Sid.15 彼女と幼女のどっちも大切

 脱童貞を期待しての約束だったんだが。

 前日になって菅沢に連絡した。


「悪いけど、状況が変化して行けない」

『状況って?』

「乃愛の母親が居なくなった」


 驚いてるのと少し残念な感じが伝わってきた。

 少しだけ事情を聞かれて、養子縁組の手続きをする、と伝えておいた。


『それって、横倉君がするの?』

「父さん」

『横倉君は? 何をするの?』

「乃愛の面倒を見る」


 一日くらい出て来れないのか、とは思うらしい。

 ただ、俺の方が乗り気になれない。つまり乃愛を心配するから、楽しめないと伝える。それと乃愛の傍を離れる気になれない。今はできるだけ傍に居たい。学校が休みの日は一日一緒に居てやれるからと。


『そうなんだ。もう家族なんだもんね』

「まあ、そんな感じ」

『あたしが行くのは?』

「それなら問題無い、と思う」


 だったら一緒に乃愛と遊ぼうね、だそうだ。

 童貞卒業は無くなったが、菅沢がそれで納得するなら、今はこれでいい。童貞なんていつでも卒業できる、と思う。


 リビングで乃愛と一緒にお絵描きだ。


「真ん中は乃愛だな」

「のあ」

「隣の奴は?」

「ぱぱ」


 サイズがでかくなった。乃愛の手を引く俺。きっと気持ちの上でも俺の存在が増した、そう思うけど。根拠は無い。単に描かれた俺が大きくなったから、そう思っただけで。


「後ろにあるのは家か?」

「うん。ぱぱといっしょにすむいえ」

「そうか。嬉しいぞ」

「のあもー」


 笑顔が眩しくて、くそ可愛い奴だ。なんでこんなに可愛い子を捨てるのか。頭おかしい。

 乃愛も状況はなんとなく、肌で感じ取ってるだろうに。心の拠り所であるはずの親が居ない。本来なら不安で押し潰されてもおかしくないのに。泣きながら「ママが居ない」とか言って、探す可能性だってあるわけで。

 捨てるとか、とんだ人でなしだな。


 夕飯を済ませると風呂に入るんだが。

 やっぱり関心があるのか、手が伸びてくるし。掴まれそうになるけど、そこは線引きをしておかないと。幼児が掴んでいいものじゃない。


「これは大人になってからだ」

「のあ、おとな」

「違う。まだあと十四年は必要だ」


 残念そうに見てるけど、本来見せるもんじゃないし、一緒に入るから視界に入るし。

 今度から母さんに任せよう。これ以上は教育上よくない。

 風呂で体を洗う乃愛だけど、今日は上手く行かないようだ。ついでに頭も上手く洗えず、これまでそれなりにできてたことが、できない感じで。


「どうした? 洗えないのか?」


 俺を見てねだる感じだ。

 これって、やっぱ不安があって、誰かに甘えたい気持ちも強くなってる?

 仕方ないな。こんな幼い子なんだから、親が居ないと察すれば、気持ちのやり場も無くなるだろうし。

 頭を洗ってやり、体も久しぶりに洗ってやる。


「ぱぱもあらうー」

「俺は自分でできる」

「あらうのー」


 あかんわ。駄々こね始めて洗うんだと言って、譲らないし。ボディタオル持って襲い掛かるし。


「じゃあ、背中を頼む」

「うん。ぱぱのせなかー」


 くすぐったい。力が無いからだろうけど、もう少し力を入れて欲しい。

 

「ぱぱ」

「なんだ?」

「まえも」

「前はやらないんだよ」


 抱き着いてきて胸周りだの、腹あたりまで撫でる感じで、手を回して暴れてるし。


「ちんち、あらうー」

「そこは却下だ」

「ちんち、きたないから、あらわないと、だめなんだよ」

「汚くねえ」


 毎日風呂入ってるんだから、汚いと言われるほどに汚れてない。実際、洗いたいんじゃなくて、握りたいだけだろ。興味津々だし。これを許すわけにはいかないからな。マジで。


「洗うのは大人になってからだ」

「ずるーい。ぱぱ、のあの、あらってる」


 くそ。妙に知恵が付いてきてる。俺がしてることも、しっかり理解してるわけだ。今は股間を洗うなんてしないけどな。以前少々あったが。

 それを覚えてたってことか。でも駄目なものは駄目。幼児にはまだ早い。

 なんとか宥め透かして、事なきを得たが。いつまで通用するんだか。


 風呂から上がり髪を乾かす。いつもの作業。

 乾くとサラッサラの猫っ毛。俺の髪とはずいぶん違うよなあ。昔は俺もこうだったと思うけど。


「洗ってもらえばいいのに」


 母さんは幼児に何をさせたいんだよ。


「どうせだから、いかせてもらえば?」

「アホだろ」

「性教育」

「時期尚早って奴だ」


 そんなのは小学校入ってからでも遅くない。ついでに母さんがそれをやりゃいい。女子には女子にしかないものもあるだろうし。俺じゃ教えられないだろ。

 俺だって知らないことの方が多いんだし。特に女子の体に関しては。童貞だよ?


 土曜日になると菅沢が家に来る。

 迎えに出ると乃愛も当然、俺に張り付いてるけどな。


「こんにちは。乃愛ちゃんもこんにちは」

「なんか悪いな」

「いいよ。だって、大変なんでしょ」


 それに俺に会えるのが嬉しいから、気にしなくていいとか。

 だぶっとしたトップスにミニスカート。上半身が太って見えるんだけど。太ってるとか言うのは、駄目なんだろうなあ。なんて言えばいいんだよ。

 リビングに行くと母さんにもあいさつしてるな。

 リビングでセンターテーブルを囲み、床に各々座るんだが、乃愛は俺の膝の上を占拠する。


「少し羨ましいなあ」

「なにが?」

「密着できるんだよ」

「したいのか?」


 さすがに俺の母さんが居る前で、それはできないが、ふたりきりならあってもいいとか。膝の上か? 重そうだな。乃愛だから軽くて済んでるけど、菅沢だとかなり重そうな。太ってはいないようだけど。それでも体格で倍以上も差があるんだし。

 こんなことを思うから、乙女心とやらを理解できないのかもな。


 母さんが気を利かせたのか、飲み物と菓子を置いて「ゆっくりしていってね」と。

 俺を見てにやにや、何が言いたい。


 しばらく話をしていたけど。


「ねえ、乃愛ちゃんのことだけど」


 全部は話してないからな。気になることでもあるのか。


「お母さん、居なくなったって言ってたけど」

「ああ、それ。マジで夜逃げしたみたいだ」

「乃愛ちゃん置いて?」

「そう。信じられんけど」


 ショック受けてるのかと聞かれるけど、その辺はよく分からん。乃愛がどこまで把握できてるのか。ある程度、様子のおかしさから、自分に何かが起こったのは理解してるだろう。

 だが、それが親に捨てられたと分かるのか否か。


「ってことだな」


 乃愛を見る菅沢だけど、憐れんで同情してるのか。少し悲し気な感じだな。


「まだ小さいのに」

「無責任を絵に描いたような奴だな」

「この家で面倒見るの?」

「そのつもりで動いてる」


 ただ、どうなるかは分からない。日本の制度に則ると離れ離れもある。手続きにしても家裁に捻じ込んで、親権を取れるのか否かも分からん。

 児相に相談し預けて、その上で申請するのか。


「まあ、何にしても手続きが面倒過ぎる」

「乃愛ちゃん、この家に来れない可能性もあるんだ」

「あるな。むしろその方が確率が高そうだ」

「残酷だね。家族同然に暮らしてるのに」


 司法や役所に感情は無い。法に従い粛々と手続きするだけ。家族同然かどうかなんて関係無いだろ。法をほんの僅かでも逸脱したら、すべてが無効になるんだからな。

 イレギュラーも認めないし。法に規定が無ければ全部無し。所定の手続きに則って申請しろってなる。

 児相が保護したら、誰の元に行くかなんて分からないし。


「なんか、それで子どものためになるのかなあ」

「なると思ってるんだろ」


 所詮は機械と同じ役人思考だし。法を順守することが仕事。マジでAIに置き換えた方がましだ。


「大切なんだよね?」

「そりゃね」

「あたしは?」

「やきもちか?」


 妬けるそうだ。そこまで愛されてる乃愛が羨ましいと。その半分でも、自分に愛情が向けば、もう少しなんて考えるらしい。


「じゃあ、泊まればいい」

「え? なんで?」

「その気があるなら」


 望むことをするし、俺も望んでいるのはあるし。いや、これ、恥ずかしいな。

 一度はすれ違いもあったけど。

 顔真っ赤になって照れてんのか。

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