第26話 空き家は怖いよ、気張れや乙女②

「えーなんですかこのおウチ! 森の中にある別荘みたいでステキですね」


 木造の平屋建ては軒先が大きく出て、ウッドデッキを日差しから守っている。そのそばにある薪棚にはこんもりと薪が積まれ、乾燥させられていた。ほんと、この家だけ別空間のあるみたい。って、え?


「薪棚にこんもり薪が積まれてる?」


 どういう状況よこれ。おじいちゃんたちが亡くなったときのものがそのままにされてるってこと? それならいいんだけど……なんか違和感ある。


 それとも管理をお願いしてる不動産屋が趣味でカッポンカッポン薪を切ったとか? んなわけないか。


 ウッドデッキに静かにあがって、大きな掃き出し窓から中を覗いてみる。カーテンがかかっていてよく見えないけど、なんだか窓ガラス自体磨き込まれてるみたいですごいキレイなんですけど。


 やっぱり不動産屋がメンテナンスをしてくれてるのかしら。


 ……でもなあ、鍵を受け取りに行く連絡をしたら、庭の鉢植えの下に隠してるんで勝手に取って下さい、って返してくるような業者よ? こんなにピカピカに窓を磨くなんてあり得ない気がするわ。


 もしかしてキレイ好きなホームレスかなんかが住み着いた? とにかく用心して中に入ってみるしかない。


 紫陽花の鉢植えを持ち上げて鍵を取り(紫陽花、丁寧に剪定されてるんですけど……)、恐る恐る玄関の鍵を開けた。ドアノブを回して扉を開ける。まるでよく遊びに来てた幼少時代のように、ガタつくこともなくスムーズに開いた。


 玄関も整然と整えられ、埃ひとつ落ちていない。おまけに揃えられたスリッパが2足、爪先を向こうに向けて置かれている。こ、怖いわよ。何者かが私たちを迎え入れようとしてるの?


「すごいキレイ。ほんとに誰も住んでないんですか?」


 エイルも家に入って早々に感じ取れる、ザ・清潔感に気づいたみたい。


「なんか家の中なのに空気まで澄んでる感じ」


 玄関で深呼吸するエイル。あれ、なんかちょっと浮かれてない?


 私、こういう家って苦手なのよね。キレイであることをこちらに強要してくるようで、変に気を遣っちゃう。うぅ、玄関に上がっただけで肩凝りそう。


 気味の悪いスリッパは無視して忍足で進み、リビングへと続くドアを開ける。


 何これ。木目のキレイな床はワックスで磨いたのかツヤツヤで、カーテンから漏れ入る陽光を静かに反射してる。テーブルにはシワひとつないクロスがぴんと張り、その上に恭しく燭台が置かれて貴族然と佇ずんじゃってるわ。


 おまけに暖炉のそばにはロッキングチェアが2脚、いつでもどうぞと構えている。うひゃー、こりゃただ事じゃないわ。何よこのいつでもおもてなしさせていただきますって雰囲気。


「ステキ、これでもう当面の宿には困らないですね」

「えっ? エイルここで寝泊まりするつもり?」

「こんなにキレイに保たれていて、言うことないじゃないですか」


 えー! スーパーの惣菜をお皿に盛り直すくらいちゃんとしてるエイルが、キレイってだけで不自然すぎるこの家で生活しようだなんて迂闊すぎない?


 それかちゃんとしてるが故にきちんと整っているという家の訴求力が強く働くのかしら。んーでもやっぱりこのまま住むなんて気持ち悪い!


「とにかく私、他の部屋の様子も見て回るから」


 不安だったけどエイルを部屋に残してリビングを出た。


 寝室はベッドにパリッとシーツが敷かれ、その上には折目正しく布団が畳まれていたし、トイレはトイレットペーパーの端が三角に折られていた。


 全ての部屋を見て回ったけど全部が全部この調子。一体この家に何が起きたって言うの? おじいちゃんたちが住んでたときだってこんなにキレイじゃなかったわよ。


 荒れすぎてて住むことを断念するってシミュレーションはすませてたけど、キレイすぎる想定はさすがにできていない。


 いよいよ混乱してリビングに戻ると、そこにはさらに奇妙な風景が待っていた。エイルがひとりキッチンに立って、何もないまな板の上を包丁で刻んでいる。


「……エ、エイル。何してるの?」


 エイルは私の顔を見るなりパァッと笑顔になり、


「おかえり。今、ヨルハンの好きなフレスケスタイを作ってるから。暖炉にでも当たって待ってて」


 意味不明なことを言い放つのだった。フ、フレスケ……なんですって? おままごとでもしてるのかしら。暖炉、火ぃついてないし……まだ暑い季節だし……。


「あの、エイル? どうしたの?」

「ヨルハンこそどうしたの? あ、お腹空きすぎて待てない? それなら冷蔵庫にリュドコールがあるからつまんでて」


 ダメだ、会話になんない。


 エイルは小鳥のように鼻唄をさえずりながらフレナンチャラを作っている。……可愛いんだけどね、うん。でもやっぱりおかしい。


 まだ会って間もないけど、一緒に酒を飲み交わし昼夜を共にした仲。エイルが急に謎のおままごとごっこをぶっ込んでくる難易度高めの女じゃないってことだけは確かだわ。


 そもそもなんでこんなわけわかんないことになっちゃったんだろ。家に入ってから変な兆候はあったのよね。キレイな家を怪しまずにすんなり受け入れて、あまつさえ無条件に住もうとしてたし。


 ……もしかしてこの家が原因?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る