第30話 バルカ帝国防衛戦『幻影大戦』 

 トリアス王子が目にした光景は、一部に留まらず隣国レムリア王国では多分に見掛けられる光景に過ぎなかった。

 貴族達はこぞって、平民から鍋釜などの鉄製器具を召し上げ、それを潰して剣や槍の武器に変えていた。なにせ、砂鉄から“たたら”で作るより何倍も効率がいいのだ。


 レムリア王国の王城では、その鉄製器具が話題となっていた。


「このところ出回っていた鉄製の器具じゃが、どうやら手に入りにくくなったようじゃな。」


「なにやら、バルカ帝国で商人に売り渡していた貴族達が粛清されたとかで、追放され我が国に来ておりますな。

 しかも、バルカ帝国の国境では出入りを封鎖して、人の往来を止めております。」


「バルカ帝国に通商を求めることは無理か。」


「無理でしょうな、鉄製器具は希少品ゆえに、横流しを禁じているのでしょう。」


「しかし、バルカ帝国が鉄製器具ばかりでなく武器も豊富になるのではないか。

 さすれば、我が国との武力の均衡も崩れるぞ。如何する。」

 

「バルカ帝国は、先年、海の向こうの国に攻め入ろとして大敗を喫し、しかもその後、内乱に陥り兵力は疲弊していると聞き及びます。

 この際、攻め入って降伏させ、鉄の半分を我が国に供与させるというのは、如何か。」


「しかし、バルカ帝国は広大で、騎馬民族の騎馬隊は屈強ぞ。如何にして攻めるのだ。」


「さすれば奇襲よ。騎馬民族は遥か東部にいるからすぐには来れん。奇襲で帝城さえ占領してしまえば、全面降伏でさえなければ、応じるのではないか。」


「ふむ、一考の余地はあるの。」




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 その頃俺は、遊牧民部族の解体政策を進めていた。まず、それまでの遊牧生活を定住牧畜の生活に変えさせ、部族を解体して全部族民を、全部で7つの村に混合させて住まわせ、部族の垣根を取り払ったのだ。

 部族長の一存で一族の運命を決めるなどの、専制統制の悪習を廃除するためだ。

 旧部族長並びに武闘派の者達は、帝城に集めて騎馬隊師団とした。連日連夜くたくたになるまで訓練づけにして、階級競争をさせ、上官の命令は絶対服従の軍隊教育を施した。

 もちろん部族混合であり、今まで部族長などとして勝手をしてきたプライドを粉砕し尽す。

 

 混合させて住まわせた遊牧民の村々では、いわゆる町内会を作り、当番制で町内会長をさせて、代官の下へ集めて村の運営に参加させた。

 村々には、役場、病院、学校、孤児養老院、ショッピングセンターなどを設置している。

 産業としては、牛、山羊、羊、鶏などの牧場と、酪農牧場。バターチーズなどの乳製品加工場。穀物、野菜、茸、萌やしなどの農場などが整備されている。


 孤児養老院は、身体が不自由だったり介護が必要な年寄りと孤児達が助け合って共同生活をするところだ。もちろん補助する職員はいる。

 学校と孤児養老院の傍には、緑の豊かな公園があり、広場やブランコなどの遊具やアスレチック遊具が設置されている。

 農場や各加工場には、乳児もいる保育園があり、母親達が働く環境を整えている。


 軍隊は、遊牧民を集めて騎馬隊師団を作った以外は、手を付けていない。

 軍隊を強くしてもろくなことがないと思っているからだ。




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 悪い報せだ。到頭、隣国のレムリア王国が、バルカ帝国に攻め入る準備をしているそうだ。

 もちろん、豊富な鉄製器具があり、その製鉄所もろとも、手に入れようという魂胆だ。 

 でも、製鉄所があるのは、グランシャリオ領だけなんだよね。教えないけど


 この情報は、商人に扮した者達に鉄製器具を数点持たせて、レムリア王国に潜り込ませた影達スパイからの報せだ。

 貴族などに鉄製器具を売る際には、仕入れ先はバルカ帝国の民からと言い、今後の入手は難しいと答えるように指示した。

 この者達、グランシャリオの者達なのだが、なぜか、鉄製である十字手裏剣を持っていたので取り上げた。

 そんな武器が、万一敵の手に渡ったらまずいでしょ。ほんとにっ。


 仮に戦争に勝って、レムリア王国を従えたりしても厄介この上ないし、侵略軍を打ち払っただけでは、繰り返し攻めて来る可能性がある。

 完膚無きまでの圧倒的勝利が必要だが、大量殺戮はしたくないし、あまり画期的な武器など使うとそれをまた欲しがられる。痛し痒しだ。


 さて、どうしようか。漫画の世界だと圧倒的怪物が軍隊を蹂躙しちゃうんだがなぁ。

 進撃の巨人とか、大怪獣ゴジラとか、、、。

 待てよ、その手があるかっ。




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 秋の収穫が終わった頃に、レムリア王国に動きがあった。   

 バルカ帝国の国境ある砦に移動している軍勢があるというのだ。その数5千人余り。

 武装は、弓と槍。騎馬は見当たらず、歩兵ばかりのようだ。


「騎士団長、どう思う。騎馬がいないって。」


「はあ、恐らく予想どおり、騎馬の通れる街道ではなく、山岳の最短経路の渓谷を通り抜けて来るものと思われます。」


「だとしたら、防衛プラン“B”だね。準備は出来てる?」


「はい、渓谷の入口の崖の上の準備も、渓谷のミシッピ川の上流のダム湖の水温管理も、準備万端できております。

 また、仕掛け役の荒くれ騎馬師団も街道側で手ぐすね引いて待っておりますよ。」


「よしっ、レムリア王国の軍勢が砦を出たら、作戦開始だよ。」



 二日後、レムリア王国の軍勢が砦を出たとの報せがあった。

 まず作戦の第一段階は、騎馬隊で敵の行軍を遅延させることだ。行軍を遅延させて、夕刻に渓谷の川岸に到着させる。

 砦を出たレムリアの軍勢が国境に迫った頃、偶然の遭遇を装った騎馬隊200が、さも驚いたように前衛部隊に一撃を加え、退却をした。

 離れた場所に物見を残すと、レムリアの軍勢は、進路を悟られぬように街道に向って進む。

 作戦どおりだ。物見はぎりぎりまで、様子を伺いレムリア軍が近づくと、一目散に街道へと消えた。

 レムリア軍は、ただちに進路を変えて、山岳地帯の渓谷の入口へと向かった。この間、戦闘と遠回りのせいで、3時間余りをロスさせた。



 バルカ帝国の騎馬隊が去った後、渓谷の狭い入口から進行したレムリア王国5千の軍勢は、渓谷の中を流れるミシッピ川の川岸で、川面に霧が立ち始めたのを見て、渡河を躊躇した。

 霧はたちまち深くなり、対岸が全く見えなくなった。軍勢を率いるタバス将軍は、夕暮れが迫っでいることもあり、霧に晴れるまで渡河を諦め、夜営を選択することにした。

 渓谷の崖と川に挟まれた夜営地には、幾つもの焚き火が燃されて、その周囲を兵士達が囲んでいた。

 そして、見張り以外の兵士達が眠りについた深夜、それは起こった。レムリア王国の軍勢が入って来た渓谷の入口で、突然、崖崩れが起きたのだ。

 幸い夜営地には被害が出なかったが、通行が遮断され、引き返すのが困難になった。


 さらに、その騒ぎが治まった頃、遠くから聞いたこともない獣の咆哮が聞こえて来た。

 咆哮は間隔を空け、ゆっくりだが段々近づいて来ているようである。


『ギグャオーーン、ギグャオーーン。』 


 その不気味な咆哮は、渓谷の谷間にこだまして、いっそう不気味に響き渡る。


『まずい、焚き火を消させろっ。』


 タバス将軍がそう叫んだ時には、時既に遅く川面に恐ろしく巨大な影が現れていた。

 次第に姿を鮮明にした二足歩行で歩く巨大なトカゲの怪物は、ビルで言えば30階もの巨大さで、見る者を震撼させ抵抗などできるはずがないと一瞬で理解させた。 


『ギグャオーーン、ギグャオーーン。』


 そのギロリと睨む目を見、恐ろしい大音声の咆哮を目にしたレムリア王国の兵士達は、指揮官の指示もなしに、崖沿いに上流へ向って逃げ出した。

 向った先は、川岸がどんどん狭くなっておりしかも崖から崩れたごつごつとした大きな岩が埋め尽す河原で、足場が悪い中で転倒する者が続出した。それでも恐怖に駆られた後続の兵士達が押し寄せ、進むしかない状況であった。

 そして、夜が明け霧の晴れた時には、弓矢を構えたバルカ帝国の軍勢に包囲されていた。


 夜営地に取り残されたタバス将軍と近習達は怪獣に震え上がり立ちすくんでいたが、気がつくと背後から来たバルカ帝国の兵士達に取り囲まれて、抵抗もできず降伏を余儀なくされた。

 そして恐ろしい怪獣は音もなく消えていた。


 大怪獣の正体は『ゴジラ』である。

 レムリア軍は、俺の創り出したゴジラの幻影に、踊らされ敗北したのである。


 俺は夜の暗闇の中、川面の霧にその姿を映写したのだ。大音声の咆哮は、崖の数ヵ所のスピーカーからの音声が渓谷にこだましたものだ。

 霧ももちろん人為的に発生させたものだ。

 晩秋のこの時期、ただでなくとも川霧が発生しやすい。俺は渓谷の上流の脇に小さなダム湖を造り、温泉を引き入れて水温の高めていた。

 その水を流すとともに、霧の核となる小麦粉を散布させて、深い霧を作り出していた。

 ちなみに、『具現科学化学魔法』で、大怪獣ゴジラの“CD”と、プロジェクター、無線ランのスピーカーを具現化した。


 こうして、レムリア王国の奇襲侵略は失敗に終わった。

 総勢5千の兵士のうち死者は27名、重症者162名。いずれも岩場での転倒によるものだ。

 このうち、捕虜の3名が、タバス将軍と俺の書状を持って、レムリア王国の王城へ送り込まれた。

 タバス将軍の書状には、敗戦し捕虜となったこと。俺の書状には、次のとおり。


『此度は、宣戦布告もなく騎士道精神の欠片もなく、卑怯な侵略をしてくれたな。

 報復は、王族と貴族の暗殺でお返しする。』


 まあ、脅しだな。俺の下には忍びに特化した者達がいるから、早速、枕元にお手紙を差し上げた。いつでも暗殺ができると知っただろう。

 しばらく経って、レムリア王国から使者が来て、賠償金と捕虜の身代金が支払われた。

 王と貴族達は、震え上がっているようだ。

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