第35話 閑話 マチピチ族の少年アテカ

 僕のはアテカ12 才、両親がマチピチ族のいにしえの勇者の名前から付けた名だ。

 だから、力も技も人より劣るけど、勇気だけは負けないつもりだ。


 村に死の病に侵された人達を集めて介護する建物が建てられたのは、2年前のことです。

 総花崗岩で造られた簡素な建物だが、朝夕に白く輝くその姿はどこか崇高であり、いつしか『聖堂』と呼ばれるようになりました。

 聖堂が建てられることになったのは、部族長のもとへ病気治癒で名高い『聖女マリア様』が来られて、患者を家族のもとに置いては、家族に伝染ると進言なされたからと聞いています。


 そして、患者の世話を聖女様と侍女のお二人でなさると言い、その建物として聖堂が建てられたのです。

 患者の家族や村人は、聖堂に食物を寄進して家族が患者の様子を聞いたり、窓の外から顔を見たりしてます。

 聖女様の話では、熱がでたり吐気などの症状は薬草の処方で抑えることができるけど、咳き込み体力がおちて衰えて行くのだという。


 そして今年の秋、村々に感染が広がり聖堂は患者で溢れました。そしてついに、世話をする聖女様まで感染してしまったのです。

 この事態に部族長は、成すすべがなく王国の城へ救援を求めました。

 そして、それからわずか2週間後に空飛ぶ船で、聖堂の村へ王城からの救援の方々が来られたのです。


 彼の人達は聖堂の介護に入ると、患者の家族から発病までの様子や病状を詳細に聴取して、そして患者には注射という道具で治療を始めました。

 個人差はありましたが、治療5日目くらいから発病から日が浅い者の症状が治まり始めて、10日目くらいには、咳込みの酷い重症者さえも明らかに快方に向かったとのことです。


 王城から救援に来られた方達の指揮を取られていたのは、わずか14才のジル坊っちゃんでした。周りの近しい方々がそう呼んでいます。

 そのジル坊っちゃんから、皆んなにこの病気について説明がありました。

 この病気は、カビの菌などより小さなウィルスと言う菌が体に入り、喉の炎症、発熱などの風邪の症状を起こし、やがて肺の中で炎症を起こして居座るのだそうです。


 人に伝染るのは、唾や痰、咳に含まれた細い唾を吸い込んだ場合やそれらを浴びた水や食物あるいは土や物に触ることで伝染ると説明されました。

 患者と接する時はマスクをし、手袋をはめ、適度の距離を置いて、着ていた衣服は沸騰した湯で煮立て菌を殺す必要があると聞きました。それだけ解れば病人と接することができます。

 おまけに体に入った菌を殺す薬もあります。

 ただし、体の中で戦い生き残って強くなる菌もあるから、楽観はできないそうです。

 僕たち皆んなは、その説明を聞き、心底感心してしまいました。

 

『世の中には、こんなにすげぇ人がいるんだ。

なにせ、聖女様を救っちまうんだからな。』


 そう、隣にいたおじさんが呟いていました。




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 ジル坊っちゃんが救援に来られて、3週間が過ぎた頃、いつも、坊っちゃんの傍を離れないでいる僕に、突然話し掛けられました。


「アテカ、村を案内してくれないか。いろいろ見たいんだ。」


 僕は喜び勇んで、他の子供と一緒に村を案内しました。坊っちゃんは、村人の生活の様子を見たり、村の周囲の道や段々畑、切立った崖の縁まで熱心に見ていました。

 そして、飛行船のもとへ行くと布袋と取り出して『アテカ、高い所は苦手かい。』と聞かれました。

 ほんとは、高所恐怖症気味だけど、見栄を張って『大丈夫っ。』って答えました。

 それが、恐怖体験の始まりとも知らずに。


 ジル坊っちゃんは緩やかな丘の斜面で袋からでっかいテントを取り出し、斜面の上側に広げテントに繋いだ紐に自分を固定すると、僕を呼び僕を抱くように紐で固定しました。

『何するんだこれ。』そう思っていると、強い風が来た瞬間、ジル坊っちゃんがテントの紐を強く引き、僕は後へ引かれたかと思うと空中に浮かんでいました。

 見ている皆んなから歓声が上がりましたが、それどころではありません。僕は驚愕と恐怖でパニックになっていたのです。


 地面から離れてしまうと、恐怖を感じる下を見ない限り快適でした。ふわりと右へ左へと、ふもとに向かって空を飛んでいます。

 麓に近づくにつれ、地上にいる人達がこちらを指さして、騒いでいるのが見えます。

 そして、そのまま地上に降りるのかと思っていると、崖に向かいました。

『うわぁ~ぶつかる。』そう思った瞬間、左旋回してました。そうして旋回しながら、今度はぐんぐん上昇して行くんです。


 崖の近くは場所によって、吹く風が崖にぶつかり上に向かう上昇気流があるそうなんです。

 そうこうしているうちに、最初に飛び立った場所よりも高い所を飛んでいました。

 そして、ゆっくりと飛び立った場所に降りたのでした。

 歓声を上げる皆んなに取り囲まれましたが、僕はただ呆けて唖然としていました。


 これが、僕の最大の自慢でもある驚愕と恐怖の初体験でした。




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【 とあるマチピチ族の男side 】


 族長の命で、村の外れから麓の町まで、直線で木々を伐採しろと命じられて、巾10mの伐採をしている。

 10人で蒸気圧釜を運び、その蒸気圧で動く動力鋸を二人で操作する。どんな大木もあっという間に切り倒しちまうすげぇ鋸だ。

 俺達が切り倒し他木を別の奴らが枝を払い、もう一組の奴らが細断して、運びやすくする。

 

「おい、こんな急斜面に道なんか、作れるのかよ。」


「道なんかじゃねぇ、と思うぜ。」


 延べ50日も掛かって、否わずか50日でだ、まるで尾根から巨大な石を転がしたような跡が出来ていた。

 そして、そこには高い鉄塔が間隔を置いて、立ってもいた。俺達の後を追うように立てられていたのだ。

 さらに、始まりの山頂と終りの麓には、小屋の塔が建てられ、鉄塔を通してロープが張られた。

 60日目、その張られたロープにぶら下がる箱が現れると、なんと人を乗せて動き出したのだ。

 

 聞いたところによると、その箱はわずか90分で山頂と麓を行き来できるんだとか。

 俺達は、自分達が作っていたものが何か分かって、仕出かした重大さに身震いした。


『すげぇっ、町と村が繋がった。ラマで10日も掛かっていたのにっ、わずか90分だぜ。』


 周りの皆んなも、感動に打ち震えていた。




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 俺は、高い山々の尾根に暮らすマチピチ族の交通手段を画期的に改善してみた。

 パラグライダーは、年寄りには向かないが、父親が子供を抱いて乗れるし、女性だって操作できる。予備のパラシュートを着けさせたからある程度の事故も防げるだろう。

 ロープウェイは、グランシャリオの職人達が半年ごとに点検整備に来ることになってる。

 これからは、麓にある町から生活用品が豊富に入って来ることだろう。


 あと、ラマに引かせるリヤカーを作らせた。普通のリヤカーと違うのは、細い山道に合わせ車輪の幅が狭くし、荷台が拡幅できるようにしたことだ。

 マチピチ族は、花崗岩で建物や道路を造るがその石切り用の蒸気鋸を寄贈した。ロープウェイの通路を作った時の鋸と同じ種類のものだ。

 マチピチ族の村々には、少数の深い井戸があるが、さらに井戸を掘り当て、手押しポンプを設置した。

 また、高地に貯水池を作り、そこから水を引いて畑の灌漑溝とした。

 高山の灌木の炭焼き小屋を作り、炊飯、暖房燃料の確保を行った。

 煉瓦造りも教え、煉瓦の窯が普及した。


 一番のヒットは、パン種の菌を持ち込んで、ふわふわのパンを焼けるようにしたことだ。   

 それまで、ねって焼いた固いマラケッタパンやビスケットのようなアジュージャと言うパンが食べられていたが、柔らかパンの登場で食卓が豊かになった。


 俺はマチピチのお祭りの日に、ドーナッツとハンバーガーを作って皆んなに振る舞ったら、わんさか集まり、手伝いの女衆がてんてこ舞いしていた。

 それでも彼女達は、作り方が分かったとニコニコ顔だった。つまみ食いもできて、満足なのだろう。




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 ジル坊っちゃん達が来てから3ヶ月が過ぎ、帰る時が来た。

 マチピチ族の族長は、彼らに感謝するため、太陽神の祭りを繰上げて、送別の宴にした。


 マチピチ族の族長カフカが、開催を告げた。


『皆に改めて告げることがある。一昨日で聖堂の患者はいなくなった。(おおぅっ。)

 これも王城からジル殿達、救援の方々が来てくれたおかげじゃ。

 そして、皆様は明後日お帰りになる。

 加えて長らく聖堂の主として、慈愛を注いでくだされた聖女様も王都に行かれる。

 聖女様には、ほんとうに我が部族のために、尽くしていただいた。感謝を申し上げる。

 本日は、我らの護り神である太陽神に感謝を込め、太陽神が遣わしてくれたに違いない方々とのお別れの宴としたい。』


『わぁー、わぁー、パチパチパチパチ。』

 歓声と拍手が起きて、祭りが始まった。


 このタイミングで、僕たち5人はパラグライダーで、空から祭りの広場に紙吹雪を撒いた。

 一面に輝き舞い落ちる紙吹雪は、マチピチ族の明るい未来を照らすようだ。


 ジル坊っちゃん達も、屋台という露店を並べて、ドーナッツやハンバーグ、焼そば、たこ焼焼き鳥、鯛焼、クレープ、綿あめ、ねり飴などの知らない食べ物を振る舞ってくれている。

 まったく最後まで、どちらが感謝しているのかわからないよ。


 でも僕は忘れない。この日があったことを。

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