第2話 予算会議

「おい、ユウ! うりはどうなっとんだよ!」


 11月の中頃、少々肌寒くなってきた早朝。会議室に部長の怒声がこだまする。まだ他の社員は出社していないせいか、静かな会社内に部長の声が鳴り響いた気がした。


 明日は部の3クォーターの報告日だ。株式上場企業は四半期ごとに株主に報告する義務があるため、12月の上旬には3クォーターの見通しをまとめ上げる必要がある。そのためにも、この時期に見通しをまとめる必要がある。


 “売“こと売上を指摘されたユウは、その図体には似つかわしくない、か細い声で答える。


「あ、あの……10月受注予定だった渋谷ダンジョンでの魔光採取システムの失注で、3クォーターは50メガの予算未達に……」

「そんなの知ってんだよ! 俺が言いたいのは、その穴埋めどうしたってんだよ!」


 部長が右手に装着したアームドデバイスをバンバンと机に打ち付ける。関節部分の金属が机にぶつかる音が“ガンガン“と響き、耳障りな音となってユウの神経を更にすり減らした。


「おい、ユウ! 俺言ったよな。ミスった穴は別の売で埋めるしかねぇんだ! だから、営業と一緒に駆けずり回ってでも案件持って来いってな!」

「は、はい。ですが、システムの提案はひと月やふた月で決まる物でなく、それなりの時間が……」

「そんなの分かってんだよ! 俺は“売“のこと言ってんだ。だから、システム以外の魔石やら魔剣やら手離れがいい商材を売れって言ってんだよ!」


 “バンバン“ “ガンガン“と右手から放たれる音がユウを責め立てるように感じた。

(そんなこと言ってもよぉ……。魔石や魔剣だって、そんなに売れる訳じゃねぇし。そもそも、俺の課は魔術エンジニアの集団なんだぞ。システム有きの商売なのに、物売りだけならば、俺達いらねぇだろう)


 ユウは心の中でボヤいたが、事実が変わるわけでない。


 ユウの勤めるサンライズシステム株式会社は、魔術システムの導入を生業とする“マジックインテグレーター(MI)“の会社である。


 2045年に勃発した第三次世界大戦で、キョートに落とされた核爆弾が地下に封じられていた地獄の門を開いてしまった。地獄の門からは和洋中に限らず、南米、アフリカなど様々な地域の伝承の悪魔が溢れ出し、世界を混沌に陥れた。各国の近代兵器は超自然科学的な存在になすすべもなく敗れ去り、人類は滅亡の淵に立たされたのだった。


 ……だったはずだが、いつの間にか悪魔は人類と和平を結び、いつの間にか社会に溶け込み、いつの間にかチャッカリと世界のビジネスシーンで活躍する存在となってしまった。


 悪魔との戦争終結から一世紀経ち、人々も悪魔の存在に慣れてしまった昨今、過去のわだかりなど、とうに無くなっていた。それどころか、悪魔がもたらした魔術が人々の技術革新に貢献し、2000年代初頭の技術水準など児戯に等しいくらい人類の技術が進歩した。


 中でも魔術と技術を融合したマジックシステムは社会の発展に大きく貢献した。

 

 ユウの勤めるサンライズシステムは創立200年の老舗企業だ。元はシステムインテグレーター(SI)が本業だったが、第三次世界大戦により会社と社員を大きく失った。その後に悪魔達がもたらした魔術発展に伴い、業態をMIに変えて再出発を果たした。

 

 MIとSIはシステムという面で似通っているためか、サンライズシステムは戦後復興で頭角を現した。MIの発展に伴い、サンライズシステムも大きな飛躍を遂げ、今では、MI業界では5本の指に入る程の大企業に発展した。


 ……と、言うのは今から20年前の話。今ではサンライズシステムは落ち目になりつつあった。


 切っ掛けはゾンビ化したイーロンマスクとジェフベゾスとマークザッカーバーグが、20年前に邪教の館で悪魔合体したことに由来する。

 彼らは死後も米の国コメランドの都合で働かされ、責任を負わされ、スケープゴートにされ、世界の肥やしにされた恨みから、全人類を恨んでいた。

 そこに目を付けたテロリストが、彼等を合体させることで、恨みから強大な災厄が産まれると考えたのだ。

 まあ、恨みと災厄に論理的なつながりはないのだが、古来より恨みは災いを喚ぶと思われていたのだろう。


 だが違った。結果産まれたのは、思兼神オモイカネノカミと呼ばれる天津神アマツカミの知恵筆頭の人外であった。


 思兼神は類い稀なる知性と知恵で技術の壁を、風雲たけし城の壁抜け並みに突破した。たまに泥に塗れたが。


 急激な発展は、天才達には飛躍の時であったが、凡人や秀才にはついていけない時でもある。

 一を知って千を知る知識の化け物と十や百を知る程度では勝ち目がない。


 サンライズシステムの持つ技術も20年で陳腐化され、今では他社技術に縋るしかなくなっていた。今では、デカい図体で借り物の"当たればデカい武器"を振り回すノロマな巨人に過ぎなかった。


 ユウも入社してからの落ち目を憂いていたが、為す術を持てなかった。


 だが、ユウの目には"このままでは終わらない"と言う反逆の光が灯っていた。その灯もアームドデバイスと机の響きで凪始めていたのは言うまでもなかろう。

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魔王対策課の課長〜もういい! 俺が世界を救う!〜 mossan @mossann

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