最終話 漫画大好き少年が大人になる。

 シルバラより2ヶ月遅れで、15才になりました。

 この2ヶ月、なぜだかシルバラがお姉さんぶって、なにかと俺の世話を焼きたがりました。

 そんなことも、今日で終わり。


「シルバラ、約束どおり、俺の嫁さんになってくれるかい。」


「えっ、えっ、ジル君の誕生日の朝一番に言うなんて、卑怯な不意打ちだわ。

 心の準備が、、でも決まっているのよね。

 喜んでっ、ジル君の妻になりますっ。」



「あらあら、まあまあ、今日も朝から陽射しが熱いわねぇ。あなた達って、季節に関係なく、アツアツなのねぇ。」


にいにいと、ねいねいがラブラブだぁ〜。ねぇ、妻って何か変わるのっ?」


「ミウしってる。コウノトリさんがあかちゃんもってくるの。」


「二人ともそんなことよりおめでとうでしょ。ジルにい、シルねえ、おめでとうっ。」


 子どもを揶揄するのを、至上の楽しみとする母さまと、ほっとけば暴走を続ける下の妹達の中にあって、セルミナの存在は理性の権化とも言える存在だ。少々ブラコンの嫌いはあるが。




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 トランス王国は、王家が政に関与しない国の象徴となり、民衆の代表で運営される民主国家となった。

 その議会の下に貴族が置かれて領主をしている。貴族の階級は廃されて、大臣などの役職が身分となった。

 全土に鉄道網が広がり、国中が旅行ブームとなった。

 ようやく、統括大臣の任を解かれた父さまは家族を連れ長らくご無沙汰をしている祖父母のもとへ行くことにした。

 南の海のリゾート地。列車で丸一日の旅だ。母さまと妹達は大騒ぎで、水着や浮き輪を買い出したり祖父母へのお土産を用意したようだ。

 俺とシルバラも、別行動でデートしながら、準備をしたよ。

 夏服なんか現地で買えばいいと、水着と浮き輪だけ用意した。



 祖父母は俺が生まれた頃から寝たきりが多く、俺もあまり抱かれた記憶がない。

 そんな祖父母を心配した両親は、貧しいにもかかわらず、祖父母を南の果物や野菜の豊かな地で静養させるべく送り出したのだ。


 俺が領地の改革を始めた頃にも祖父母と同じ病が見られたが、どうやらビタミンB1の欠乏による脚気のようだった。 

 ビタミンB1は、体内の糖分やアミノ酸を体内に取り入れる働きをする不可欠な栄養成分であるのだ。

 当時、領内の主食であったライ麦は、小麦よりビタミンB1の含有量が極端に少なく、1割にも満たないのだ。

 ビタミンB1の豊富なものは、豚肉か舞茸ぐらいであったが、領民にとって猪の肉も舞茸も滅多に食べられる食材ではなかった。


 俺達一家を乗せた急行ゴードンは、王都を離れ、小麦畑の田園風景の中をひた走っていた。

 途中の停車駅は、2時間置きくらいだったが妹達は必ず駅弁を買い、食べ回しをしていた。

 一番美味しかったのを帰りに買うのだとか。

 夜になり、暗がりの中を列車が進む。車内も明かりが弱まると、チビ達、続いてセルミナと俺達も眠りに落ちた。

 父さまと母さまは、寄り添って何か話しているようだった。


 目が覚めた時、窓の風景が一変していた。 

 小麦畑ではなく、サトウキビ畑が一面に広がり、窓を開けると朝だというのに、熱気の籠った風が吹きつける。

 チビ達は、母さま着替えなきゃと騒ぎ立て、お爺さまとお婆さまのところへ着くまで、我慢しなさいと叱られている。

 そうして、終点の一つ手前の駅で駅弁を買い朝食にした。あと2時間で着く。

 朝食の駅弁は、魚貝とフルーツの入った焼飯だった。フルーツの酸味が意外と美味しい駅弁だった。チビ達は、冷えたフルーツジュースをごくごく飲んでご機嫌だ。

 俺や父さまは、チビ達にジュースを奪われ、シルバラと母さまの分を二本のストローで恋人飲みして、照れていた。

 だって、シルバラも母さまも、俺達が飲む時に一緒に飲むんだもの。




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 たどり着いた南の終着駅の町は、珊瑚の海に囲まれたリゾート地。白い珊瑚の砂浜と白い珊瑚の石造りの家が傾斜地に並び建っている。

 道々にはヤシの木が風に揺れ、陽射しが眩しい。迎えに来てくれた祖父母の家の従者の馬車に揺られ、のんびり坂道を登って行く。

 道々から見える畑には、葡萄だったりオリーブやトマトだったり、知ってはいるけど植えてある畑を見たことがないものばかりだった。

 丘の上にヤシの木などでこんもりした小さな林のに祖父母の暮らす家があった。

 馬車が近づくと、慌てて家を出てくる人達が見えた。真ん中にいる年寄りが祖父母だろう。


 家の前に着くと、チビ達が飛び出すが父さまと母さまを待っている。

 俺達が整列すると、父さまが皆んなを紹介した。俺以外は初対面だし、俺もわずかな記憶しかない。

 お婆ちゃんは、さすが母さまの母上だ。皆んなを一人ずつハグして離さない。ミウやトットは頰ずりされてキョトンとしている。

 シルバラは、新妻と紹介されすごく嬉しがっている。

 父さまと母さまは、祖父母の家の7人の家人達に、一人一人丁寧にお礼を言っていた。

 俺は何をしたら、いいか分からず馬車から荷物を降ろすことにした。慌てて家人達が手伝ってくれたが、妹達も楽しそうに運んだので、皆笑顔で家に入った。


「父上、母上、お元気そうで何よりです。」


「うむ、お前に猪肉やうなぎを食べるように言われてからな、みるみるうちに健康を取り戻したんじゃ。おかげで婆さんと二人で畑仕事もしとるよ。はははっ。」


「お母さま、孫が増えて驚きましたでしょう。 

 おまけに孫息子の嫁までいて。うふふ。」


「そうね、驚いたわ。みんな優しいいい子で、リズちゃんの育て方がいいのね。」


「こほん、俺も父親をやっとりますよっ。」


「まあ、泣き虫なあなたが父親ねぇ。とても、信じられないわ。おほほほっ。」


「それにしても、辺境の騎士爵から男爵、そして侯爵になったと聞いた時は、たまげたぞ。、 

 年々仕送りの額が増えていたからな、領地が発展しているとは思っていたがな。」


「以前知らせたとおり、みんな、息子のジルが成したことです。とんびが鷹を生んだと言うか神の遣いの鳥をを生んだようでしてな。」


「どういうことじゃなジル。お前はほんとうに儂の孫か。」


「えっと、お爺ちゃんとお婆ちゃんの血を引いた父さまと母さまの血が混じり、俺が誕生したのです。神様のなんたらは、お爺ちゃん達が成したことで俺のせいではありませんよ。」

「ぷっはははっ。儂らのせいか、婆さん、偉いことをしてしまったものよなぁ。」


「私はそんなことはどうでもいいの。かわいい孫達に会えて嬉しいわ。これからは、毎年遊びに来てくれるそうよ。楽しみで仕方ないわ。」


「儂も楽しみじゃわい。婆さんばかり孫を一人占めするでない。」


「今夜はご馳走よ、お婆ちゃんが美味しいお料理をたくさん作るから楽しみにしてね。」


「お婆ちゃん、私も手伝います。」

「ミウもてちゅだう。」

「トットも料理覚える。」


「それじゃあ、私は明日の朝食を作るわ。

 ひらめいたのよ、駅弁食べてて。」


「まあ、シルバラちゃん。孫の作った朝食なんてすてきね。お婆ちゃん楽しみよ。」


「なんかわからんが、女の子が多いと賑やかでいいのぉ。はははっ。」


 孫達に囲まれて、祖父母の目尻は下がりぱなしだ。

 次の日は、砂浜で海水浴。始め泳げなかった妹達も浮き輪を使い、お爺ちゃんに教えてもらい泳げるようになった。  

 お爺ちゃんは、へとへとになりながらも大満足だ。

 お婆ちゃんとは、波打ち際で貝殻を集めて、宝物にするのだと騒いでいた。

 お昼は従者さん達が用意してくれた海老や蟹魚貝を焼いてバーベキューをした。

 海水で冷やしたヤシの実のジュースを飲み、バナナやパイナップル、マンゴーなどのなかなか食べられないフルーツに皆、大満足した。


 そんな、祖父母の田舎で過ごした夏だった。




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 6年前に王都の屋敷を拝領したばかりの時、妹達と草むらのトンネルを創りながら、探検に出かけて、たどり着いた大木のどんぐりの実を

屋敷の前に植えたけれど、すっかり大きく育ち今では大人の背丈の二倍にもなっている。

 屋敷の道端に並ぶ五本のどんぐりの木は、屋敷の皆んなから、お子様並木と呼ばれている。

 他にも銀杏や楓の木を並べて植えて、秋には見事な紅葉を見せる、屋敷の自慢の景観となっている。


 15才の成人の誕生日を迎え、俺はシルバラと妹達を連れて、不思議の杜へと向かった。

 大人になったよって、なんとなく挨拶しなければと思ったからだ。

 もし俺をこの世界に連れて来てくれた神様がいるとすれば、この不思議の杜で俺を見守ってくれているに違いない。そう思えた。


 その日トンネルに入ると、出口が明るく見えて、迷わずにあの大木の下にたどり着ついた。

 見上げると、木もれ陽が差して眩しい空が顔を出している。

 皆んなで並んで、挨拶をする。


 俺はこの世界に来てから、魔法の力を授けてもらったり、シルバラや妹達、両親や館や街の皆んなに出会えた感謝をした。きっとそれも神様が仕組んでくれたことだろうと思えたから。

 隣りでシルバラが立ったまま、うとうとしている。倒れないように抱きかかえると目を開け微笑みながら言った。


『ジル君、私、生まれて来る子ども達と話したのよ、皆んなママ、ママってかわいいの。』


 そうか、俺も大人になる時が来たんだなぁ。

 そう思って妹達を見れば、セルミナは女の子から可憐な少女に変わりつつあるし、トットも男の子みたいだったのが、お洒落をするおしゃまな女の子になっている。

 ミウはまだ幼くかわいい盛りだが、母さまの手を逃れて、兄姉の後をついて回る侍女泣かせになっている。


 気がつくと、俺とシルバラを除く三人には、キラキラ光る妖精の粉吹雪が注いでいた。

 ああ、俺とシルバラは大人になって、もう妖精の世界には行けないんだなぁ。そう思った。



 俺は前世では15才で生涯を終え、この世界に来た。

 恵まれた家族の中で育ち、記憶にある漫画の知識で理想の世界を作れたのかも知れない。

 そして15才になった。これからは未知の大人の世界だ。

 周りの皆んなと幸せを噛みしめながら、生きて行こうと思っている。


【 完 】




【 終わりに 】


 ご愛読ありがとうございました。さりげなく最終話でした。

 明日からは、同じく異世界ファンタジーで、

『異世界で二度目の人生、駆け抜ける。俺の神器はスマホだよ。』を投稿します。

 これは、以前なろうで投稿した長編処女作の改訂版です。

 また、歴史ジャンルで週一投稿予定ですが、『俺は義経、兄になんか殺されてたまるか。』

を投稿します。

 よろしかったら、お読みください。《風猫》

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漫画大好き少年が異世界に転生したら、無自覚革命児爆誕っ。 風猫(ふーにゃん) @foo_nyan

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