第23話 烟る日常、飛び立て乙女⑤

「ヘリヤ、大丈夫?」


 私まで支所長の隣で困り顔して唸っていたら、高倉健たかくらけんことスラチンが心配そうに顔を覗き込んできた。大丈夫よスラチン。あんたの生体GPSは絶対に無駄にしないから。


 ……あ! そうね、それよ! 名案、というか賭けだけど閃いたわ! この性根の腐った髭親父なら乗ってくるかも。というか乗りなさい!


「あの、支所長」

「なんだね! 今考え事をしているんだ、話しかけないでくれ!」


 どうせ保身のことで頭がいっぱいなんでしょ。むしろそんなあんたにとって助け舟だっつの。


「この高倉健さんなんですけど」

「だから話しかけるなと……。た、高倉健? 本物か?」


 不意の高倉健に驚いた支所長は、感情の隙を突かれたみたいで怒りがどっかにいったみたいだ。


「探索者のそっくりさんです」

「そ、そうだよな。目が、何と言うか無邪気にすぎるし」


 いや、スラチン自体は性欲という邪気に満ち満ちてるんだけどね。まあどうでもい

い。とにかく大人しく私の話を聞きなさい。


「この健さん、人探しのスキルをお持ちのようで」

「……人探しのスキル。……そっ、それは本当ですか?」


 どうやら今のでピンと来たらしい。さすがゲス髭、こうなれば話は早い


「離れすぎてるとざっくりした位置しかわからないらしいんですけど。近づけば近づくほど精度はあがるみたいで。ね? そうですよね?」


 私は適当に話を合わせるようスラチンに目配せした。


「うん。今はまだ南の方に移動した、としかわからないけど」


 よしよし、その調子よスラチン。


「あなたのスキルがあれば、その犯人を見つけることは可能なんですか?」


 ちょび髭は先程の狼狽ぶりから一転、眉根をきりりとさせて丁寧な言葉遣いでスラチンに質問した。


「大まかな位置はわかってるからね。近づくことさえできれば……」

「ふむふむ。なるほど……」


 支所長は自慢のちょび髭を親指と中指の腹でつまみ上げながら、何やら腹の中でよからぬことを算段している。そう、いいわその調子よ。


「大まかな位置っていうのは、どの辺ですかね?」

「うーん、そうだなー」

「どれくらいの時間飛んでいたかわかる?」


 私はそっとスラチンの耳元に尋ねた。


「……2時間くらいかな」


 ここから飛行機で南に2時間ほどということは……よかった、余裕で日本国内。しかも尋成ひろなりは私の故郷、九州に降り立った可能性がむちゃくちゃ高い。


「支所長、この盗人は九州にいる可能性が高そうです」


 魔物のスラチンがしゃべるとボロが出そう、というか100パー出るので私が会話を引き継いだ。支所長は髭を弄り回すのを止め、腕組みをして考え込んでいる。


 さあ、決断するの。管理職として下しちゃならない最低の決断を。あなたならできる!


 ちょび髭は腕組みをとき、腰に手を当てて私に視線を移した。


「ヘリヤ君。キミ、長期研修に行ってみないかい?」

「長期研修?」

「ああ。ここと違って九州の方ではダンジョンの数も多いし、ダンジョン産業も盛んだ。支所内にダンジョンが現れたって実例も10はくだらない。ようはダンジョン管理の先進地なわけだ」


 九州がダンジョン管理の先進地……確かに数は多いけど、そんなの初めて聞いたわ。まあでもそういうことね。ひどいこじつけだけど全然オーケー。


「ダンジョン出現による混乱は仕方のないことだが、オーパーツの紛失は当時ひとりで対応したキミの不手際とも言える。とは言えまあ、部下の失敗をカバーするのも支所長である私の仕事だ。ということで先進地視察で九州へ飛び、キミに最新のダンジョン管理を学ばせてあげようと思う」


 はあ? 私の不手際だとこんちくしょうめ。だったら部下ひとりを置いて飲みに行ったてめえの監督責任はどうなんだこのやろう。あげく学ばせてあげよう、とかまじで何様なの。


「それにヘリヤ君。キミの探索者としての不名誉も挽回させてあげようと思ってね」

「た、探索者としての不名誉?」


 何言い出すんだこのおっさん。お前が無理やり私を探索者に仕立ててダンジョンにもぐらせたんだろうが。名誉もへったくれもあるわけない。


「初任務、結局失敗に終わってしまったじゃないか。急な任務だったが、新ダンジョンにもぐったことがあるのはキミしかいない。あのとき考え得る最適な人選だっただけに、私も残念に思っている。それも指定つきのVIP依頼だ。失敗には相応のリスクがつきまとう」


 指定つきVIP依頼の失敗、探索者のランク査定に大きくマイナス評価が加えられるし、対外的な信用も落ちちゃうんだけど。……あほか、いち事務職員の私にそれはリスクでもなんでもないわ。


「だが私も鬼じゃない。可愛い部下が私のために頑張ってくれたのは重々承知している。そこでだ。このVIP依頼、期間を伸ばしてあげようと思っているんだが」

「期間を伸ばす?」

「ああ。私が思うに、あれほどの素敵デスク、そうそうお目にかかれない。盗人はオーパーツとともに私のデスクも一緒に盗って行ったのではないかと踏んでいる」


 査定待ちのオーパーツと自分のしょうもない私物を同価値と見るなんて、さすがだわ。呆れて言葉が出ない。


「そこでだ。九州で先進地視察をしながら、私のデスク、果ては盗まれたオーパーツを取り戻してくるんだ」


 んんんん。むかつく言い回しにむかつく理屈だけど、まあ私の求めていた回答だからよしとしよう。120%自分本位の超ご都合命令。私が見込んだ以上の見事なゲスっぷりである。


「なに、支所のことは気にしなくていい。どうせしばらくは新ダンションの査定とか、なんやかんやで通常業務はままならんだろうし」


 こいつはオーパーツ紛失を本部に報告せず、仕事と称して私を九州へ送り込んでオーパーツを回収させようという魂胆なのだ。しかも多分、このお馬鹿なお髭さんは私の否をあげつらって(てか私に否なんてないんだけど!)上手いこと私の退路を断ったつもりでいるらしい。


 きいーっ! 願ったり叶ったりだけど気に食わなすぎるー! あ、そういえば。


「あの、急に長期出張を提案されて戸惑いもあるんですが……。経済的な負担も大きいだろうし」

「そんなことか。なに、心配はいらない。公務だから給料はちゃんと出る。視察や探索にかかる旅費はもちろん支所から出すし、宿泊費だって全額支給だ。県外出張だし日当もつくぞ」


 オーケーわかったわ、仕方ないけどそれで手を打ちましょう。上手くすりゃ貯金の足しになるかも。

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