異世界法治主義と市民革命編

第31話 その後のナルト王国とトランス王国

 13才になりました。俺とナルト王国は絶縁しています。

 ナルト王国から輸入していた鉄鉱石は、トランス王国の数ヵ所に鉄鉱山があるので問題ありません。

 問題は、どうして、ナルト王国の高炉が破壊され、鉄鋼が生産できなくなったのか、というの民衆の疑問でした。

 王城からは、鉄製器具が第三国に流出したことで、トランス王国との約定を破ってしまい、生産を止められたと説明がなされた。

 しかし何故、第三国に流出したのかという追求に、バルカ帝国への支援品の横流しがあったことが原因と知ると、国内で流出を厳しく防止しているのに、どうして他国に支援品として送ったのかと、王城に対して非難の嵐となった。


 トリアス王子が差配したこととは言え、それを見逃したのは、王城の責任である。

 元々バルカ帝国でさえ第三国であるが、宰相はトリアス王子とジルが近しい関係であることから了解があったものと思っていたのである。

 王子は王子で、バルカ帝国の支援に全力を注ぐべきだと思い込み、禁輸品であれ同盟国のように躊躇なく支援したのであった。

 本来、鉄製品は希少品で普及してなかったが便利で効率が何倍も良いことを知ってしまったら、生産できないのは納得いかないのである。


 ナルト王国としては、なんとか高炉の再建を図りたいが、建設にはジルの魔法の力が必要であり、そのジルに頑なに拒否されてしまった。


 曰く『ナルト国内に鉄製品が豊富に出回れば必ず第三国に渡って、高炉建設者が狙われる。

 それは、ジル本人だけでなく、ジルの家族も人質として狙われることになる。

 だから、絶対に容認できない。』


 トランス王国でも同じなのではとの主張には、グランシャリオ領民以外の王国民は、高炉の存在を知らずにいるから、ジルが建設者との秘密は保たれているという。


 以前、ジルに言われたが、ナルト王国の危機管理はずさんこの上ないものというのが、また明らかになっただけである。


 トリアス王子は、民衆の代表者達の前で責任を取って、国王の継承権を放棄すると宣言したが、そんなことを要求しているのではない。

 民衆が求めているのは、鉄製品の普及であり母国よりも他国を優先した王子など国外追放にしろということだった。

 いずれにしても、高炉の建設をしたのがジルだと、隠しもしなかった王城の失態であった。


 一方、トランス王国ではナルト王国との断交の経緯は、バルカ帝国とレムリア王国の戦争とともに、父さまからトランス王とセジオ宰相にのみ伝えられていた。




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【 皇帝レヒトside 】


 民を幸せにすることなど考えず、自分達の利益を貪る家臣達に愛想を尽かし、バルカ帝国の再建をジルに託して、グランシャリオ領にやって来た皇帝おれレヒトは、モコウ族の村で過ごしていた。

 やって来て、開口一番、父の弟であるバラキ公爵の横暴を止められなかった不甲斐なさを詫び、モコウ族が逃亡しなければならなくなった苦難に申し訳ないと、涙ながらに頭を下げた。

 モコウ族は侵略戦争に反対した王子派でありレヒト王子おれに同情的であったことから、滞在中の世話を買って出てくれたのだ。



 来所当時13才で、帝城の外の暮らしを全く知らなかったレヒトは、なにからなにまで知らないことばかりだったが、親切で飾らないモコウ族の人達に囲まれて、民の暮らし、民の知恵、民の苦労を知った。

 それに加えて、時折やって来るシルバラやジル殿の母上と妹達にいろいろ学び、一年経った今ではその知識は半端ないものとなっている。


 幼い時に母親を亡くしている俺は、ジルの母親であるリズさんに甲斐甲斐しく世話をされ、優しく励まされたりして、本当の母のように慕っている。

 自慢の息子のジル殿は、天才であるにも拘らず妹達も俺のことも、誰とも比べることをせず差別もせず、皆を慈しんでくれるそんな女性だったからかも知れない。


 また、モコウ族の村長であるラピタは、姉のように接してくれている。

 わざと突き放したり、放任しているようで、そのくせ心配してくれている。時折見せる表情から丸わかりなのだ。

 俺に一番懐いているのは、チャミルとテジンの姉弟だ。俺が初めて子羊におっかなびっくりで触った時に、突然鳴かれてひっくり返ったのを大笑いして見ていた奴らだ。

 二人は村を案内してくれたり、村の生活を教えてくれた。

 でも、釣りをしたり、虫を採るのは俺の方が上手くて教えてやったのだ。


 モコウ族の村の人は、皆親切で優しい。

 俺は、皇帝である身分を隠し、人里離れた山の中で長年祖父と二人暮らしだったので、世情に疎い少年と周知された。

 だからか、ショッピングモールで果物を売るミカおばちゃんは、俺達が行くといつも果物を味見だと言って食べさせてくれる。

 そして、バルカの国で遊牧生活をしていた頃の苦労話を聞かせてくれるのだ。


 羊の放牧地にいるオルド爺ちゃんは、煙草のパイプを燻らせながら、羊の生態や世話の仕方を話してくれた。爺ちゃんはこの村に定住できて、部族の皆が幸せに暮らせる今が人生で一番楽しいと言っていた。

  

 モコウ族の人でも、遊牧民だった頃とは全く違う仕事をしている者もいる。

 その一人、髭モジャのベントおじさんはこの村に来てから、漁師になった人だ。

 毎朝、夜明け前にモコウ村から5km離れた港に馬車で行き、中型の漁船に乗って定置網漁の水揚げをしている。

 帰りには、馬車いっぱいの魚介を運んで来てショッピングモールの魚屋へ届けている。

 髭モジャのベントおじさんには、魚や海老の名前や雌雄の見分け方を教わった。

 ただしこの人、昼過ぎには酔っぱらってる。子供好きで、凄い酒好きの好々爺なんだ。



 俺がグランシャリオ領に来て、一番驚いたことは、年寄りから子供まで、ちゃんと適材適所で仕事をして報酬を得ていることだ。

 街には、養老孤児院があり身体が不自由な年寄りと幼い孤児達が助け合って共同生活をしている。その世話する女性達も働いている。

 年寄りの爺ちゃん達は、麦わらの藁細工や竹細工の道具やおもちゃを作っているし、お婆ちゃん達は、端布で小間物や人形を作っている。

 幼い孤児の子供達も、老人達と一緒に家庭菜園で野菜を栽培し、公園の花壇の花の世話をしている。そして、それらはちゃんと領主館から報酬が支払われているのだ。


 町や村々の道には、ゴミが落ちたりしていない。落し物があれば、あちこちにある警護所に届けられ、持主が見つかれば返却される。

 休日には、公園や繁華街が家族連れで賑わっていて、笑い声や笑顔で満ちている。

 俺の国も、民達がこんな幸せな笑顔で溢れる国にしたいと心から思った。




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 バルカ帝国の改革は急ピッチで進めている。

 遊牧民部族の解体を手始めに、町や村々の公共施設を整備し、仕事を作り出すことで貧民を無くす政策を実行している。

 だが、人の欲望には際限がなく、商売の中間搾取や高利貸し、低賃金での雇用など、社会の歪みが蔓延っている。


 俺は、一定以上の暴利を貪る者達には、厳しい弾圧を加えることにして、国内全土に厳守させるべく『布告』を出した。


『一、雇用においては、時給1,000元(円)以下 

  の賃金を禁止する。また一日の労働時間は

  8時間以内とすること。

   これを行えぬ、特別な事情がある時は、

  代官所に届出をして、許可を得ること。』


『一、雇用者の解雇は、1ヶ月前に通告を必要

  とする。ただし雇用者の申し出で解雇する

  場合にあっては雇用主の了承で認める。』


『一、金銭貸借の利息は、年利5%以下とし、

  複利を禁止する。また金銭貸借をする者は

  代官所に許可を得た者のみとする。』


『一、この布告により解雇となった者は、代官 

  所での職業斡旋と1ヶ月分の生活費を支給

  する。』


『一、商売をする者は、小売からの仕入れ品を

  そのまま転売することを禁止する。』

 

 また、国内の町や村々に公設卸売市場を設置し、卸売価格は国が管理。そして、卸売価格の5割以上の利益を小売価格とすることを禁止した。違反すれば財産没収の上、国外追放処分である。


 この布告が発布されると、国内は大混乱となった。それまで、暴利を貪っていた者達が不満の声を高らかに叫び、ケチな雇用主が解雇を連発したのである。

 あらかじめ、手はずを整えていた代官達は、不平不満を叫ぶ商人や高利貸しが、布告を破ると、淡々として財産没収、国外追放処分を実施した。

 また、解雇された人達を、臨時の公共事業の現場に回し、インフラ整備を盛大に進めた。

 その結果、最低賃金などの雇用条件が緩和されると見込んでいた雇用主達は、従業員がいないため、事業継続が困難になり、廃業に追い込まれるか、雇用条件を守り再雇用するしかなかった。 


 この混乱は半年ほどで跡形もなく霧散した。

終って見れば、国内の貧困層が激減していた。

 この改革を通じて、皇帝代理の俺が民衆本位の政策を行っていることを理解したのか、代官の下で意見聴取をしている町内会長達も熱気を帯びてきているそうだ。

 加えて、民衆の代官を始めとする各種官史達への信頼が高まり、協力的な施策実行ができているという。



 ここまでの気運の高まりができれば、あとは農業改革を進めるだけだ。

 これまでの食糧支援に際して、寒冷地に適した作物の種子や球根を渡しただけで、農地改良や灌漑口の設置などの農地改良はしていない。


 改革の仕上げとも言える飢餓対策の農地改良は、レヒト皇帝を帰国させて、自ら指揮を取らせることにしている。

 レヒト皇帝も、グランシャリオ領での一年で貪欲に知識を吸収し、すくすくと成長していると、母さまからの報告があった。

 賢い良い皇帝になられるだろうと、モコウ族のラピタさんからも手紙が来ていた。

 バルカ帝国も、自給自足と飢饉の備えの備蓄が出来るようになれば、他国を攻め食糧の略奪しようなどとはしないだろう。

 それに、欲に塗れた貴族や商人達は追い出したしね。

 レムリア王国が変な動きをすれば、見せしめに宰相には死んでもらう予定だ。

 邪な考えの宰相である限り、何人でも。

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