#2 かっさらったのは楽しかったんだろうな

 名も知らぬキミへ、これを書いているのは吾輩が旅立ってから間もないということだ。キミが読んでいるころにはおそらくは吾輩はもうこの世界にはいないであろう。この手紙を残すにあたってキミに伝えなくてはならないことがある。”今すぐ別世界へ飛べ。この世界は間もなく終わりを迎える”以上だ。


 誰かに宛てたものだったのだろうか、この手紙は酷くボロボロだった。字もかすめ辛うじて読めるがおそらく本人にとってはそう読み取ってほしいのだと勝手に想像する。この手紙が風の便りで流れ着き、私の手元にある。本人はすでにこの世界にいないと書かれている辺り、私と同じ時間旅行者なのだろうか。それとも他の世界へ渡る術を知る知識人なのだろうか。

 さておき、この世界は鬱蒼としている。これが世界、現実だと人が問えば私が知る限りとても醜いと答えていたのかもしれない。呼吸がえらいな。息をするだけで喉が破れそうなくらい空気が悪い。汚染しているのだろうか。いや、汚染しているんだ。臭いも鼻をもがくほど強烈だ。息を吐く度に血が混じるような味が喉からこみ上げてくる。長く吸えば吸うほど寿命を奪われていくみたいで気が滅入るよ。

 この世界からさっさと移動したいが、この世界に隠されたと言われる部品を探さなくてはならない。あー気が遠のきそうだよ。かつてここは高度な文明が広がっていたのだろう。今は冷気に侵され冬のように寒くはないが、白い雪のようなものが建物を覆いつくし、それだけでは飽き足らず雪が降っている。この雪は銀色に見える。とてもじゃないが私が知る冬の世界とは全く異なる別世界だ。

「マスクもせずにうろついて危ない奴だの」

 建物の隅からこちらを覗き込む小人がいる。大きな笠を頭をすっかり被さるほどの大きい。ミニット族だ。博士も同じ種族。生まれたころから髭を生やす変わった人種。そのうえ瞳の色は黒と赤色に分かれる。大きい傘を被るのは自身の小さい差を隠すというが、笠の大きさにより小さく見える。身長はおよそ150センチほどだろう。

「マスクをどこかへ落してしまっただの? こっちへこいだの。ちょうどひとつのこしてあるだの」

 私の正体を知ることもなく手招きをしつつ建物の奥へと消えていく。誘っているのだろうかそれとも優しさからであろうか。いずれにせよマスクなしでここに居続けるのは私の命の砂時計を半分失ってしまうだろう。

「やれやれだの。マスクをつけない人がいるのははじめてだの」

 小さい部屋だ。ミニット族は祠や洞窟のような小さな家を好むというが、事実とは…博士とは大違いだ。

「…おぬし、見ない顔だな。この辺に住んでいるのではないのだの?」

 私はマスクを借りて鼻と口を覆うようにして隠した。ああ…息が楽だ。まるで新鮮な空気に肺も喉も潤った気分だ。

「私は、…覚えがない。マスク…とやらは、付けていたんだが…気づいたらなくなっていた」

「ふむ。記憶喪失だの。お主はどこから来たのか名前はなんだったのか覚えていないだの?」

「…広い…とても広い場所から…来た記憶が…ある。…名前は…エト…」

 老人にからかうのは少し気が引けるが、本当のことを言うわけにもいかない。もし、この世界に博士が恐れている奴らがいたら、移動手段を持たない私にとっては単なる贄にしかならない。それに、この老人が親切な人であるのならいいが、もし敵とつながっているとしたなら、最悪、手を取らなくてはならない。

「エトだの。ふむ。しばしここで休むといいだの。外はしばらく雲行きは悪いだの。こんな空が続く限りは出歩かない方が身のためだの。記憶が戻るまで家にいるといい、なーに、ワシしかおらぬだの」

 老人はにっこりと笑った。ウソをついているとはいえ心が痛んだ。

 部屋の中で気になる物を見つけた。らせん状の釘だ。らせん状に切り刻んだ階段が釘となって作られている。一種のミニチュアだ。サイズは2センチ。その中を百数段ほどの階段がきめ細かく削られている。

「ほほーだの。めずらしいだの。それは、工場でみつけたのだの」

「工場! 老人、詳しければ教えてもらえないか!」

「な、なんじゃだの…いきなりだの」

 思い出すかのように頭を両手で覆う。

「思い出したんです。私は工場で働いていました。ですが、誰かが私を外へ追い出したのです。あんな息ができないような外を…ああーー!! 思い出しました。私は誰かが突き飛ばされたんだ。何かを奪われたんだ。それが…それなんです。それは、私の友人が大切にと作ってあったものだったんです!!」

 らせん状の釘を指さしながら指摘した。友人も追い出した誰かも存在しない。私が作ったでっちあげで創作だ。だが、老人なら騙せるかもしれない。そう思った。しかし――

「お主、不思議なことをいうだの。工場で確かに見つけたのだの。しかし、工場は無人。人はおろかとうにこの国を捨て、みんないなくなって十五年。どうして、これがあそこにあって、どうして、人がいたと、はっきりと答えれたのだの」

 老人の目から殺意へと変わっていくのを気づき、とっさにマスクをしたまま建物の外へ逃げ出した。この老人、見た目以上に得体のしれない。まるで老人の皮を被った怪物みたいだ。

「エト…そうか。キミだの。博士が随分とお世話になっただの」

「なんの話だ」

「博士は死んだのだの?」

「博士は生きています!」

「言いきるだの。だが、その様子からして死んだんだの。そうか…」

 老人はほれっとらせん状の釘を素直に渡してきた。

「博士とは古い友人だっただの。キミに伝言を頼まれていたのだの。”名も知らぬキミへ、これを書いているのは吾輩が旅立ってから間もないということだ。キミが読んでいるころにはおそらくは吾輩はもうこの世界にはいないであろう。この手紙を残すにあたってキミに伝えなくてはならないことがある。”今すぐ別世界へ飛べ。この世界は間もなく終わりを迎える”以上だ。”この手紙は博士がワシに送った伝言だっただの」

「…それは、どういう…」

「この世界はすでに滅びへと向かっている。当の昔にタイムマシンなど、すでに失われてしまっているだの。私は古い友人や親しくなった友人たちが助かってほしいと願ってタイムマシンで彼らを見送っただの。そして、もう一度戻ってきたとき、ワシはそのタイムマシンで帰るつもりでいたのだの。しかし…タイムマシンは二度とこなかった」

「なぜ…一緒に行かなかったの…あ――」

 そうか人数制限。

「タイムマシンは人数に制限が設けられているdなお。あのタイムマシンは3人までが限度だっただの。だから、大切な人たちを先に見送ったのだの。だが、戻らなかった。彼らからしてみればワシは単なるお荷物だっただの。あれから十五年。汚染された空気をマスク越しに吸っているとはいえ、肺も喉も限界がこようとしている。博士が言っておっただの。”自慢の助手を手に入れたよ。悔しかったら盗んでみろって”っだの。あんなに嬉しそうにしている博士は大切な仲間を失ってから初めて見た顔だっただの。さて、ゴホゴホ……ッ!」

 マスクごと血を吐いた。マスクが床に落ちると同時に真っ赤な水滴が床を汚す。

「はぁ…はぁ…時間だの。これ…ゆけ…の…」

 胸をおさえながら苦しむ姿を博士と重ねる。博士、と手を伸ばそうとした。そのとき、両腕にはめていた腕輪が光りだした。らせん状の釘が反応している。

「これは…」

「まったく最後まで、とことん面白いものをみせてくれるだの。ワシからの伝言だの。”タイムマシンをかっぱらった気分はどうだっただの!? 老いぼれ老人を置いていった気分はさぞ興奮したんだの。ワシは最後まであがいただの!”」

 床に倒れこみ、そのあと動かなくなった。

 ゆさぶりかけるが反応がない。口や鼻からも呼吸の声はなく、静寂だけが辺りを包めた。

 彼の遺体を埋葬したかったが、腕輪は我が儘を許してはもらえないらしい。老人の体を持って行こうとしたときには、私はまったく違う世界へと来ていた。


 そこは、壊れたタイムマシンと数人の男女が倒れたスラム街だった。息ができないほど臭くもなければ息苦しくもない。マスクを外すと多少なりむせるが次期になれるだろう。

 壊れたタイムマシンは無残に外部の殻だけ残して中は何も残っていなかった。おそらく、この世界に来るなりこの住民たちと揉め、あげくは殺され、持っていかれたのだろう。

 男女は最後まであきらめなかったのだろう。どこからか拾ってきた残骸や金属でなんとか作ろうとしていたのだが、知識もなければ動力も知らない連中はどうあがいても無駄だろう。

「”タイムマシンをかっぱらった気分はどうだっただの!? 老いぼれ老人を置いていった気分はさぞ興奮したんだの。ワシは最後まであがいただの!”…ああ、彼らはあがいたさ。最後まで、助けるために…」

 この伝言をここに置いておき、私はこの場から去る。この場所にい続けてもなにも得ることはない。ここは、もう遠い世界に置いてきたものでしかありふれていない。

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旅、世界 黒白 黎 @KurosihiroRei

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