第六話 シュヴェリーンの惨劇

 時はイリュリアが魔物の侵攻を受ける数日前まで遡る。


 「閣下、このところの魔物の出現情報をこれに纏めておきましたので是非にもご覧ください」


 シュヴェリーン公宮謁見の間において、慇懃にかしずくのは、最近になってから魔物に関する深い知見を買われ、活発になりつつある魔物への対策を一任されているジルベスタ・アルマージという男だった。


 「よかろう」


 当代のシュヴェリーン公であるアルブレヒトはジルベスタの差し出した羊皮紙の冊子を受け取るとそっと開いた。

 その刹那―――――笛の音のようなものがシュヴェリーン公国の都、ロストックの街に響き渡った。


 「何だ……今の音は?」

 

 警鐘にも似た笛の音は、居合わせた多くの者達を不安にさせた。


 「くっくっくっ」


 ジルベスタはその反応に何が可笑しいのか笑い始めた。


 「何が可笑しい、ジルベスタ!」


 ジルベスタの様子がおかしいことに気付いたアルブレヒトはすぐさま問いただすが、その顔は苦痛に歪んだ。

 ジルベスタから手渡された冊子の頁から姿を現した蛇が首に巻きついたのだ。


 「貴様、もしや魔族の手先か!?」


 居合わせたアルブレヒトの家臣達がジルベスタに対して剣を抜く。


 「君たちはギャラルホルンの伝承を知っているかい?」

 

 ジルベスタは隠す気がないのかその額の左右には山羊を思わせる角を生やしていた。


 「先程鳴り響いたのはギャラルホルンの音なのですよ」


 さも愉快であるとばかりにジルベスタは笑った。  

 ギャラルホルンは世界の滅びの始まりを告げる音色として大陸に伝わる終末伝承の一つだった。


 「それを鳴らしたのは私の渡した冊子を開いたアルブレヒト自身、自ら破滅を招くとは何とも滑稽だと思わないかい?」

 「貴様ァァァッ!」


 アルブレヒトの身辺警護を行う剣士の一人がジルベスタへと斬り掛かる。

 ジルベスタは口角を吊り上げると一歩も動くことなくその剣を人差し指と中指の二本で受け止めてみせた。


 「なっ……!?」

 「この状況で役割を果たそうとしたその忠義は素晴らしいね。その忠義に敬意を表して楽に逝かせてあげるよ。みんなと一緒にね?」


 ジルベスタは剣を受け止めた手とは反対の左手に魔法陣を浮かべた。


 「根源爆破アニマ・ノヴァ


 世の理を書き換える程の力を持った禁忌の古代魔術が闇色の光を放ち謁見の間にいたアルブレヒトを含むシュヴェリーンの要人達を纏めて葬った。


 「次はイリュリア王国か―――――」


 ジルベスタは魔物に攻め込まれる城塞都市ロストックを見つめながら呟いたのだった。


 ◆❖◇◇❖◆


 「この非常事態にあの人から何の連絡もないということは既に死んだのでしょう」


 屋敷の窓から公宮の方角を見つめたアルブレヒトの妻にして女傑とまで呼ばれるエウフェミアは、屋敷に集めたシュヴェリーン公爵家に名を連ねる者達を前にして言った。

 そして次女であるエリスを見つめる。

 

 「エリス、貴方はまだ幼い。逃げ延びてシュヴェリーンの地に何が起きたのかを確かめ、子をなし家名を残しなさい」


 エウフェミアは憂いに満ちた目でエリスを見つめると聖銀のロザリオを渡した。


 「母上、私は皆と残るわ!」


 エリスは聖銀のロザリオを突き返した。

 するとエウフェミアはエリスの頬を引っぱたいた。


 「何をするのですか……!」

 「今の私は当主代行で貴方に命令を下したのですよ!?その命令に従わないなど言語道断!」


 キツい口調でエウフェミアは、永遠の別れの悲しみを振り払うべく決然と言い放った。


 「成人を迎えたマルガレーテとマグヌスは私と共に最後の瞬間まで民のために戦うことを決めた」

 「エリス、貴方は私の可愛い妹だもの。死なせるわけにはいかないわ」


 長女であるマルガレーテがそっとエリスを抱きしめた。


 「俺たちは武勇を誉とするシュヴェリーンの者として相応しい最期を迎えるのだ。何も怖くはないさ。でもな、誰かに自分達の戦いを知って貰えるのなら後顧の憂いなく戦えるんだ。頼むよ、エリス。お前は生き残ってくれ」


 優しく微笑んだのは長男のマグヌス。


 「ヒルデガルト、お前はエリスを連れて地下水路から逃げておくれ。包囲の薄い今ならきっと気付かれずに逃げおおせるはずさ」


 エリスが拒んで受け取らなかった聖銀のロザリオをエウフェミアはエリスの身辺警護を務めるヒルデガルトに手渡した。


 「かしこまりました……っ!」


 ヒルデガルトは涙ぐみながらもそれを受け取る。

 そしてエリスの足元へと跪いた。


 「エリス様、参りますよ」


 ヒルデガルトは立ち上がると永遠の別れを惜しみ泣きじゃくるエリスを引っ張るようにして部屋を後にする。


 「武勇を持って我らが死地を彩らん!」


 エウフェミアがそう言うと三人は鞘から剣を抜き床へと突き立てた。

 武勇を誉とするシュヴェリーンの一族は、死を迎えるその瞬間まで剣を手放すことは無かった――――。



 †補足†


 ヒルデガルトが近衛騎士にもかかわらず、シュヴェリーンの家が公爵家であることに疑問を感じている方もいるかもしれません。

 しかしながら公爵家にもかかわらず近衛騎士団を持つ家も存在しました。

 有名な事例で言えば、ナポレオン戦争(1815年戦役)におけるワーテルローの戦いにドイツ側で参加したブラウンシュヴァイク公国近衛大隊が有名です。

 よってヒルデガルトが近衛騎士な理由はここにあります。

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