第22話 烟る日常、飛び立て乙女④

「なんだって! 僕のアンティーク机が見つからなかっただと!」


 支所長はちょび髭を逆立て真っ赤な顔でがなり立てた。無事ダンジョンから帰還したら、その入口で待ち構えていた支所長につかまってしまった。どのみちオーパーツのことを話さないといけないからいいんだけど、なんというか萎える。


「途中、出会った探索者の方に協力もしてもらったんですが……」


 エイルとスラチンをちらっと見て、遺憾だ、と言わんばかりに私は首を振った。


「さらにもうひとつ報告がありまして」

「うるさい! こっちはVIP権限使ってんだぞ! もっぺんもぐってこい!」


 めめめ、面倒くせえな腐れひげが。貴様の私物なんてまじでどうでもいいの、こっちが本題よ。


「ちょび……、いえ。支所長の私物にも関係するかもしれないことです」

「なんだと! それならさっさと報告しないか」


 やっぱり黙っとこうかしら。これ以上ないくらい労働意欲をがっつり削られ、私はなおざりの心が首をもたげる。でもダンジョンにまで入って探したし、ここで投げ出すのも今更感だわね。


「保管庫のオーパーツが何者かに全て盗まれていました」

「……な、なんだって?」


 支所長の顔色が赤から青に変わっていく。真玉海岸またまかいがんの夕日みたいに綺麗なグラデーションね。懐かしい、故郷の九州を思い出すわ。


 郷愁の念を想起させる支所長の顔面をチラ見しながら、おそらく局の鍵を盗んで使用したこと、監視カメラにその姿が映っているかもしれないこと、高倉健たかくらけんさんの魔法でざっくりと位置を追えることを説明した。


「た、田中君は一体何をしていたんだ。交代のときにはそんなこと一言も言ってなかったぞ」

「田中さんはきっと何かあれば言うはずです。それがないと言うことは」

「やつも共犯ということか!」


 ち、違うはず。でも尋成ひろなりのスキルの詳細を話すと私との関係が疑われるし、うーん。適当にごまかすしかない。


「何かそうできない理由があるのかも。犯人のスキルで行動を制限されているとか。とにかく監視カメラのログを見てみましょう」


 私は支所長の意識を逸らすために行動を促した。でも誰の責任だなんだと、まだぶつくさ言っている。


 まあ、気持ちはわからんでもない。オーパーツ紛失はかなりの厳罰なのだ。ダンジョンから発掘されるオーパーツは基本的に国に帰属する、そしてオーパーツ含めてダンジョンを管理するのは異跡管理局の義務だと異跡管理法で定められている。


 だから探索者は発掘したオーパーツを必ず局に渡さなければならないし、局はその価値に見合った報酬を探索者に支払う。オーパーツを買い取る、ではなく発掘という労働に対する報酬、なのだ。


 そうして集められたオーパーツ、ようは国の資源を紛失するなんてことを起こした支所はどデカいマイナス査定を受けて給料もボーナスも引き下げられ、支所長も首のすげ替えだ。


 きっとこのことが明るみになればちょび髭は降格か左遷、もしくはそのダブルパンチだろうな。これを教訓にケチってた警備費に予算をもっと回すことね。


 まあ、知ったこっちゃないけど。


「今回は支所内にダンジョンが現れるという超非常事態だしオーパーツを紛失したとは言え情状酌量の余地は十分あるわけで例えその日に大酒喰らってクラブのママの太ももをさすりあわよくばアフターとか思いつつも体よく追い返されたとしても私の地位はうんたらかんたら」


 クソ寒い呪文を聞き流しつつ……って聞き流せねえわ。まじ最低だな小汚ねえエロ親父め。……ふぅ、とにかく警備員のおっちゃんに監視カメラの映像を再生してもらう。


 画面には予想通り、ダンジョンの入口から現れた尋成が田中さんを剣で脅していた。そしてキーボックスから保管庫の鍵を奪った後、田中さんの頭に黒いオーラを纏った手で触れた。


 その途端、田中さんは尋成のことなんて忘れたようにデスクへ向かい、仕事をし始めたのだ。


 なんだかもの凄くグロいものを見せられた気分に陥った。こうも気安く人の記憶に干渉できるなんて。記憶を奪われたた田中さんは、尋成が再びダンジョンにもぐろうとしていることを気にもとめず、パソコンの画面に向かい合っている。


「……支所長。この男の手、見ましたか? 明らかに何らかのスキルを田中さんに使っていますよ」


 横の支所長を見据えると、彼も驚きの表情で画面を覗き込んでいる。よし、ひとまず田中さんの無罪は証明できたわね。


 尋成が鍵を持ってダンジョンに戻って以降、早送りで監視映像を見たけど、再びやつが姿を現すことはなかった。スラチンの言葉を信じるならダンジョンからは出ているはず。きっと中で繋がっている古い方のダンジョンから出たんでしょうね。


「……ぬぬぬ」


 支所長は眉間に深々とシワを刻んで考え込んでいる。ぬぬぬ、じゃないのよ。本部と警察にとっとと届け出てついでにその首飛ばしてもらいなさいって。


 ……いや待てよ、ほんとにそれでいいのかしら。この腐れちょび髭が局内で居場所を失うのは愉快だけど、こちらも減給を喰らってしまう。


 何よりだ。不祥事を起こした支所には内部管理を徹底的に見直すために、超お堅くて厳しいリスク管理部の人が本部から送り込まれるのが通例なの。そんな人が支所長になろうもんなら低賃金の上に重労働、心身ともに疲弊しきっちゃうこと請け合いだわ。


 それはなんとしても避けなくちゃ。……尋成追うどころじゃなくなるし。ううーん。

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