旅、世界

黒白 黎

#1 誰が殺した。

 誰でも時間旅行ができるようになった時代。タイムマシンの発明により次元、空間、時間を自由に飛び越え好きな世界へ行き来できるようになった。主人公のエトもまた、時空を飛び越え異世界を旅をしていた。

 雪原が広がる銀世界。巨大な建築物が立ち並び行き交う人々は多種多様なファンタジー世界。大きな橋の下で迷宮ともいえるほど民家が密集した奇妙な世界。様々な世界を行くにつれて、その世界の人々と交流し文化、歴史、言葉も知る。なんという素晴らしい世界なのだろうか。心が躍るとはまさにこのこと。

「ただいま」

 長い休暇を経て、久しぶりに実家に帰宅すると、博士が慌ただしくしていた。博士とは、エトの義理親である。エトの両親は不慮の事故により行方不明で、今でもその消息は不明である。

 兄妹もいたが、みんな親戚に預けられる形で別れ離れだ。エトも親戚に預けられるはずだったが、博士が名乗り出て、引取った。親戚は反対していたが、博士は両親が勤めていた開発者の仲間であることと、もしもの時があれば引き取ってほしいと頼まれていたという。兄妹たちも引取る予定だったが、時期が時期で間に合わず、結局エトが思春期終えるまで兄妹たちを見つけることはできなかった。

 博士がタイムマシンの発明に成功したことを公表したきっかけに兄妹たちとめぐりあうことができたのだが、いまだに両親たちは名乗ることはなく、それよりも失踪したままである。兄妹たちも探してはいたが、見つける手段は残されていないためかまだ見つかっていない。

「どうしたの? 慌ただしそうだけど」

「困ったことがあった。…もうどすれば…よいのか」

「私で良ければ、なにがあったの?」

 博士は深刻そうだった。顔は青ざめ、冷や汗がとにかく多い。こんな姿を見たのは開発に行き詰まった時以来だ。

「何者かがタイムマシンを狙っている」

「博士の? なぜ?」

 タイムマシンはすでに公表しているし、いまさら博士から奪おうとできるものはないはずだ。それがなぜ狙われているのかわからない。

「エト。キミの両親がいなくなった原因はワタシにある」

「…え」

「落ち着いて聞いてくれ。前にも話したがワタシとキミの両親と同じ部署でタイムマシンの開発にいそしんでいた。両親もワタシを含めて7人の科学者たちが懸命にタイムマシンと異世界へのつながりの検証を行うと同時に時空の壁を抜ける方法を探っていた。ところがある日…ワタシが研究室でコーヒーを飲みながら数式を解いていたとき、事故が起こった。キミの両親含む3人の科学者たちが事故に見舞われた。あれは忘れもしない。時空の壁が研究室の半分を埋める形でできていた。あれはまるでブラックホールだ。漆黒の空間だけがぽっかりと開いている。そこに物が吸い込まれてはいなかったが、暗号や文字など、本来なら動くはずもないものがその空間に吸われていた。ワタシは絶句した。こんなとことはない。こんなことはありえない。ワタシは急いでそのブラックホールを閉じる算段とこれがどういういきさつで現れたのか検証しようとした。そのとき、キミの両親がワタシにこう伝えたんだ。『この先に何があるのか見てきたい』と。ワタシは賛成だった。むしろ、ワタシが行きたかった。こんな奇妙で興味がある光景が一生の間めぐり合うなんて奇跡ぐらいだ。海の中で沈んだ透明のプラクトンを探すように。ワタシはキミの両親が行くことを反対した。もちろん、娘息子たちのことを思ってね。だけど、『俺たちが行くべきだ。この研究は元々あなたが始めたこと。あなたが夢見ていたことだ。このことを公表すると同時にあなたが思い描いたものを作るべきだ。だから、息子娘のことをお願いする。もちろん、勝手なことを言ってしまっているけど。科学者の端くれだ。いずれそんなことを選んでしまうだろうと』。彼らがそう口にするなりワタシを押して、ブラックホールの中へと入って行ってしまった。後を追いかけたものの、ブラックホールは突如と閉じ、なにもなくなってしまった。結局残された科学者で最後まで研究し、そして実用できるところまで。これもすべてキミの謝罪と両親を連れ戻すことがワタシの罪だ」

 そんなことが。待て、話しがまとまらない。両親は失踪したのは、博士が絡んでいたから。タイムマシンが世に出すきっかけになったのは両親のおかげ。普通なら震えるなり怒るなりしていたのかもしれない。けど私の感情は嬉しいだった。希望が持てた。両親はこの世界からいなくなっただけど、他の世界で生き延びている。きっと今もどこかにいるのだろうと。

「博士、私はあなたのことを感謝しています。育ててくれたとこと。罪悪感をいいつつも、私をそばにおいてくれたこと。そして、すべてを話してくれたこと。ありがとう」

 博士は目を大きく開けていた。びっくりしていたのだろうか。頭の中になかった光景が起きたとき、人はこのように驚くのだろう。

「…エト。すぐに移動しよう。この世界はすでに何者かに干渉されている。もちろん私の想像上でしかないが、もし、ワタシが何者かによって殺されたとき、時代を干渉してきている証拠だ。現に、ワタシの記憶ではエトの兄妹を見殺しにしたことになっている。もし、記憶のすれ違いが起きているとしたら、それは、何者かが歴史を変えようとしている。エト、ワタシの秘密の部屋にあるものをもってすぐに旅に出ろ。キミの両親を探すことと歴史を変えようとしている存在を突き止めろ。そして、各世界にタイムマシンの秘密の部品を隠してきた。歴史を改変使用している奴らに奪われる前に奪還した。いい……ッ!!」

「博士ッ!!」

 博士が突然胸になにかに撃たれるように倒れた。博士の胸に穴が開き、中から心臓がドロドロになって飛び出てきた。これは、いったいなんだ。なにされた。博士の目をそっと閉じ、「博士、行ってきます。必ず探します」そう言って、私は博士から秘密の鍵を受け取り、地下室へ向かった。


 博士の地下室。ここは、庭が広がっている。博士が一人で考えたいときや、自然と満ち足りたいときに利用していた部屋だ。中は東京ドーム並みに広い。緑が生い茂り足場は脆く崩壊していた。一人で来たのはいつ以来だろうか。タイムマシンの発明のあとか。それとも思春期で家に戻ら亡くなった後か。

 昔の名残はもうない。木々や草、季節ごとに花々はすでに苔と蔦で覆われてしまい見えなくなっていた。人工芝生や自動天気システムなど搭載されていたがそれもすべて蔦やコケによって塞がれてしまい機能しなくなっていた。

「ここか」

 苔に覆われる形で閉ざされた扉があった。ずいぶんと苔が何重にも積み重なっている。手では掘ることは難しい。近くにあったスコップで掘るが、これはかなりの体力と時間が必要なようだ。だが、博士が残そうと託そうとしたものがあるはずだ。それを忘れてはいけない。そう考えると、自然と無我夢中でやりきれた。

 室内に入ると、異次元鞄(インベントリ)が目についた。これは博士が次に公表する予定だった発明品だ。まだ試作段階だが、どんな大きいものでも入るし、賞味期限がある食べ物でも期限関係なく入れる。つまり、この中は異空間であり時間が止まっているのだ。博士曰く、最大でも三つまでしか入れない代物だと言っていたが、こんな便利な物ができれば大荷物で異世界へ飛び回る必要はなくなるだろう。異世界で水や食料がないところとか自然や環境が悪いところとかいくらでもあるから大荷物背負っての移動はかなりのデメリットとなっていた。もし、これが世に出ればさらに移動は加速するだろう。

 ガラスケースの中に閉じられた白い結晶体。これも博士が開発していたものだ。白い結晶は削ってもそのままでもエネルギーを生む。放っておいても自然と増殖し何度でも使用することができる無限エネルギー。博士の発明品の中でもトップクラス。異世界へいくにもエネルギーがある世界は少ない。過酷な環境のためかエネルギーとなる電気や化石燃料、石炭などは希少価値でその世界で手に入れることはほとんどない。そのため、バッテリーなどを持ち運び、自然と荷物が大きくなってしまう。これがあればきっともうバッテリーなどエネルギーに苦い思いをしなくなるだろう。

 腕輪。両腕にはめるタイプだ。七色に光り輝いて見えるが、光を落としてみると光が反射するどころか光も吸収しない。不思議なものだ。これは博士が前々からプレゼントだと言っていたものだ。タイムマシンの発明により様々な世界へ行くことが可能となったが、大きな機械であることと人数が4人までしか乗れないなどデメリットがあった。そこに荷物が加わると3人。およそ150キロが限界だと。それを超えると動かなくなる。この装置があればタイムマシンを使うことなく異世界へ飛ぶことができる。ただ、タイムマシンと違って自分が行きたい場所へ行けれず、場所はそのままで移動するため空高い場所であったり宇宙空間だったり、海の中だったりと欠点はまだまだだ。博士は『空間転送(タイムホール)』と命名していた。

 最後はソイルリボルバー。四か所の穴があり、そこにソイルという弾丸を込めることで一発の弾丸となって発射する。弾丸はソイルと呼ばれる原料を探さないといけないらしい。火薬や金属などを使っても発射することはおろか起動することもない。異世界で何度も危ない目に遭い、その度にこのソイルリボルバーによって助けられてきた。

 さらに改良が加えられている辺り、博士の優しさと好奇心が伺える。

「よし、出発だ」

 タイムホールを使って異世界へ渡る。最後に、この世界へ再び戻ってくるころには両親を見つけたことと、博士の命を狙った敵の存在を知った後からだろう。あとは…博士が死ななかった世界を…もう一度取り戻そう。

 

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