最終決戦は生身で一丁

 目の前に居座るガラスが砕けた瞬間、八十四番は目をつむった。己の命が砕けるさまを、思い浮かべてしまったからだ。目の前には、幽鬼じみて陽炎を噴き上げる鎧武者がいる。この武者に処刑されるのならば、まあ致し方ないことであった。


「……」


 しかしその時は訪れなかった。鎧武者の振るう大太刀は、彼女を鋼鉄女中に縫い留める管や拘束具ヘッドギアを断ち切っていた。徐々に身体の自由が帰ってくる。同時に、先ほどまではあった全能感が消えていっていた。


「なにを」


 八十四番は、思わず口を開いた。目の前に立つ鎧武者が、なにを考えているのかわからなかった。戸惑う間に、彼女を縛るものはすべて切り捨てられていた。


「っ!」


 彼女はつばを吐いた。否、正確には歯に仕込んでいたつぶてを吐いた。なりは小さくとも、眼球程度なら貫くくらいの威力はある。仕込み武器の中では、そこそこ危険な代物だった。だが鎧武者は、それをあっさりとかわした。顔を横にずらす。それだけで礫は、遥か彼方へと飛んでいった。


「……まさか」


 ここまでされてしまえば、彼女にも鎧武者の意図は読めてきた。目前に立つ鎧武者は、鋼鉄の身体に補助された己とではなく、生身の自分と戦がしたいのだ。ならばどうするか? 戦闘女中メイドであるならば、やることは一つだった。


「後悔しても、知らないわよ」


 ガラスで身体を傷つけぬよう、静かに機体から降りていく。地面に降り立ち、感覚を取り戻していく。途中でそっと物質転送装置を試す。拠点が崩壊しているのか、反応はなかった。


「お互い、身一つの勝負にござるな」


 横合いから、忍者の声がした。奇妙な首桶を手にしている。中に入れられている顔を見て、彼女はそっとうなずいた。もはや、己を縛るものはなにもないのだ。


「拙者は見に徹するでござるよ」


 役目はとうに終えていると言わんばかりに、忍者は自分たちから遠ざかっていく。いつの間にか首桶が消えていたが、それはもう、どうでもよかった。己に、一介の戦闘女中にできることはただ一つ。眼の前の敵を、全力で迎撃おもてなしすることだ。


「いくわよ」

「……」


 己に残された武器、蘭学脇差ナイフを二丁、逆手に握る。対して鎧武者は、大太刀を正眼に構えていた。ここに至るまで、様々ないきさつがあった。だが今となっては、それすらもどうでもよかった。戦闘女中は、軽く地を蹴る。確かな感触が、足にあった。


 キィン!


 目の覚めるような音が、山並みに響いた。蘭学脇差と、大太刀のぶつかる音だ。大太刀に押される勢いを使って、彼女は飛び退く。今度は低く、鋭く突っ込み、同時に髪も伸ばして拘束を企む。最初から飛ばさなければ、この鎧武者に勝つ道はない。

 仮にいい勝負はできたとしても、最後に押し寄せるものがある。それが、性別という力の差なのだ。


「チェエエイ!」


 右、左。ペケを描くように交互に振るう。伸ばした髪を縮めて、一息に近付いてからの交差斬り。しかし鎧武者は、強引に体を反らしてこれをかわした。ならばと左の前蹴りを叩き込む。下腹部に刺さるが、わずかに押せたのみだった。


「……」


 鎧武者の、兜に隠された目が光る。同時に、幽鬼じみた陽炎が噴き上がった。戦闘女中は覚悟を決めた。これに勝てねば、私は死ぬ。


「シッ!」


 地面を蹴る。ジグザグに進む。鎧武者の動きが早い。髪ではとても追い切れない。拘束を諦める。間合いが詰まる。蘭学脇差を振るう。右で受け止め、左を差し込む。間合いがゼロ距離になる。面と面が、突き合わさる。その時、彼女は見てしまった。


「しゃれこうべ……」


 戦闘女中の身体が、一瞬固まる。それは恐怖か。あるいは衝撃か。ともあれ、間が生まれた。そしてその間は、鎧武者にとっては無限にも等しい好機の時間だった。


 ゴオッ!


 鎧武者が、戦闘女中を押した。戦闘女中は、大いによろけた。鎧武者が恐るべき速さで踏み込み、彼女の首へと、刀を差し込んだ。


「くっ……!」


 戦闘女中の顔に、悔いの色が走る。しかし鎧武者は、寸分も構わずにその首をね飛ばした。

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