魔王対策課の課長〜もういい! 俺が世界を救う!〜

mossan

第1話 プロローグ

2145年8月 東京丸の内……


「ふはははは! よくぞここまで来た、勇者よ! だが、“新七つの大罪”が一人、マルコシアス様に勝てると思うなよ!」

「いえ、本日は勇者派遣の実態調査で伺いました。申し訳ありませんが、戦いはご遠慮願えませんか?」

「あ、はい」


 新しく“新七つの大罪部”第一課長になったマルコシアスさんは少し気恥ずかしそうに席に座った。私と同じ新任課長で苦労していらっしゃる。


「いや〜ごめんね、ユウちゃん。見た目が勇者っぽいからさ、つい、仕事のノリがでちゃうんだよね〜」

「それは私もわかります。お互い、仕事が行動に染み付いてしまう年齢になりましたね」


 "ユウちゃん"とはこの物語の主人公のアダ名である。高校・大学とアメフトをしていたせいか、ガタイが一般の人より大きい。そのためなのか、よく勇者か戦士に間違われてしまう。


 ついたアダ名が“ユウちゃん”である。以降、彼の名を勇者に因んでユウとしよう。


 しかしながら、ユウはまったく嬉しく思っていない。“センちゃん”に比べればランクが上だと思うが、どうもガタイをいじられるのが嫌いらしい。


「それより、今晩空いてる? たまには呑みに行かない?」


 マルコシアスさんがクイっと右手を上げた。

 立場が似通っているのか、個人的にも気が合うのか……ユウとマルコシアスさんは会社と種族が違えど、よく呑みに行く間柄になっている。


「申し訳ありません。明日は予算会議とダンジョン探索が控えておりますので……」

「え、なに? ユウちゃん、課長なのにダンジョンやってるの? 大変だね〜」

「そうなんです。まだまだ部下が育っておらず、しばらくは同行せざるを得ないのが実情です。いわゆるプレイングマネージャーというやつですよ」


 普段の世間話の後、マルコシアスさんとの仕事の話を終え、ユウは取引先を出た。


 この取引先は世界広しといえども他には存在しない珍妙な会社だ。


「株式会社 魔王製作所」


 この会社は魔力を根拠としたエネルギー関連の製品を製造している。しかし、魔力とか言われても、人間であるユウには本質を理解することは困難であろう。


 ユウの会社と魔王製作所が付き合う事で利益につながっているのか、不利益なのか、人類である彼らの一生では理解わかる者は誰もいない。


 理解わかっているのは社長のみか……いや、たぶん本人社長も人類なので理解わかってないだろう。


 疲れた体を押して社用車まで向かう。


 彼は部下の田所と取り決めた集合時間まで後20分ほどある。少し時間を潰そうと近くのコーヒーチェーン店"ヤマ"に入る。


 田所はユウとは別の取引先に訪問している。田所の訪問先は「冒険者ギルド」と呼ばれるNPO法人である。「冒険者ギルド」の役割は「冒険者」などと言う社会不適合者を取りまとめる更生施設とされている…表の顔は。


 やつら冒険者は一攫千金を夢に、暴力で生計を立てる山師のような荒くれ者ばかりである。冒険者ギルドはそのような蛮族を社会に戻すために作られたはずだが、冒険者を使って不正に資金を集めているという黒い噂が絶えない。


 田所は彼の優秀な部下であり、課の中で唯一まともな人間である。田所は、新任課長のユウを助けてくれる頼れる男だ。


 本来ならば、冒険者ギルドなどと言う反社会的な疑いをかけられている組織に向かわせたくない、とユウは思っている。しかし、田所でなければ出来ない、困難な仕事が冒険者ギルドにある。


 ユウはソフトクリーム抹茶餡スパゲティを注文して食べた。二、三口で飽きが来て非常に後悔する。


 ソフトクリーム抹茶餡スパゲティを持て余して、ユウは無駄にクルクルとフォークに巻いていると、目の前で警官が社用車に違法キップを切る光景が目に入った。


─おかしい。車は路上パーキングに停めており、駐車時間も時間内のはずなのに、なぜだ?─


 ユウが慌てて店から出ようとすると、ちょうど戻ってきた田所が警官と話をしている。一悶着ありそうだと彼は思い、支払いを済ませて社用車に向かう。


「ですから! あそこは路上パーキングで! お金を支払って停めています!」

「ナニ! オマエハ、オカネヲハラッタトイウノカ! ワイロダ!!」


 焦点の定らないヨダレを垂らした警官がトンチンカンなことを言い始めたと思ったところ、いきなり田所の腹に発砲した。


 辺りにつん裂く破裂音が鎮まると同時に、田所は崩れ落ちた。


 ユウは頭を抱えた。

─なんということだ!─


 ユウは急いで田所に駆け寄る。一方、犯人である視点の定まらない警察官は銃を乱射してどこかに行ってしまった。


 田所は口からゴボゴボと血を吐いて、息も絶え絶えになっていた。ユウは必死で血を止めようと努力する。


 田所が死んでしまったら、彼の部下は狂人しかいなくなる。


 頼む田所! 死なないでくれ!

ユウは心の底から願った……


 ──私のために!──


 …

 ……

 ………


 彼の願い虚しく田所は死んでしまった。


 ユウは泣きたくなった。絶望的な気分が彼を襲う。……明日からどうしよう…?

と思った時、田所の口から声が漏れた。


「ァァ……アアアアア……」


 それと同時に、死んだと思った田所が急に起き上がった。ユウは歓喜した。


「いきていたのか! 田所!」


「ウウァアア……ノ、……クレェェエェエエェ!」


 な、なんと言うことだ! 田所がゾンビになってしまっていた。田所はユウを視界に入れると、猛然と脳みそを喰らいにきた。

 仕方がないので、彼は田所の口に、その辺にあった棒切れを押し込み、猿轡さるぐつわを掛ける。


 最初は暴れた田所だが、徐々に正気に戻ったのか、大人しくなった。それどころか、会社への帰路では車までも運転してくれた。


「ァアアァ……アアアアア!」


 田所の言っていることをユウは分からなかったが、冒険者ギルドの悪口だと推察できた。田所はいつも帰りの車で冒険者ギルドをボロクソに言っていた。ゾンビは生前の記憶を頼りに同じことを繰り返すと聞く。ならば、冒険者ギルドの悪口に違いない。

 

 会社に戻り、ホトホト疲れ果てた私に係長の淀橋さんがユウに話しかけてきた。


「課長。女騎士さんがまたオークに捕まったらしいです」


 彼は目頭を押さえる。あの女騎士、また無謀にもオークに突っ込んだのだな、と疲れた思いがよぎる。またもやオーク達に謝罪しにいく必要があるのか、とユウは心の中で深いため息を吐いた。


「定時なのでお先でーす」


 そんな彼を後目に、淀橋さんがサッサと帰っていく…


(アンタに謝罪しに行って欲しかったのに…いや、淀橋さんを下手に謝罪へ行かせると、返って拗れるだろう)


 仕方がないと諦めたユウは、重い足を引きずり、電車でオーク達の元に向かう。


「オーク商事株式会社」……魔王製作所の子会社の一つである。


 受付を通され、応接室で待つ。ユウはオークが来るまで直立不動で待っていた。


 疲労した彼には数分でも立ちっぱなしは辛い。だが、謝罪しに来た者が太々しくソファに腰掛けていれば、相手が部屋に入って来た時どう思うか…ユウは気力で姿勢を正す。


 ガチャ、という音と共に、オークが入ってきた。間髪入れずユウは“誠に申し訳ありませんでした”と深々と謝罪する。


「いやー“ユウ”さん…頭をお上げください」


 オークの言葉にしばし時間を置き、彼は頭を上げる。その視線の先には荒縄で縛られた女騎士がいた。


「か、課長! わ、私なんかのために……私の命はどうなってもいい! 課長の命だけは! クッ…殺せ!」


 殺して欲しいのは"自分の方"だ、とユウは心で叫んだ。ユウは女騎士の頭を強引に下げさせ、自分も再度頭を下げる。


 帰り道に、女騎士にラーメンを奢り、そのまま別れた。ユウは今から会社に戻り、明日の予算会議に向けての資料作成が待っているのだ。

 しかし、予算と言っても、こんなポンコツ社員達を抱えていては、売上につながる成果が見えない……彼は頭を抱える。


 「くそ! なんで私は「魔王対策課」という得体の知れない課の課長なんてやってるんだ!

 魔王の前に社長を討伐してやりたい!」


ユウの絶叫が丑三つ時のオフィスに響いた。

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