第25話 空き家は怖いよ、気張れや乙女①

 空の旅を終えて、私たちは国東半島の端っこにポツンと位置する大分空港に降り立った。


 道中、手持ちのバッグに隠したスラチンが、可愛いキャビンアテンダント相手に情欲を爆発させそうになるなんてハプニングがありつつも、どうにか無事この地に着いた。


 まじでこいつの人格を矯正する手段を考えながら、私は故郷の別府市までエアライナーに揺られた。


 別府市には私の祖父母の家がある。と言ってもすでに2人とも他界してるし、私の両親は別のところに戸建ての一軒家を構えてるから、今はただの空き家。


 おじいちゃんが死んでから10年もの間だれも住んでない。正直住めるレベルで家として保たれてるか怪しいんだけど、その家を拠点に尋成を探すつもりなの。


 母親に家の状態を聞いてみたら、「廃墟になってない限りは大丈夫よ」というゼロ回答が返ってきた。電気も水道も放ったらかしで止めていないから、住む気さえあれば住めるらしい。まあ、最悪ホテルに泊まればいいんだけど。


 宿泊費は固定額が支給されるから、浮かせることができればまるまる私の財布に入るって寸法なのよね。え? せこい? 逞しく生きるための知恵だと解していただきたい。


 地元百貨店の前で停まったバスを降り、散策がてら歩いて祖父母の家に向かった。


「すごい人通りですね」


 エイルはすれ違う人と人に目を白黒させている。そうね、私たちが暮らす片田舎にはこんな人だかりはなかなかできない。と言ってもここ別府市も都会ってわけじゃなく、地方のいち観光都市なんだけど。


 道中にあるアーケード商店街は、平日の昼間ってのに探索者の往来で活況だ。近くにできたダンジョンの配置が秀逸で、商店街の出入り口に接続するように未知への大口を開けている。だからこのダンジョンに挑む探索者は否が応でも商店街を歩かないといけないの。


「へえ。じゃあダンジョンに救われた商店街ってことですか」


 うん、その通り。昔はアーケードなんて穴だらけ、シャッターを開けてる店の方が珍しいってくらい寂れてたのに、すごい変わりよう。この活気はダンジョンによってもたらされたと言っても過言じゃない。


 それにダンジョンで盛り上がってるのは商店街だけにとどまらないわ。例えば商店街を下って海岸沿いに出ると、そこにもダンジョンがある。


 地元じゃ海のそばにあるダンジョンだから「海ダン」なんて呼ばれてるんだけど、その海ダンを囲むようにホテルや旅館が建ち並んでる。言わずもがな、探索者の集客を見込んでのことよ。


 別府市はその面積の割にダンジョンの数が多く、発掘されるオーパーツも多種多様。効率的に色んなダンジョンを回れて稼ぎがいいことに加えて、温泉資源も豊富で疲れを癒すのにもちょうどいい。別府市はダンジョンと観光都市がコラボした、探索者にとっての人気スポットになっちゃったの。


「すごいですね。なんか逞しいなー」

「商売っ気の強い市民性なのかしら、経済がダンジョンを取り込んでしまった格好ね」


 私は祖父母の家に向かいしな、エイルに我が故郷を解説した。


「でも危険じゃないんですか? ダンジョンが近いってことは、魔物と隣り合わせってことですよね?」


 エイルの心配はもっともだ。実際、魔物がダンジョンから溢れて大きな被害を出した町だってたくさんあるし、中には集団疎開を余儀なくされた事例まである。


 ところがどっこい。ダンジョンと温泉と夢の街、別府。ダンジョンが探索者を呼び寄せ、呼ばれた探索者をターゲットに商売が成り立ち、さらに顧客満足度を満たすことでリピーターをゲットするという好循環が生まれることで、ダンジョン数は多いのものの、探索者によって魔物は常に間引かれて均衡を保っている。まさに永久機関がここ別府で完成してしまったのよ。


「ダンジョンが集積して、まさかそれがプラスに働くだなんて」


 さすがのエイルも驚いた様子だ。ふふふ、なんだか嬉しい。尋成ひろなり追跡の合間を縫って、エイルと地元を散策するのも楽しそうね。そのためにも根城はしっかり確保しておきたい。


 頼む、きれいとまではいかなくてもいいから、寝泊まりできるくらいに保たれていてくれ。


 私たちはダンジョンがもたらす活況から遠ざかるように、ひっそり静まる住宅地へと進んで行った。狭い路地の両側にへばりつくように密集して家々が建っている。


 私が昔住んでいた光景そのまんま。結構な年代物ばかりで、中には明らかに柱が傾いている家や錆びたトタン屋根が風に吹かれてカタカタ鳴っている家もある。


 きっと今の法律に照らしたら全部違法建築なんじゃないかしら。ここ一帯、そこはかとなく荒廃的で寂しい気配が漂っている。


 そんな危険なドミノ地帯に突如として開けた土地が現れる。ひしめく家々を押しやるように屈強な石壁に囲まれた200坪の庭、その真中にでーんと構える平屋建てのモダンな建物。そう、我が祖父母の邸宅よ。


 広い庭には周りの日照権なんて無視した大きなコナラや楓の木が植って、涼やかな木陰を作っている。そこに大きな岩がオブジェのように横たわり、マイナスイオン漂う森林が再現されてるような趣ね。小さい頃よく木登りしたり岩を秘密基地に見立てたりして遊んだもんだわ。


 私の祖父母は福祉事業で財を成した事業家みたいで、自宅も立派そのもの。でもその亡き後、商売に全く興味も才覚もない娘夫婦(私の両親ね)が事業を売っ払ってしまい、その財産で食い繋ぎながらくだらない官能小説を書き続けてるってわけ。


 もしその事業を引き継いで上手いことやってたら、今頃私は異跡管理局になんて勤めずに悠々自適な生活を送ってたかもしれない。何が「やんごとなき殿方の殿方」よ。最早あんたの頭がやんごとなさすぎて手に負えないわ。


 いやしかし、今は虚しいタラレバを妄想するより現実をしっかり見定めなきゃだけど。

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