第3話 グランシャリオ領の食文化革命と粛正

 4才になり、口が肥えてきた母の期待に応えるべく、俺は漫画の世界で知る畜産業、野牛と鶏の酪農養鶏事業に着手した。領内の画期的な発展と共に、俺は領民から神の子と崇められていたから、俺の指示は喜々として実行された。

 元々、グランシャリオ領のような荒野では、馬の放牧がされ、その馬乳酒という飲むヨーグルトのような酒精3%未満の発酵酒が栄養源として飲まれていた。


 猟師達が幾人もで隊列を組み、魔の森の浅い草原地帯で、本来が大人しい性格の野牛の群を捕獲し、草原地帯で放牧し飼い馴らし、野牛の雄は農耕の労力に、雌は乳牛として各農民家に一番ひとつがいずつ育てさせたのだ。

 鶏はきじの仲間に、トサカ鳥という飛べない鳥がいたので、鶏小屋で飼わせた。

 もちろん卵を得るためだ。おかげで卵と牛乳甜菜の砂糖が揃ってクッキーやケーキの材料が揃った。

 

 春に始めた酪農養鶏は、3ヶ月程経った初夏には軌道に乗り始めた。

 卵の生食はサルモネラ菌の食中毒が怖さを教えて禁止したが、加熱した目玉焼きや玉子焼、炒り卵などはすぐに領民達に普及した。

 馬乳酒作りのノウハウもあって、乳牛からのチーズ作りは抵抗なく進んだ。

 すぐに作れるとろりとしたカッテージチーズから、固めのチェダーチーズや、白カビで作るカマンベールチーズ、青カビて作るゴルゴンゾーラ、その他ウォッシュチーズまで。

 もちろん、バターやヨーグルトも作ったし、野いちごや木苺ジャムで食べるヨーグルトは、母の朝食の一品に欠かせないものになった。


 余禄だが、乳酸菌と平行して天然酵母も作ってみた。秋には領内初の小麦が収穫できる。

 そしたら、天然酵母でふわっふわっの白パンを作り、母さんを驚かせてやるのだ。

 あっ、そのうち大豆を育てて、味噌と醤油も作らなくちゃだ。




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 夏が終わり、透き通ったさわやかな青空が広がる収穫の秋がやって来た。

 農村地帯では、毎日各種畑の収穫が大騒ぎで行われている。それというのも、天候に恵まれ大豊作だったことに加えて、新作物の小麦や、かぼちゃ、茄子、人参などの試食に驚いているからだ。


 だがそれはほんの始まりに過ぎない。俺は、夏のうちに、石臼で粉を挽くための水車小屋とパンを焼く窯を各所に建てていた。

 小麦の収穫乾燥ができると、さっそく小麦の粉を挽いて、村々のライ麦パン職人を集めると、まず始めに天然酵母を使って金型に入れ、ふわっふわっの食パンを焼いた。塩味だけの天然酵母パンだ。

 それから、パン種を使って胡桃やジャムの菓子パン、ロールパン、コッペパン、クロワッサンなどの講習を行った。

 職人達には毎日パンを焼かせ、合格のパンを焼いた者から、村に帰した。

 母は大喜びである。毎日いろんなパンに囲まれて、ついには自分でもパンを焼き出した。


 小麦のパン焼き講習を終えた俺は、年寄り達を集め、ピザとパスタ、うどん打ちを教えた。

 年寄りの就職活動に役立つと思ったからだ。

案の定、パスタだけでもペペロンチーノやミートソース、ナポリタンにカルボナーラと種類が豊富だし、うどんも屋台ごとに出汁や味を変えて、各々流行り村々の食を広げた。


 実は魔の森探索の際に、野生の米も発見していた。でも籾が小さく、今は屋敷の庭で品種改良をしているところだ。前世の米に近づくにはおそらく数年かかることだろう。




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 農漁村が活気付いているとは言え、領内には貧困層も少なくない。彼らは野草を採り屑野菜

とわずかな屑肉で飢えを凌いでいる。

 領主である父の命により、幾ばくかの食料の補助がされているはずであるが、目の前の母子家族は痩せ細っていて、あばら家の前で夕餉の仕度をしているが、鍋には屑野菜がわずかしか入っていない。

 それが煮えるのを幼い姉弟が、じっと待っている。


「父さま、あばら小屋に住む人達は、貧しい暮らしをして皆痩せ細っています。なぜ、助けてあげないのですか。」


「うむ、以前は我が家も苦しくてな。とても援助などできなかったが、去年の秋からは定期的な炊き出しや冬の薪を配ったりしておるぞ。

 今年の収穫からは、芋なトウキビ、野菜なども増やせる予定だ。」


「それは誰がやっているのですか。貧しい人達に関係のない人に任せると、それを権威に威張り散らしたりしていませんか。父さまはちゃんと見ていますか。」


「うっ、任せたままだが、、、。」


「父さま、信頼している人でも、上に立つ者はその仕事ぶりを信用して任せ放しではなりません。ちゃんと監視してください。

 そうしなければ僕達の努力は水の泡です。」


「わっ、わかった。すぐに他の者に監視させるよ。はあ、ジルは本当に子どもなのか。」




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 俺は内政を担当している若手三人を連れて、貧民達を訪ねて回った。

 家族構成や一人一人の年齢、健康状態、仕事収入の有無、不足していることや困っていること。そんな聞き取りを行うと共に、領主配下から受けた虐待も把握していった。

 また、聞き取りを継続しながら、個別に屋台やパン工房、牧場などの仕事を斡旋し、病気の者は領主館に設けた別館に収容し、侍女達に介護をさせた。館の侍女達は皆んな心根の優しい人達ばかりで、不憫な境遇にあった老人達に甲かいがいしく優しく介護してくれた。



 さて、領主の配下で横暴を働いた者達の処罰だが、聞き取りが終わった過日に領民を広場に集め、その聴衆の前で一人一人尋問を行った。

 各々が行った横暴を問い質し、否認する者、白を切る者、罪を認め謝罪する者。その罪も軽佻な横領から重大な脅迫まで様々であったが、

全員の尋問を終えた後、否認したり白を切った者は、全財産没収の上、領地から追放、罪を認め謝罪した者は罪状により罰金や減給、降格にした。


「領主様っ、儂がやったと言う証拠はあるんですかい。証拠もなく処罰なさるんは横暴ちゅうもんです。王家に訴えますぜ。」


「訴えるが良い。だがその方の家人や周囲の者からも証言を得ておるし、証拠の品も出ておるぞ。それでも白を切ったお前は信用に値せぬ。 

 我が領民にしておくには百害あって一利無しだ。どこなりでも行って、お前が横暴した者の境遇を味わうがよいっ。」


 固唾を飲んで尋問を見守っていた聴衆から、一斉に野次や歓声が沸き起きた。


「「「ばかやろうがっ、ざまあみろっ。」」」


「「「「「わぁ、わぁ〜、わぁ。」」」」」


 因果応報。グランシャリオ領の発展のためには、厳しくとも腐った膿を搾り出さないと駄目なのだ。

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