壊矢サジタリウス


 空に浮かんだ五つの魔法陣、それらが一斉に深紅の光線を放つ。

 

 「なんだあれは……ッ!?」

 「願わくばその御力をもって我らを守――――」


 魔法陣に気付き咄嗟に身を守るために詠唱を唱えようとした騎士もいたが、長い詠唱を最後まで唱える時間などありはしない。 

 仮に聖護ホーリー・プロテクションの魔法が間に合ったとしても、現代魔法では古代魔法に敵うはずもなかったが。

 放たれた深紅の光線は狙いあやまたず五人の騎士の胸を撃ち抜く。


 「エリス様、私の後ろへ!」


 予期せぬ事態にヒルデと呼ばれた少女は、剣を隙なく構え直した。

 護衛として新たな脅威を感知したから警戒する、それは至極当然のことだ。

 

 「そこにいるんだろう!?出てこい!」


 剣を持つ少女は、剣先を死角にいて見えないはずの俺へと向けた。

 必要以上に警戒されるのは避けるべきか……?

 何しろ一人でクラスメイト達のもとを去ったはいいが、宿をどうするとか何処の街へ行けばいいかなど、異世界人の俺からすれば分からないことだらけなのだ。

 せっかく人と出会ったのだからこの機会に聞いておくべきだろう。


 「飛行フルーク


 魔力の枯渇を感じながらも古代の重力魔法を使って渓谷へと降りる。


 「なっ……その魔法は!?」

 「うそ……失われたはずの魔法よ!?」


 二人は空から立ったままの姿勢で降りる俺を見て驚きの声をあげた。


 「姿も見せずに、二人の目の前で敵を殺すような魔法を使ってしまってすまなかった」


 光芒壊矢サジタリウスについての謝罪をした。

 突然禍々しい魔法陣が現れて気付いたら目の前の敵の腹に穴が空いてましたではホラーもいいところだからな。


 「こちらこそ、警戒してしまって悪かった」


 俺に向けていた剣を下ろすと少女は外套のフードを取った。

 アイスシルバーのショートカット、剣士らしい凛々しい出で立ちだった。


 「あの魔法には驚いちゃったけど私からもお礼を言わせて欲しいわ。私とヒルデを助けてくれてありがとう」


 もう一人の方も目深に被っていたフードをとった。

 

 「綺麗だな……」


 フードの下から現れた彼女は、美しく艷めくプラチナブロンドの髪に燃えるような赤い眼、加えて整った目鼻立ちの美少女だった。

 さる高貴な身分であると言われれば真偽はどうであれ信じてしまいそうだ。


 「出会っていきなり綺麗だなんて……随分と積極的ね」


 そう言ってニコッと笑った彼女の顔は、しかしすぐに曇ってしまった。

 

 「どうかしたか?」

 「私たちの成すべきことを思い出しただけよ」

 「成すべきこと……?」


 二人は何か特別な事情があって敵に追われながらこの渓谷を通っていたのだろう。

 そんなことを考えているとヒルデと呼ばれた少女が、エリスへと耳打ちをする。

 

 「えぇ、そうよ。これも何かの縁、貴方は魔法も強そうだし私達に同行して貰えないかしら?」


 これほどの美少女に上目遣いに見つめられると断わるという選択肢が脳内から消えてしまう。

 こんなにも人に頼られたいと思ったのは生まれて初めてかもしれなかった。


 「話を聞かせてくれ」

 「聞いたら拒否権は無くなるわよ?」 

 

 何かとても重大な秘密があるのだろう。

 でも二人の役に立ちたいという思いが勝った。


 「か、構わない」


 聞いた後から面倒事に首を突っ込んでしまったと後悔することになるのだが、それはまた別の話―――――。

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