第2話 革命児ジルのやらかしと両親の驚愕。

 翌朝、漁網作りに、仕掛け籠作りに、そして塩田の風車作りにと奔走する漁村を後にして、魔の森近くの農村にやって来た。

 周囲には、ライ麦、大麦、野菜畑が広がっている。まだ、作付けが始まっていない畑にやって来て見ると、土がかなり疲弊していた。


 俺は村にある鍛冶屋に頼んで、馬車の車輪を小さくした一輪車を急ぎ作って貰い、農民達に総出で魔の森の土を畑に撒く作業をさせた。

 土を撒き終わった畑から、麦類は正常植え、野菜は畦植えを指示した。一輪車の導入もありなんとかなりそうと分かったので、作業を見ながら三日後には農村を後にした。

 領内の視察に出掛けてから五日後の夕刻に、やっと我が家に帰り着いたが、疲れ果てて食事も取らず寝入ってしまった。


「あなた、いったい何があったの? 予定なら二日で帰るはずでしたでしょう。」


「聞いてくれっ、リズっ。ジルがジルが革命を起こして回ったんだよ。あの子は神が遣わした使徒に違いないよっ。」


 それから、アルは妻のリズに視察の一部始終を興奮しながら、疲れた顔で語ったのだった。


 

 それから三ヶ月、まず塩の売り上げの収入が報告された。領内では豊富にできた粗塩が以前の半額で売られ、ジルが新たに指示した石臼で挽き、風圧で選別した高級塩が領内では以前の塩の値だが、領外の商人達が倍の値で買い求めた結果、たった三ヶ月で去年の税収の半分にもとなったのだ。


 そればかりでなく、新漁法のおかげで領内には漁獲の増えた魚が出回り、ジルが干し魚や貝の干物を指導したので、漁村は嘗てない好景気に涌いている。

 また、新農法を導入した地区では大豊作の予想が報告されており、今年の税収は一気に黒字どころか、前年の三倍は下らないとの予想だ。

 ましてや、魔の森の土壌改良でこの秋から、念願の小麦の栽培を始めることになり、また、領内全てが新農法に切り替わるから、来年にはどこまで税収が伸びるか計り知れない。



 そんなある日、ジルが父親のアルに頼みたいことがあると言って来た。


「父さま、僕、魔の森で探したいものがあるのです。探索隊を組織して貰えませんか。」


「ジル、魔の森の奥は未知の強力な魔物がいてとても危険なんだよ。うちの騎士達で倒せるかどうかもわからない。そんな危険な場所には、お前を行かせられないな。」


「父さま、実は僕、少し強力な魔法が使えるようになりました。倒せなくても、逃げることはできると思います。僕に、護衛の騎士を5人程付けて貰えませんか。」


「・・う〜ん、その魔法を見せてくれるかな。それで判断しよう。」


 そういった訳で、魔の森近くにやって来た。

 魔物討伐の経験が一番ある騎士団長のケビンにも見てもらうことにした。

 鬱蒼とした魔の森の入口で、魔法を使った。


「それじゃあ、行きます。氷霰弾っ。」


『ヒューン、ヒュヒューン。』

 数十個の小さい拳くらいの氷塊が森の木々に向かって飛び出したかと思うと、一面の木々を薙ぎ倒す。いや、薪程度に粉砕してしまった。


「凄いっ。ジル、いつの間にこんな魔法を。」


「父さま、ずっと前から使えたみたいなのですが、試したのは最近です。他にも使える魔法があります。」


「そうか、分かった。護衛の騎士を用意する。  

 ジルが探しているものが何かわからないが、きっと貴重な物なんだろう。

 なるべく危険を避け、命を守るんだぞっ。」


「はい、父さま。危険な時は、逃げれる魔法がありますし、治癒魔法も使えます。」



 それから二日後、騎士団の副団長のディールと他4名の若手騎士に護られて、魔の森の探索に出発した。副団長のディールは41才の最古参の騎士で、魔物狩りの経験と剣技では騎士団随一と言われている。


「ジル坊っちゃん、絶対に儂の傍を離れないでくださいよ。アッシュ、もしもの時は坊っちゃんをおぶって逃げるんだぞっ。」


「副団長、任せてください。坊っちゃんは俺が絶対に逃しますから。」


 先頭は、経験豊かな古参のボスタ。次に左右を警戒する若手のチャムとゲット、そして副団長、俺、アッシュの順に続く。

 探索隊は、植物層に変化があった場所で立ち止まり、蔓植物や球根植物を採取して行く。

 俺の鑑定と空間収納があるから、有益な植物は根こそぎ集めていく。

 今回の採取の目的は、根菜類の芋や葉野菜だ。特に砂糖が採れる甜菜てんさいと馬鈴薯、薩摩芋、山芋は見つけたいと思っている。


 魔の森の奥深く入って11日目、北へ向って針葉樹の混ざった森の川縁で、甜菜と馬鈴薯を見つけることができた。

 同時に巨大な魔熊に遭遇し、全員で囲み悪戦苦闘しながら最後は俺の真空空間創成で酸欠にして倒した。

 初めての魔法だったので、なかなか目標の所に焦点が定まらず苦労したが、騎士の皆んなが時間を稼いでくれたので、なんとか倒せた。


 そしてさらに三日後、休火山の麓の火山灰地で薩摩芋の野生種をゲット。その土壌と道中で倒した数匹の鹿と狐や猪を空間魔法で収納し、帰還の旅についた。

 総日数24日間の魔の森探索を無事終えた。

 しかし、魔の森の奥行は計り知れないことが分かっただけで未知の領域は無限に広い。

 魔の森は寒冷な針葉樹林が大半だが、薩摩芋を見つけた火山周辺の火山灰土や、地熱と水蒸気に覆わるれて熱帯雨林と化している密林や、その周囲の広葉樹林の森もあって、まさに摩訶不可思議な魔の森と、畏怖を感じさせるばかりだった。



 館に帰り着くと、母のリズが飛び出して来て抱きしめられ、それから2時間余も身動きができなかった。母の目から溢れ落ちる涙に抗うことができなかったのだ。


 魔の森で採取した植物は、館の西に畑を作り栽培した。4ヶ月程で収穫が始まったが、収穫できた芋類やトウキビ、大根やトマトの野菜を母のリズに一番最初に食べさせたのは、母への感謝の気持ちからだった。

 母は薩摩芋の焼き芋を一番好きだと言ったが馬鈴薯と猪肉に甜菜の砂糖と大豆の醤油で味付けた肉じゃがに感動していた。

 そして、母を喜ばせるために作った、猪のラードで揚げた豚カツや魚の唐揚げ、各種天ぷらなどのおかず。

 おやつのカラメルソースのホットケーキなどはグランシャリオ家だけでなく、領内の食事の文化を飛躍的に向上させて行った。



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