追い詰められたところからの逆襲って、いいよね

「バァアッッハッハッハ!!! 俺は三戦士で最速最強! 鎧武者よ、死ねいっ!」


 四脚から二脚、狼変化から人狼めいた姿へ。荒野を蹴立てて行われた白狼王の襲撃は、姫君と僧侶が罠に掛かる、まさにその瞬間だった。つまるところ白狼王は、雌狐御前と秘密裏にやり取りを交わしていたのである。


「っ!」


 鎧武者も、荒野を蹴立てて迎え撃った。弓を使わなかったのは、射撃間隔を鑑みてのことである。白狼王の脚は、並の獣よりも凄まじく早い。一撃必中でもなくば、間合いを詰められられてしまう危険があった。


 ガッギィンッッッ!


 荒野の真ん中で、爪牙と十文字槍が激突した。両者の膂力はほぼ互角、互いに押し合い、睨み合った。白狼王のほうが、やや体躯に勝るであろうか。上から威圧するのは、人狼めいた男の方であった。


「ほっほう。この俺様と張り合えるとは、良い戦が期待できそうだぁ」

「……っ」


 白狼王が高らかに笑うが、あいも変わらず鎧武者の表情は読み取れない。しかし白狼王は、構わずに次の手を打つ。


「そおらっ、こう揺るがすとどうなるかな?」


 鎧武者が一歩押し込んだところで、白狼王はわざと一歩間合いを取った。いわゆる『押さば引け』である。


「っ!」


 これには鎧武者も思わずつんのめった。首が無防備に晒され、しかも介錯しやすい形になってしまう。そこへ襲うのは白狼王の爪牙! 振り下ろされるのは指を揃えた斬首攻撃!


「むう、んっ!」


 しかし鎧武者は、強引に転げてこれを回避! 二回三回と回って間合いを取り、槍から大太刀へと武器を変えた。わずかに呼吸が荒いのは、攻防の影響であろうか。だが次の瞬間には、雷電のごとく踏み込んでいった!


「おんっ!」

「ヒュウッ! 良い踏み込みだぁ。だが俺様には及ばねえぜぇ?」


 鎧武者の斬撃はしかし、引き付けられてかわされた。後少し。その思いが鎧武者から冷静を奪う。二撃、三撃。繰り返してもかすることはなく、さらには守るべき小屋からも引き離されていた。


「そぉらそら。そろそろ俺様の強さが分かってきたんじゃないのかい?」

「っ!」


 鎧武者はさらに踏み込む。だが白狼王は跳んでかわす。もう一撃と刀を振るう。それでも白狼王のステップが一歩早い。いよいよ冷静さを失う鎧武者に、もう小屋へと思いを馳せる余裕はなかった。


「はっはぁ! まあ悪くはねぇがそこまでだぁ! 大人しく首を出しなぁ!」


 踏み込んだところを横にかわされ、再び首を晒してしまう鎧武者。無論、死角から襲い来る斬首の一手。と、そこへ。


『白狼王? ことは済んだわ。戦好きもほどほどにして、富士まで引き上げるわよ』


 蘭学通信と思しき声が、割って入った。よくよく見れば白狼王、こっそり耳に通信機を付けているではないか。相手の声も大きいのか、鎧武者にもよく聞こえていた。


「おいおい。これから斬首だってのに、邪魔してくれるなよ」

『作戦が成就したら引き上げと決めたでしょう? アナタの趣味で作戦を手直ししてるんだから、ここは従ってくれないかしら』

「チッ! 分かった分かった! 切るぞ! ……オイ、命拾いしたな、この野郎」


 通信が切れ、白狼王は鎧武者を小突いた。その程度では武者は揺るぎもしなかったが、だからといって声を上げるわけでもなかった。


「姫君は俺様のツレがさらった。返して欲しければ、霊峰富士まで来るんだな。俺様たちはそこの、どこかの洞窟に棲んでいる。せいぜい探して見付けるんだな! ガッハッハッハ!」


 顔を伏せる鎧武者を尻目に、白狼王は砂煙を立てた。鎧武者は最後のあがきとばかりに大太刀を振るうが、剣閃は虚しく空を切るばかり。煙の晴れる頃には、人狼姿の男は影も形もなくなってしまった。


「……っ」


 しばし立ち尽くす鎧武者だったが、やがてかぶりを振って正気を取り戻す。距離の空いてしまった小屋へと駆ければ、愛馬がヒヒンヒヒンといなないていた。


「っ!」


 意を決して扉を開ければ、そこには僧侶が一人。未だ痺れ薬にやられ、うなされていた。僧侶は脂汗を流し、鎧武者に向けて声を上げた。


「敵にやられた……! 武者どの……相すまぬ……!」

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