Sid.16 幼女を養子に迎える準備
泊まるのかと思ったが、この日はしっかり帰宅した。
「あの、準備して無かったし」
「別にいいよ。落ち着いたらそっちに行く」
乃愛がこの先もこの家で過ごせるのか、それが心配で不安だし。菅沢には悪いけど、恋だの愛だの浮かれている気分じゃない。
法律のことや制度のことは、父さんなり母さんが調べて、何とかすると願うしかないし。俺にできることは乃愛に愛情を注ぎ、しっかり世話をしてやるくらい。高校生程度で何かできる世の中じゃないし。
玄関先で見送るが、少し残念そうでもあるな。
俺にしがみ付く乃愛を見て「また来るね」とか言ってる。
「まだお姉さんとして認識してもらえてないね」
「こまめに顔を出さないと、乃愛もどうしていいか分からんだろ」
「じゃあ、休みだけじゃなくて、学校終わってから来ても?」
「来れるなら来ればいい」
毎日入り浸っていれば、乃愛も気を許すだろうし。
たまに来て仲良くってのは無理がある。
玄関の外まで出て見送ると、時々振り返りながら手を振る菅沢が居る。少し寂しそうな表情だけど、こればかりはケリがつかないと、どうにもならないし。
見送りが済んで家に入り、リビングのソファに腰掛けると、乃愛が俺の膝の上に座る。
「帰っちゃったの?」
母さんから聞かれるけど、準備してなきゃ帰るだろ。
「準備してないから」
「あんたがもっと積極的にならないと」
「今は無理」
「乃愛ちゃんのことがあるから、でしょ」
いくら気を揉んでも、なるようにしかならない。と言われてもな。
「でもね、あんたに成長が見られて、嬉しく思うのは確かだから」
俺と乃愛にできたであろう絆があるから、胸を張って家裁に出向けるそうだ。
これが迎え入れた当初のままだったら、とても養子として引き取れなかったと。
まあ、あの頃はマジで邪魔扱いだったし。なんで俺がこんな面倒を背負い込むのか、理不尽すぎるとか思ってたもんなあ。
今は違う。居ることが当たり前の生活。
「心配しなくてもお父さんがなんとかするでしょ」
「そうだといいんだけどな」
あ、そうだ。
「母さん。乃愛のことでひとつ」
「なに?」
「風呂だけど」
「一緒が嫌なの?」
嫌なんじゃなくて、ヤバいんだっての。
「関心が下半身に向きすぎる」
「握らせればいいでしょ」
「だから、それがまずいって」
「あんたも固いねえ」
少しくらい遊ばせても、文句言わないとか言ってるし。そうじゃなくて犯罪だっての。しかもこの場合は乃愛じゃなくて、俺が犯罪者扱い。
母さんも分かってて面白がってる。俺がペドだのロリだったら、どうなってるかなんて、想像しないんだろうか。その気は無いけどな。そんな変態になる気も無いし。
乃愛が愛しく可愛いと思っても、それは家族としてだから。
乃愛を見ると「ぱぱ、かおこわい」じゃねえっての。
笑顔を作って見せる。
「こわくないぞ」
「へんなかおー」
「面白いだろ?」
「ちんちのほうがたのしいよ」
あかん。なんでこんなにも股間を好むのか。
「母さん。幼児ってのはこれが普通なのか?」
「さあ」
「母さんが幼児期の頃はどうだったんだよ」
「知らないけど」
知らないじゃねえ。同じかそうじゃないかくらい、それなりに記憶にあるだろうに。
「そうか。股間に興味津々の変態だったんだな」
「違うからね」
「じいちゃんの握ってたのか?」
「隙を突いて少しだけね」
あっさり。
変態じゃねえか。
「変態」
「違うから。ぶらぶらしてるから手が出るだけ」
じゃあ、乃愛のこれも普通だってのか。とてもそうは思えん。
あ、そうか。菅沢にも聞いてみればいいんだ。幼い頃に興味を示して、触ったりしたのかって。
聞き辛さはあるけど。小さい頃、父親の股間触ったことあるか? なんて普通は聞かない。そんな質問されたら普通は引くだろうな。
「風呂は母さんが」
「それは蒼太の仕事。そのうち、一緒は嫌とか言い出すから、それまでの我慢」
聞く耳持たねえ。一緒は嫌、と言うまで待つしか無いのか。
已む無くこの日も乃愛と一緒に風呂に入る。そしてやっぱり手が伸びてくるから、それを制して今日も辛うじてかわすことができた。もうすぐ限界が来そうだ。少しずつ手の出し方が巧みになってきてるし。知恵付けると厄介だな。
後日、父さんが池原の両親に会いに行き、同意書を用意させたようだ。ただし、失踪宣告されたわけでも無いから、これで有効になるかは不明だそうで。
それと必要書類として、乃愛の戸籍謄本と実父母のもの。父親は離婚しているから不要。母親もすでに居ない。この場合は直系血族に取ってもらう。つまり池原の両親だ。引き摺り出して戸籍謄本を得るのに苦労したとか。
父さんと母さんの戸籍謄本も取っておいたそうだ。必要だから。
リビングで同意書を見ながら、父さんが疲れ気味に話してる。
「弁護士に相談すればいいんだろうけど」
「それ専門じゃないと、適当な回答するからね」
「そうなんだよな」
弁護士と言っても、得手不得手があるらしい。相談料だけふんだくられて、ろくな回答を得られないことの方が多いとか。日本の弁護士の大半は使い物にならないと、父さんも母さんも口を揃えて言ってる。
「失踪宣告されるまで待ってたら、七年は掛かるし」
「十一歳になっちゃうし、じゃあそれまで誰が面倒見るのかって」
「児相に保護を求めろと言われるのがオチだな」
「行政って使えないのね」
母さんもそう思うんだ。司法も行政も使えない。法が想定しないケースを前にすると、どっちも機能不全を起こすようだし。
がっちがちに固めてるから、融通効かなくなるんだよ。法治国家としては正しいとしても。
このあと、折を見て家裁に適格確認の申し立てをするそうだ。それと同時に養子縁組成立の申し立ても必要だとかで。同時に申し立てする必要があるとか。
必要書類を揃える必要もあるが、審判に入れば家裁から調査官が来て、家の状況や養子になる乃愛の適格性も見るんだそうだ。養親の適格性じゃなくて、養子としての条件も見るのか。知らんかったな。
金の面では問題無いらしいけどな。まあ、そこそこ裕福だと俺も思うし。
「決定までどの程度かかるんだ?」
「分からんな。ひと月、で済むはずは無いし」
裁判所にスピード感を求めるのは間違っているのだろうか。司法も行政もとにかく、何をやらせても遅いんだよな。状況ってのは場合によっては、刻々と変化するってのに。その癖、税金の徴収だけはスピーディーだと、父さんが嘆いてた。
金はふんだくるけど、それ以外のことは放置気味。日本って腐ってんなあ。
「そう言えば乃愛の母親は見つかったのか?」
「見つかれば連絡来るだろ」
「じゃあ見つかって無いのか」
「思ったらいけないんだろうけど、自殺でもしていた方が楽なんだがな」
そうすれば直系血族の同意と戸籍謄本で済む。母親を探し出して、とか面倒も無い。失踪宣告も不要。
夜逃げされると無駄な手間がかかると文句しか出ないな。
「逃げれば、あとは勝手にやってくれるだろう、なんて軽く考えてたんだろう」
「責任感ぜんぜん無いんだから。蒼太はそんなこと無いようにね」
「乃愛に対してなら、無いと断言できる」
「乃愛ちゃんだけじゃなくて、将来子どもが生まれた場合も」
そこは問題無いと思う。これだけ無駄な苦労をさせられて、勉強になった部分は大きいからな。
相変わらず膝の上で寛ぐ乃愛を見ると、知ってか知らずか、あどけない笑顔を見せる。
思わず頭を撫でてやると嬉しそうな、うっとうしそうな。
「うっとうしいのか?」
首を横に振ってるから、そう言うわけじゃないのか。
ぎゅっと抱き締めてくるし。なんか最近、これも嬉しいと思うように。頼りにされてるんだなあと思えばこそだ。
「あのさあ、この一件が片付いたら、乃愛も含めて旅行とか」
「そうね。二泊くらいで」
「そうだな。養子に迎え入れられたら、記念旅行ってのもいいな」
正式な家族として迎え入れた記念。お祝いしよう。
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