第36話 王都への帰還と『マリア聖堂病院』

 マチピチ族の流行った風土病退治? を成し遂げて、4ヶ月ぶりに王都に帰って来た。

 あまりにも文化の違う部族にいたので、密かに帰ったら、浦島太郎の気分になるのではと心配したけど、それは杞憂だった。

 浦島太郎ではなく、どうやら鬼滅の桃太郎だったみたいだ。

 だって、グランシャリオの研究所から来ていたキリリンさんは、細くてスマートで駆け足で動き回るその姿は、まるでキジさんのようだと皆に言われていたし、むさい髭ヅラの職人頭 サルジのおっさんは、顔や風防も名前のとおりのサルだったから。

 そして、王城の病害担当の部所から来ていたワンクル青年は、すっかり俺の信奉者になり、忠犬のごとく、なんでも“イエスマン”になっていたから。

 こんな三人を従えた俺は桃太郎に違いない。 

 もしかして、きび団子を作り忘れたろうか。ストーリーを完結できたのか、気になる。


 俺のいない間に『マリア聖堂病院』が、完成していた。病院の建物は三階建て三棟からなり本館一階は外来診療、二、三階は入院病棟だ。

 第一別館は研究棟で、王城の病害担当が移転し、グランシャリオの研究所の職員も加わり、宿泊施設にもなっている。

 そして、第二別館は聖女様とナイチンゲールのパリスさんの居住区と、難病患者の施設だ。

 案の定、聖女様は病院を見るなり、難病患者の施設はどこですかって、聞いたそうだ。

 病院の設計はもちろん俺。俺って、できる男なんだよ。


 忘れちゃいけない母さまとシルバラ、妹達へのお土産。

 全員にはカラフルでエキゾチックな柄の外套ポンチョ。母さまとシルバラには、マチピチ産のカラフルな宝石のネックレス。妹三人には、アルパカのニットのカラフル帽子 チョーヨ。

 何もないとひがむので、陛下、宰相、父さまの三人には、マチピチ特産の香り高い、珈琲豆をお土産にした。

 『なんじゃ、三人とも同じ物か。』

 と不平をこぼした父さま。

あんたにゃ、初恋のお方をお連れしたでしょ。文句があるなら母さまにバラすよ。なんてね。




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【 聖女マリアside 】


 まあ、何年ぶりかで王都に来て見れば、街中を馬なしの乗合馬車が走り、カラフルな衣服が安価で売られ、美味しい食事のメニューが増えていますわ。

 一緒にいるパリスは目が点になってます。

 きっと、全部食べて見るつもりでしょうね。太りますよ。あらパリスは激務で痩せたかしら、なら少し太ってもいいわね。


「美人のおばさん方っ、俺達と、うどん食べに行きませんか。」


 あら、これがナンパかしら。でも、マチピチ族では、『珈琲飲みませんか。』だったわ。

関西風なのかしら。にっこり笑顔で首を振る。

 あら、パリスったら顔が真っ赤よ。アラファイブになっても純情ね。


「マリアちゃん。王都は恐ろしいところね。

誘惑の悪魔がいっぱいあるわっ。私、食べ物のあまい誘惑に魅了されない自信がないわっ。」


「パリス、大丈夫よ。お嫁に行く予定もないし、どれだけ太っても構わないのよっ。」


「ええっ、私はまだ、希望を捨ててないわっ。マリアちゃんより、2才若いですしっ。」


「まあ、それを言っちゃあお仕舞いよ。私の年をバラさないでっ。

 昨日だって、アレフ君に『昔と変らず若くてお美しい。』って言われたのよ。プンプン。」



 それは昨日のことだった。30年ぶりに当時5才だったアレフ君に会ったの。面影はちゃんとあったし、すぐに打ち解けて話せたわ。

 でもまさか、侯爵様になって、王国の改革を率いているなんて、夢にも思わなかったわ。

 それに、アレフ君は、涙ながらに私の無事を喜んでくれたわ。ずっと、私を忘れないでいていてくれたの。  


「あの時、聖女様に助けていただいた母も父も元気でいますよ。今は気候の良い南部の避暑地で暮らしています。」


「まあ、良かったわ。あなたもジル君のような息子を育てて立派ね。」


「違うんですよ、実はジルは神に遣わされた子のようなんです。誰もが知らない知識を持っていて、辺境だったグランシャリオ領を年々豊かに変えて。今回の治療薬だって先頃、突然開発を始めたのですから。」


「ふ〜ん、確かにジル君は、普通の子じゃないわね。見ているものが違うわ。でもそんなジル君を寄越してくれてありがとう。

 アルフ君に、恩返しをしてもらったわね。」


「聖女様、これからは王都で全土の難病患者を集めて治療と研究を進めます。

 もう聖女様一人には、苦労させません。

 聖女様は、その者達を率いて患者とその家族に希望をお与えください。

 えっと、パリス様もご一緒に。」


「えっえっ、私に様だなんて。恐れ多いです。パリスと呼び捨てになさってください。」


「そんな訳には参りません。お二人には近々、陛下から勲章が贈られます。

 そして、聖女様は伯爵待遇、パリス様は子爵待遇に叙されます。

 お二人は、この国の絶望の淵にある人々に、ずっと慈愛の光を注がれて来たのですから。」




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 【 パリスside 】


 赤子の頃から孤児院で育った私は、親の愛を知らない。15才で孤児院を出されて農家への奉公に行き、貧しい食事で扱き使われたの。

 そんな中、山菜採りの森でマリアと出会った。お腹を空かせた私にお弁当を分けてくれて山菜や薬草の見分け方を教えてくれた。

 その優しさに私は、マリアを姉のように思い慕った。

 その日も、仕事が遅いとか難癖を言われて、食事を減らされて物置小屋のような部屋で悲観にくれていたら、窓の外にマリアがいた。

 そして、マリアが東の辺境へ行くと打ち明けれ、即座に一緒に行くことを決意した。

 だって、マリアがいなくなったこの場所で、一人で耐えられるなんて思えなかったから。


 二日後の夜明け前に、こっそり部屋を抜け出して、待合せの村外れへと走った。

 マリアに置いて行かれたら、もう私には生きる希望なんてない。

 待合せの場所には、マリアと薬師のお爺さんが待っていてくれた。言葉で表せないくらい、ものすごく安堵した。

 着の身着のままの私に、薬師のお爺さんは、私にお弁当二食分と自分が着ていた外套をくれた。そして、薬草の籠を背負い私は旅立った。


 道中は、マリアが事情を話し、農家に泊めていただきたいと頼んで泊めてもらった。

 私が奉公していた農家とは雲泥の差で、皆んな親切な人ばかりだった。だって道中で断わられたのは、たった一回だけ。

 それも、犬をたくさん飼っているから、迷惑を掛けると、隣の農家に案内してくれて、泊めてあげてくれと頼んでくれた。


 辺境の地に入る時、封鎖していた役人さんと揉めた。王城の命で何人も出入りが禁じられていると譲らないのです。

 マリアは、それは何のためですかと、長い話し合いの末に役人を説得してしまいました。

 一歩も引かないマリアの気迫に、役人も根負けしたようです。

 辺境に入ると、気遅れすることなく真っ先に領主館に向かい、領主に面会を取り付けて直接疫病の治療をしたいと申し入れしました。

 領主様は、わざわざ遠方から来た私達を領主館の客人として迎え入れてくれて、治療を許可してくれました。

 街と領主館の中間に位置する場所に患者達を集めました。患者を家族と一緒にさせて置くと感染の拡がりを防げないからです。

 そうして、用意して来た薬草薬を処方して、患者の様子を見ながら、介護に努めた。

 そんな様子を遠くからじっと見ている少年がいました。今思えば、あれがアレフ君だったのでしょう。


 既に体力を失い回復できずに亡くなる患者もいたが、感染まもない患者を回復させることができたので、感染の拡がりが止まり、この流行り病は次第に鎮静化した。

 私は、女衆の手伝いを受けて、患者の体力の回復に、栄養、消化の良い食事を作り、患者の衣服やシーツなどの消毒洗濯を懸命にした。

 その甲斐があって一月が過ぎると、回復する患者が増えて行ったのです。


【マリアと薬師のお爺さんが、長年の経験から処方した薬草薬は、葛根湯、麻黄湯に近いものだった。当時グランシャリオ領に蔓延した病はインフルエンザの一種だったと思われる。】



 その後も、マリアとのとの二人旅は続きました。北へ南へと旅をし、病人や怪我人がいれば治療し、薬草を求めて森や野山を歩きました。

 それでも楽しかったのは、二人で居られたから。他愛もない会話をし笑い合った。怖い目に会ってもマリアが守ってくれた。

 

 そんな私達の旅の終着駅は、西の果てに住むマチピチ族の村々だった。

 不治の病に侵された人達が、感染を怖れて放置されていると聞いたマリアは、そこを終の棲家にしようてと私に言った。

 私達ももう老年。この先も長くはないだろうし、最後の使命と思い定めて死地に赴いた。

 既に名声名高いマリアの申し出に、部族長が全面的に協力してくれて、建物を用意してくれた。


 そして二年、マリアはあらゆる薬草薬を試したけど、有効な成果は得られなかった。

 それより急激に病が拡がり、増える患者の介護に追われているうちに、体力を失ったマリアが病に掛り倒れた。

 私は発狂しそうだったが、マリアに諭され、懸命にマリアと患者の世話を続けた。


 マリアは言ったの。

『私達はこれまで、たくさんの人達を救う手助けができたわ。私も家族を病で失った無念を、少しは晴らせたと思う。

 ごめんねパリス。私だけ休んじゃって。

ほんとうにごめんなさい。』


 ううんマリア。私こそマリアからたくさんの愛情を注いでもらったわ。お礼を言うのは私よ。




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 それからのことは、夢のよう。

 マリアが高熱の中で、苦しそうな息をして、もう、別れの時が来たんだなと諦めかけた時、空から人が来たと大騒ぎになり、まもなく私の前に現れた人達がテキパキと治療を始めて、患者を私のマリアを死の淵から救ってくれたの。


 その人達を率いて来たのは、なんと私達が最初に訪れた東の果ての辺境、グランシャリオ領の領主様の息子ジル君だった。


『聖女の傍らに居て、慈愛の介護を行うナイチンゲールのパリス様。よく頑張られましたね。

 この度、父さまの命によりお救けに参りました。間に合って良かったです。』


 あの頃のアレフ様より成長しているけれど、私の目には紛うことなきアレフ様の姿に見えました。私は流れる涙を止められないまま、ジル君を抱きしめていました。


 マチピチ族の不治の病の治療を続け、最後の一人が完治すると、私達とマチピチの人達のお別れでした。

 マチピチの人達は、お別れに太陽神のお祭りをして感謝してくれました。私はその華やかで賑やかなひとときを忘れません。


 そして王都にやって来ました。王城に滞在している時も、病院の居宅に移っても、侍女が10人もいるんです。

 私は誰? ここはどこ? 朝目覚めると、不思議な世界に紛れ込んだような錯覚に陥ります。

 でも、豪華な朝食の前でマリアの顔を見るとやっと、安心して食欲が湧いて来るのです。

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