第13話 鉄砲玉と全喪失

 十五歳の誕生日、大半の人が一年の間で一番祝福される日。

 普段から余り目立たないように生きて、その他大勢に属する私でも、自動的に主役になれるその日⋯⋯警察を名乗る者からの一本の電話から伝えられた意味不明な言葉の羅列。暫く呆然としてしまった。


 正気を取り戻して、気付く。私は全てを失ったと。



 この世界では珍しく、両親が居て、しかも大恋愛と女の戦いを制して第一夫人の座を勝ち取った稀有な例。

 生まれてから十五年間、とても幸せだった。

 私が成長して学校に通う年齢になって初めて、父以外の男性を見た。世間一般でいう男と女の関係性と、両親の関係の差異に⋯⋯父親以外の男を見た私は衝撃を受けて固まってしまった程だ。


 母と私が普段見ていた父という男性の姿と、まるで私たち女を道端に落ちている犬の糞みたいな目で見てくる男性の姿、まるで生態の違う両極端な姿に脳が破壊された。

 後日、両親に詳しく聞いてみたら学校で教わる事と外で見る男性の姿が本当の男性だから、父の事は別の生き物とでも思いなさいと言われて⋯⋯私は父以外の男性に何も期待しなくなった。


「ゴボッ⋯⋯」


 そして、脳が破壊されつつも幸せな家庭でスクスク育っていたある日、両親が亡くなった。

 父は昔父に振られた女の集団にヤバい薬を飲まされ、三日三晩強姦し尽くされた挙句の中毒死。母はずっと裸で磔にされて、その父が強姦される姿を三日三晩見させられ続け⋯⋯最後には火炙り。よく恋愛如きでそこまでやれたよね。

 序でと言っちゃアレだけど、私がそこまで深く交流していなかった第二夫人~第五夫人も両親を殺したクズ共が殺していた。私や第二~第五夫人との間に生まれていた父の子たちは何故か殺されなかったお陰か私は今、無様にも生きている。


「ヒィィィ⋯⋯アギャッ」


 事件後、クズ共は警察の目を欺きながら半月程逃げ果せていたが、最後は呆気なく捕まった。父のような女にも優しい素敵な男性が殺されたのだから、警察も本気を出して捜査したかららしいけど、本気を出すんなら事件を起こさせるなよと思った。

 それで捕まったクズ共が自供した子ども達を殺さなかった理由は⋯⋯私たちを自分が産んだ子だって認識していたかららしい。⋯⋯なんて事のないただの狂人の妄想が暴走して起こった事件。


 本当に下らない。反吐が出る。


 幸せが掴めなかったから、腹いせに誰かの幸せを壊す。こんな事が罷り通っていい訳がないのにね。

 男性一人、男性の配偶者五人の殺害。

 男性の子ども九人の内、四人が自殺、三人が自殺失敗で植物状態というセンセーショナルな大事件は連日報道された。被害者も加害者もプライバシーなんてものは無く、直ぐさま全て特定されてしまった。報道もゴミカス、世間様もゴミカス。

 無事と言ってもいいのかわからないけど、無事だったのは私と第三夫人の次女。しかし第三夫人の次女は心を病んで引きこもりになっている。

 父方の祖母は父の訃報を聞いてすぐ自殺。母方の祖母は無気力になって精神病棟に入った。


「や、やめっ⋯⋯」


 犯人はこの手で殺してやりたかったが、ヤツらは世論が死刑一択だった為、異例の裁判も何も無く捕まった時点で刑は確定となり、拷問されまくった後に即死刑執行。私達の仇はもうこの世に居ない。


 残ったのは両親の遺した遺産と心の傷を抱えた第二~第五の祖母のどれかと腹違いの妹。私の前世はどれだけの業を背負っていたんだろうね⋯⋯酷すぎてもう笑うしかない。

 私名義で遺された遺産の四分の一ずつを名も顔も知らない婆さんと顔だけ知ってる妹に渡して、身辺整理は終わった。プライバシーを晒されまくったせいで知らない自称親戚や自称遺産受け取る権利がある人とかいっぱいきたけど全部通報してやった。ここで人が完全に信用出来なくなった。


「ギィィィィィッ」


 こうなった私は、男にも女にも心を開けずに二ヶ月くらい時間を無駄にして過ごした。だってそうだろう? 大好きな父も母も居なくなって、残ったのは面倒事とお金だけなんだから。

 住んでた家は国から男性に宛てがわれていた豪邸。そんなモンは国に持っていかれたよ。男が居なった途端手のひらを返した顔馴染みの官僚から見舞金という名の手切れ金を渡されて一週間以内に退去するよう言い渡されてお終い。だけど、人を信じられずどうでも良くなっていた私はその官僚の首根っこを掴んで不動産屋へ行って、政府パワーでゴリ押しして適当なマンションを購入し、次の日には引越しを終わらせて無事に豪邸を引き渡した。

 退去の何やかんやを終えて即座にマンションへ向かおうとした私に官僚は引き攣った顔をしていたけど、お前の事は心底どうでもいいから二度と会わない事を祈るよ。父が生きていた頃はかなり良くしてくれていたけど、今では所詮父への好感度稼ぎだったんだとわかっちゃってるし。


 それからの話は⋯⋯マンション購入の三日後、何かよくわからない訴状が届いて何故かよく知らない自称親戚と法廷で争う事になり、伏して奪われるくらいならと父の遺産を注ぎ込んで凄腕の弁護士を雇った。


 それでも社会経験の何も無い温室育ちのガキには、清濁併せ呑む⋯⋯いや、濁に染まった汚い大人から放たれる汚い攻撃に対する防御力などなく、普通に負けて購入したばかりのマンション以外の財産(マンションは十八歳になるまでの三年だけ住むのを許可)全てを奪われた。

 そしてこれは後から知ったんだけど、相手側の弁護士と雇った弁護士の間には元から繋がりがあり、父親の愛情たっぷり詰まった温室育ちの世間知らずが気に食わなかった男に相手にされない弁護士共が結託して。絶対に許されざる行為だが、それが罷り通る社会の汚さが黒を白と言えば白になると私は知った。


 流石に死のうと思ってマンションの屋上から飛び降りようとしたけど、あと一歩踏み出せばって所で動けなくなってしまい断念。それからはもう何もしたくなくなって、死んだようにただ生きてるだけだった。


「た、助けて⋯⋯許して⋯⋯」


 そんな私の元にこんな都合の良いイベントへの招待があれば飛び付くわよね。自分で死ぬ根性は無いけど、誰かが殺してくれるんだから。それと⋯⋯私も誰かを殺したいっって思ってたし渡りに船だったの。

 それからイベント開始日まで、必死にMOW TUBEで護身術や逮捕術、更には刃物の扱い、人の煽り方等を学んできた。その結果が今こうして⋯⋯目に見える結果として出ている。


「なーんで逃げようとしているのかなぁ?」


 クスクスと笑いながら四つん這いになって必死に距離を取ろうとする敵の脹脛にナイフを突き立てる。刃が肉を掻き分けて相手の中身に侵入していく感触が手に伝わってくる快感が脳を揺さぶる。


「も、もうやめっ――」


「やめてあーげない」


 一度殺しに来たのなら、最期の瞬間を迎えるまで死ぬ気で立ち向かいなさいよ根性無しめ。

 目の前で情けない姿を晒しているアホ女に溜め息が出そうになる。私がどっちへ進もうかと木の棒を倒して決めている最中に不意打ちを仕掛けて来るような卑怯者のクセに。


「次は足の甲ね」


 相手の持っていたコンバットナイフを相手の右足甲に刺突ではなく切るように振り下ろす。自分のモノじゃないから骨に当たって刃が欠けようが構わないのがいいよね。


「片方だけじゃ可哀想だからもう片方⋯⋯もっ!!」


 もう片方は遠慮なく普通に突き刺して⋯⋯刺さったナイフを手前に引いて裂いた。足の骨の隙間だったので、大した苦労も無く二分割することが出来た。今、足を引き裂かれたソイツは聞くに耐えない汚い悲鳴を上げ続けている。


「うわっ、汚なァ⋯⋯顔からは涎と鼻水と涙、下は糞尿垂れ流して恥ずかしくないの? あ、恥ずかしいと言えば⋯⋯ねぇ、貴女は私よりも大分大人なんだよね? ね? 不意打ちカマそうとした挙句返り討ちにされて、その醜態が来ている人に晒されてるんだけど、そこの所どう思うの?」


「ふざっ⋯⋯ふざけんじゃないわよっ!! 殺してやる殺してやる殺してやる殺してやるぅぅぅぅ!!」


 血混じりの唾を飛ばしながら叫ぶ汚女を冷めた目で見下ろす全ロスト女。その様子を見ているギャラリーは「殺せ! 殺せ! 殺せ!」と大合唱していたが、ザンネンながら当事者である現場の人間にはそれが伝わっていない。


「ある程度モニター映えしそうな感じに痛めつけてるけど⋯⋯本当にこんな感じでいいのかしら?」


 可愛らしく小首を傾げながら思考する。その様子を見てギャラリーは「そんな感じで合ってるよー」と大合唱、地べたの女は舐め腐りやがってェ⋯⋯と満身創痍ながら殺意マシマシでキレている。


「ぐっ⋯⋯イカれ女め⋯⋯」


 手元の砂利を多分に含んだ砂を手に握り込み、トドメを刺そうと向かってくる目の前の女の隙を伺う。

 好機も、身体を無理矢理動かせるのも一度きり。痛みでどうにかなりそうな意識を気合いで保つ。


「ふふふふ⋯⋯私って嗜虐嗜好があったのね。今すっごく楽しいの。だからもう少し付き合ってね」


 奪ったコンバットナイフと特注で作ってもらったコンバットナイフより大きい千枚通しを手に、既に半死半生な汚物塗れの女に向き合う。


「ふふふ⋯⋯目が死んでないから、何か企んでるんでしょうけど⋯⋯そんな砂利だけでどうにかしようとか無駄ですよ」


 バレバレの悪足掻きを指摘すれば目が泳ぎだす。だが、腐ってもデスゲーム参加者の意地なのか、即座に戦意を取り戻す。


「殺す殺す殺す殺す殺す殺すっ」


 全ロスト女は浴びせられる殺意に怯まずに足を踏み出す。ゆっくりゆっくり近付いていった。




 ◆◆◆◆◆◆◆




 アタイの名前は磯野辺いそのべ 竹輪ちくりん。男がどうしても産みたかったくそばばあが、股から飛び出してきたチ〇コの無いガキを見てこんな素晴らしいクソみたいな名前を付けてくれた。


 役所もなんでこんな名前通すかな? 頭腐ってんじゃねぇのか?


 そんでもう、後はわかるよな? こんな名前が付いてたらどうなるかなんて。


 くそばばあはアタイが八歳の頃に二度目のガキガチャに失敗して産んだその場でガキの首を圧し折ってパクられていった。その後? 知らねぇよ。

 んでアタイは施設にぶち込まれ、学校や施設では名前で虐められ、くそばばあの起こした事件の所為でハブられ、施設職員からは虐待されて過ごした。


 十三の頃に施設長と職員、クソガキ共をボコボコにして施設を飛び出して⋯⋯そのまま流れで半グレに身を窶してそのままズルズル行ってヤ〇ザに半グレ集団が吸収され、それからまたズルズルズルズル夢も希望も何も無い生活を送り、気付けば25歳になっていた。

 その元居た半グレ集団は鉄砲玉としてそれはそれはもう有効活用されて今では半グレ集団は数人しか残っていない。パクられたのもいれば、そのまま星になったヤツらもいる。

 アタイは先日、鉄砲玉案件をしくじってしまい進退窮まっていた。とりあえず謹慎を言い渡されたアタイは大人しく謹慎していた。きっと組の連中は次に弾く者を決めている最中なんだろうな。


 そんな中、このイベントへの招待状が届いた。流石にウチの組の者でも男を献上すれば鉄砲玉から脱却&ミスを許されるかも⋯⋯という理由で参加を決めた。

 まぁ当然の如く、謹慎中に勝手に決めた事で指を切り落とされそうになったが、これでも一応そっちの世界では名の知れた鉄砲玉なのでなんとか何処も欠けずに参加できた。


 優勝する以外死しかないならば、もう怖い物はない。同じ死ぬなら組の者から激しい拷問をされた上での死じゃない方がいい。



「ア゛ァァァァァァッ!!」


 そんな暴力の中に身を置いていたアタイは、今ど素人に殺されかけていた。


 信じられない⋯⋯完全な奇襲だった。


 その完璧な初撃を事も無げに躱されて、致命傷に近い傷を負わされた。


 動きも何もかも、素人の付け焼き刃にしか見えなかった。


 油断させる為の罠かよ!! と憤ったけど、その後の行動もどう見てもど素人だった。なのに、それを仕事にしているアタイが返り討ちにされる始末。


 勘がズバ抜けている。


 暴力に愛されている。


 傷付ける事に躊躇わない。


 アタイが楽勝と思って仕掛けた相手は、ど素人の皮を被ったサイコパスだったのだ。なんでそんなのが普通に生活出来てたんだよ!! おかしいだろ!!


「バイバイ」


 悪足掻きの目潰しも全て躱されてしまい、今ソイツはアタイから奪ったコンバットナイフを躊躇なく振り下ろしていた。


「クソがァァァァァア゛ッ゛⋯⋯」


 ガツッという衝撃で脳天にコンバットナイフが突き刺さった事がわかる。


 悔しいな⋯⋯悔しい⋯⋯


 生きたい意思とは裏腹に全身が弛緩していく⋯⋯もう無理か、アタイは、死ぬ⋯⋯


 ははは、先に地獄に堕ちて待っててやるよ⋯⋯


「お疲れ様でした」


 事務的な言葉を投げかけられ、そこで汚女の意識が途絶えた。


 全ロスト女が脳天に突き刺したコンバットナイフを捻って止めを刺したのだ。なんの感情も籠らない顔でズルリと引き抜かれたナイフに付着したモノを血振りして払い、そのまま立ち去っていった。



 本職対ど素人の殺し合いの決着がつく。思わぬジャイアントキリングに暫く会場の熱気が冷めることが無かった。

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貞操逆転世界の野郎争奪杯 甘党羊 @rksnns

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