第五話:反攻編

作戦会議と敵の強化はお約束だよね

「……あい済みませぬ、迷惑をかけてしまいました」

「……」

「構わぬ、か。それがしが未熟なばかりにこうなってしまったというのに」


 およそ半刻近くを不意にした後、僧侶と鎧武者は改めて向き合っていた。場所は先の騒動が起きた小屋の中。僧侶が懐にしまっていた薬を鎧武者が飲ませ、どうにかこうにか平静を取り戻したところである。本来ならば、このような場所で会議をするのは気分が悪い。だが彼らには、時間もなにもかもが足りなかった。


「さて。霊峰富士、というのが互いの耳にした連中の行き先な訳ですが……」

「……」

「そう。霊峰富士のいずこにいるのかが問題です。闇雲に探し回るなどすれば、その間に連中の親玉が目的を果たしてしまいかねません。さすれば、最悪この世が滅びるまであり得ます」


 唐突な僧侶の言に、鎧武者が仰け反るような姿勢を見せた。驚いた、のであろうか。


「驚くのも致し方ありませんな。ここに先の連中が落としていった物がございます」


 僧侶は鎧武者にある物を見せた。おお、それは紛れもなく十字架クロス。しかしよく見れば黒く染め上げられている。見る者が見れば、逆さ十字であることにも気付くだろう。


「それがしも耶蘇キリスト教に詳しいわけではございませんが、象徴たる十字架を黒く染めるなど、おそらくはよこしまな野望を抱いているのでしょう」

「……」

「と、なれば話にしか聞いたことはありませぬが……耶蘇の言う【でいもん】を崇めている……のやもしれません」


 僧侶の放つ、言葉の歯切れが悪くなる。彼は自分で言い放った後立ち上がり、衣服の汚れをはたきながら続けた。


「これはあくまで、推測ですな。だがそれがしは連中を止めたい。世界はともかく、天下を引っくり返し、かき乱す恐れがある。なにより一度は縁を結んだ者が、よこしまな野望のダシに使われるのは御免こうむる」

「……」

「富士まで行くのか、ですと? 無論! あの姫君には、ちょっとした仕掛けを施してましてね。彼女の行き先にはある程度の推測を……っ!」


 怒りをにじませ、鎧武者に訴える僧侶。しかし未だ薬が抜け切っていなかったのか、彼はストンと膝をついた。鎧武者が、支えに入る。


「っ、しんぱい、ごむよ……え?」


 鎧武者は僧侶の安全を確保すると、表へと連れて行く。そしてするりと、愛馬に乗せてしまった。


「武者どの、富士へ向かうはそれがしの……。……倒さねばならぬ相手がいる、と。分かり申した。ならば、ともに」


 鎧武者はなにを訴えたのか。ともあれ二人は、帰らぬ覚悟の旅路についた。その視線の先には、大蘭学時代になろうと、夜更けであろうと、変わらずそびえ立つ霊峰があった。


 ***


「フォフォフォ。ご苦労だった」

「ははーっ!」

「恐悦至極」


 一方その頃、霊峰富士の麓のとある洞窟。姫君を連れ来たった白狼王と雌狐御前に、大主教が黒き祝福を授けていた。大主教の身なりは、これまた黒ローブに阻まれてわからぬ。一方三戦士が内の二人はといえば、人狼と人狐の姿を晒し、堂々と祝福を受けていた。

 そして見よ。天の配剤が作り上げた空洞には、月が高らかに輝いている。月光を受けて彼らの崇める黒き逆十字はいや輝き、人狼と人狐を称える信者の声もいよいよ増していた。


「フォフォ。儀式――日の欠けたる時まで後二日。我らは鋭気を養い、その時に向けて動かねばならぬ。故に我らを守る汝ら二人に、更なる力を授けよう」

「ありがたき幸せ!」

「この上なく幸福に存じます」


 大主教が呼び出したのは蝙蝠卿の改造をも行った蘭学博士団。盆に載せた巻物を、恭しく大主教に捧げた。彼はそれを開き、読み上げる。


「まずは白狼王。なんじの爪牙はいかなるものをも斬り裂く。故にその力をより高めるよう、蘭学強化を執り行うことにした」

「おお、ありがとうございます!」

「続いて雌狐御前。なんじの化けと誘惑は、強き者をもたぶらかす。故にその力を高めるべく、彼らを授けることにした。強化信徒、前へ!」


 大主教が手を挙げると、三人の信徒が現れる。おお、見よ。彼らは頭を剃り上げ、一人ずつ『心』『技』『体』と額に彫り込んであるではないか。一体これは、なにを意味するというのか?


「この三名をなんじに授ける。儀式まで我らをなんとしても守ってくれ」

「ははっ!」


 美しき雌狐が大主教に頭を下げる。おお、なんたること。僧侶と鎧武者は先刻彼女たちに完封されてしまった。だというのに、彼女たちはさらに強化されてしまった。


 儀式までは残り二日。鎧武者たちの進路には霊峰めいて暗雲ばかりがそびえ立っていた。

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