第29話 トリアス王子の大失策再び。

 12才になりました。父さまの指導よろしくトランス王国の各地では農業改革を始めとした発展が顕著です。

 併せて、ナルト王国でも製鉄の恩恵などで、各種産業が発展をしています。

 その支援を受けたバルカ帝国では、鉄製の便利な農具や道具が行き渡るはずでしたが、そうはならず、農地の開拓は遅れています。


 原因は、中南部の末端貴族達です。せっかく支給された鉄製器具の大半を、他国の商人達に横流し、自分達の利益としているのです。

 そんな情報を商人達から知らされたトリアス王子は、頭を抱え込みました。

 バルカ帝国は、他国故にその貴族達を直接に罰する権限がありません。

 良かれと思って行った自分の支援が、民達に届くことはなく、ただ貴族達の懐を温めているだけとは、怒りの捌け口がないのです。

 


 報告を受けたナルト王は、バルカ帝国に対し支援の全面停止を決定した。


「父上、何とか食糧支援だけでも続けてもらえないでしょうか。そうしないと、バルカ帝国の民達は、飢餓の危機から、いつまでも脱却できません。」


「トリアス、まだ判らぬか。お前のやっていることは、バルカ帝国を助けのではなく、駄目にしているのだと。そして、我が王国を危機に晒している。」


「えっ、我が国を危機に晒しているとは?」


「殿下、我が国の鉄製器具が第三国に知れ渡りました。第三国が欲するとは思いませぬか。

 交易で手に入れれば良いが、他国が必要とする程の鉄製器具を作る余裕は、我が国にありません。しからば、どうやって手に入れるか。

 お判りになりますな。」


「まさか、そんなっ。」


「トリアス、そなたのやることは、当面のことしか考えておらぬ、浅はかな行いじゃ。

 ジルから、鉄製器具などの武器に転用できるものは、決して他国に出してはならぬとの約定を忘れた訳ではあるまいな。

 それをそなたは破ったのじゃぞっ。

 ジルは、今度こそ許すまいな。

 ナルト王国とグランシャリオ領との友誼も、これでお終いじゃ。」


 

 さらに1月後、驚愕の報告が齎された。

南部にあるナルト王国の高炉がグランシャリオの海賊船の攻撃により、破壊されたのである。

 再建は、不可能。ジルの魔法の力がなければナルト王国の技術では不可能なのである。

 何のための破壊か。鉄製器具の生産停止が、目的だろう。そうして、安易に手に入らないようにしたのだ。

 これで、鉄製器具を所有している者達は保有を頑なにし、売却などは滅多にしなくなる。


 幸い、事前に予告があり、高炉に働く者達は避難し無事ではあったが、これで、ジルの信頼を裏切ったむくいの敵対意志が明白になった。




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 それと時を同じくして、バルカ帝国の王城にトランス王国から一通の手紙が届いていた。

 内容は、末端貴族達の横流し着服。それに対する厳しい処断を求め、帝国が貴族を統制できないのであれば、帝国の為政者は不要。

 トランス王国を危機に晒した罪を問い、貴族以上の身分の者を直接攻め殺すまでと。

 三日後に、始末したか検分に来ると。


 バルカ帝国の帝城は、大騒ぎとなった。

 宰相のズタンは、大臣達を集め、この事態になった責任を究明していた。


「タンバ農業大臣、何故、横流しに気づかなかったのじゃ。配布してお終いかっ。」


「 • • • • • 。」


「自分の不始末は、自分で方を付けよ。

 タンバ伯爵家の全領兵を持って、不埒な貴族どもを討伐せよ。」


「お待ちくだされ宰相殿。お忘れですか、その不埒な貴族達から、国庫への上納金を喜んで受け取られたのは、宰相殿ではありませぬか。」


「知らぬ、そのような出どころとは知らなかったぞっ。」


「国中が疲弊している中で、上納金を納めるなど、不審には思わなんだのですか。

 まったく、お惚けにも程がありますぞ。」

 


 その遣り取りをいつものとおり、黙って聞いていた13 才のレヒト皇帝が口を開いた。


「この場には、民のことを思う者は一人もいないのだな。」


 その憂いを帯びた悲しげな声の響きは、その場の者達をはっとさせ、静まり返させた。


「他国であるトリアス王子殿やジラルディ殿がこの国の民を思いやり、支援までしてくれているというのに、そなたらは何をしておるのだ。何のために生きておるのか。」


 そう語るレヒト皇帝の目からは、涙が溢れ落ちていた。居並ぶ臣下の者達は、俯き唇を噛みしめていた。

 わずか、13才の少年であるレヒト皇帝にもわかることを自分達が、理解していなかったことを知った。


「もういい、もういいのだ。この国に貴族など不要。民にとって百害あって一利なしだ。

 俺は、かつてこの国から逃亡したモコウ族の亡命先グランシャリオ領に亡命する。

 皆の者は勝手にせよ。民を蔑ろにする臣下はいらぬ。」


「ま、まってくだされ皇帝陛下。それではこのバルカ帝国は、いかようになるのですか。」


「二年前にジラルディ殿が言われた。この帝国に腐った貴族達がいる限り、滅びるのは時間の問題だとな。

 今なら、民衆の反乱が起きてはおらぬ。起きれば、国中が血の海になるであろう。」


 そう、涙ながらに話す皇帝に、誰も口を聴けなかった。



 三日後、飛行船で現れるたジル達に、レヒト皇帝は亡命を申し出た。


「ジラルディ殿、俺の力ではこの帝国を新たにすることはできぬ。俺の周りにいる宰相も大臣達も誰一人として、民のことを考えてはいない。そんな者達を率いても何もできぬ。

 俺は皇帝を捨てる。捨てて一人の平民として民達の役に立つことをしたい。」


「レヒト殿、グランシャリオに来てください。そして、俺を皇帝代理に任命してください。

 その間、俺はこの国を、破壊し尽くします。身分に胡座をかき、自分で努力工夫をしないで他人を虐げて搾取する者と、その考えの根絶を図ります。」


「わかった、任せよう。他に方法もない。」




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 帝城の謁見の間に、バルカ帝国の全ての貴族が参集され、レヒト皇帝から、俺を皇帝代理とすることが表明された。


 俺はその場で、鉄製器具だけでなく支援物資のあらゆる物を横領し横流しした貴族を名指しして、一族を皆、財産没収の上、国外追放処分にした。

 トランス王国の兵を指揮官にした帝城の騎士団を監視に付け、貴族の館に帰し、一族の者達を率連れて国境まで護送させた。

 その数34家。だがこれは、ほんの始まりに過ぎなかった。


 一方で国境の管理を厳重にし、人の出入りも物流も禁止した。これは、商人達だけでなく、他国の間諜を入れないためだ。

 そして国内では、各町、各村、各部族にトランス王国の兵士を代官として配置し、支援物資の管理を厳重にした。

 特に鉄製の農具、大工左官道具などは代官立会いの下での貸出し以外、使用させないこととした。


 その上で、学校の開設を急ぎ、グランシャリオ領の学校卒業生を多数派遣した。

 教育のメインは、自助努力。創意工夫を行い自分達の生活を豊かにすることを常に心がけること。他人の苦しみ悲しみに心配りすること。

 盗み、暴力を受けた者が、どれだけ悲しい思いをするか、何故悪いことなのか、道徳教育に力を入れたのである。

 学校で学ぶ子らには、美味しくてボリュームのある給食を毎日出した。

 それだけに留まらず、帰りに少なくない菓子パンや駄菓子を持たせた。家で待つ幼い弟妹達の土産にし、学校への憧れを抱かせるためだ。

 学校の給食調理に従事するのは、女衆だが、母子家庭を優先して雇用の場を作っている。


 俺は、バルカ帝国の国内各地を巡り、寒冷地に適した農作物の導入を図っている。

 これまで、ナルト王国の支援は、単に食糧の支援であって、栽培する物の支援は、ほとんどされていなかった。


 各地を巡る中で、横柄な者を見かけると煽って、十分に暴言や暴力を振るわせ、そして牢屋に放り込み、厳しい取り調べをさせて、余罪を吐かせ、鉱山の労役送りにした。

 そのようなことは、代官達にも命じて各地で大々的に行わせた。ただし、決して誤認逮捕をしないように煽って暴れさせろと命じた。




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 そんなある日、忘れかけていた人物が現れた。ナルト王国のトリアス王子である。

 なにしに来たかというと、ナルト王国が支援を打ち切った謝罪と、王子一人でも支援したいのだという。

 いったい誰に謝罪する気なのかな。

 それに、王子の支援は支援ではなく、弊害にしかならないと思う。

 なので、自分の行ったことの影響を確かめて来てくださいと言って、門前払いした。




【 トリアス王子side 】


 父上達に非難され、ナルト王国を出た俺は、商人の船に乗り、バルカ帝国へとやって来た。

 今、バルカ帝国は他国の者を国内に入れないとのことだが、以前俺がこの国を救援したことを知っていた騎士が帝城へ案内してくれた。

 そして驚いたことに、ジルが皇帝代理として帝城にいた。


 用件を聞かれ、ナルト王国が支援を打ち切った謝罪と、俺一人でも支援をしたいと伝えるとけんもほろろな返事をされた。


『誰に謝罪する気ですか。』と、そんなのバルカ帝国の民に決まってるだろうに。


『国民は多勢いますよ、一人一人に謝罪するなら何年かかるか。』

 皇帝陛下と帝城の貴族の前で、謝罪すれば、済むことではないのか。


『それより、自分の行ったことの影響を確かめて来てください。』

 えっ、そうか。商人達を通じて、鉄製器具が

隣国のレムリア王国などに流れたことか。

 宰相も言っていたな。鉄製器具を欲しがれば武力を持って奪いに来るかも知れぬと。


 鉄自体は、砂鉄から『たたら』で、どこの国でも作っている。ただ、手間が掛かり希少で、武器の剣や槍がほとんどだ。

 確かに鉄製器具が豊富にあれば、欲しくなるだろうが、それで戦争などするのか。


 それから俺は、隣国のレムリア王国の王都へ向かった。

 怪しまれない、ありふれた傭兵スタイルだ。

 王都の繁華街の高級店を覗くと、店の奥の高級品の棚に、鉄製の農具や道具が並んでいた。

 その値段は、なんとナルト王国の20倍にもなっていて、高級貴金属並みの値段だっ。

 店員にそれとなく聞くと、鉄製器具輸入品で最近は入手できなくなったようで、値段が高騰しているそうだ。


 店の中には、貴族と護衛見える数人がいて、俺を見て何か囁いていたようだが、気にせず店を後にした。

 少しすると、貴族の護衛が追いかけて来て、声を掛けられた。


「おい兄さんっ。ちょっと尋ねるが、兄さんが被ってる兜は鉄製かい。どこで手に入れたか、教えてもらえないか。」


 そうか、俺のヘルメットに目を付けたのか。

相手は三人。ここは穏便に応えることにした。


「これは以前バルカ帝国で購入したものだ。」


「へぇ~、珍しい物だな。そいつを俺達に譲っちゃあくれねぇか。金は弾むぜっ。」


「何を言ってる。傭兵が自分の武具を売る訳がないだろ、断わるっ。」


「へっ、力づくでもいいんだぜ。三人も相手にできるんかい。」


 逃げてもいいが、追いかけて来たら面倒だ。ここは腕前を見せつけて、追い払うか。

 そう決めた俺は、口をきいた男の右肘の腱を目にも止まらぬ速さで斬った。


「そっちの二人もやるかい。命の保証はできないぞっ。」


 俺の腕前を見た二人は、怖気づいて斬られた男を支えながら去って行った。

 それからも数度、同じ目に会い、ジルや宰相のセダンが言ったことが現実であると知った。

 希少品の鉄製器具を手に入れるためには、皆手段を選ばないのだと。

 それが、鉄製器具を持っている国民にとってどんなに危険なことか。

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