第15話 目覚める力、震えよ乙女①

 スラチンが言うには、私たちと別れた後ゴーレムから元の姿に戻った尋成ひろなりは、一旦ダンジョンの外に出たらしい。


 でもしばらくすると保管庫の鍵を持って降りてきて、四次元ポーチに保管庫の中身を一切合切つめて再びダンジョンの外に姿を消したようだ。


 ああ、判断を誤った。尋成をひとりダンジョンに残して行くんじゃなかった。正直、心はもういっぱいいっぱいで一刻も早くこの忌まわしいダンジョンから出たかった。あいつのそばにいることだって苦痛でしかたなかったの。


 ……まさかあいつがここまでゲスな悪党だったなんて。


 きっと田中さんを脅してキーボックスから鍵を取ったに違いない。その後、記憶の簒奪者シーフオブメモリーで田中さんから自分や鍵に関する記憶を奪ったんだわ。……許せない。まじでなんなのあいつ。人をなんだと思ってるのよ。


 肩を震わせて泣くエイルの姿や、猛烈な勢いでキーボードを叩く田中さんの背中が脳裏に浮かんだ。どこまで人の気持ちを踏みにじるんだ。


 決めた。地獄の果てまであいつを追って、しばき殺す。


 あわよくば身包み剥がして貸した100万円も回収よ。


 てかあああああーっ、腹立つっ! ついでにあのちょび髭もぎゃふんと言わせてやりてぇーっ! ゴキ○リホイホイの粘着面をその嫌らしい鼻下に引っ付けてダッセーちょび髭ひっぺがしてぇーっ! てか金でもアンティーク家具でも何でもいいから餌にして尋成もちょび髭も、いや局のヤローどもまとめてホイホイしてやりてぇーっ!


 どうにか腹におさめていたいろんな怒りが尋成によって解き放たれた。この期に及んで私の感情を逆立てるなんて、あいつほんとクズとして優秀すぎるわ。


(……ヘ、ヘリヤ……さん?)


 あん? 何よスラチン。今湧き上がる怒りの奔流に身を委ねつつ、こうやってヒロインて闇堕ちするのかしら、なんてちょっぴり自意識過剰めな恍惚感すら抱き始めて気持ちよくなってたのに。水差さないでくれる?


(……こ、怖いんだけど)


 スラチンは私の方を見てゼリーみたいな体をおいしそうにプルプル震わせている。こいつ、そう言えば初対面のときも私のこと変態鬼女だと抜かしやがってたな。


「うるさいわね。今、尋成のせいで怒りが絶頂なのよ。もしこれがフィクションなら私の髪の毛は怒りで逆立って天を衝いちゃう勢いなわけ。すごくない? 怒髪天なわけですよ。そんな心情なわけだから余計なこと言ってるとまずはあんたで軽ーく肩慣らししちゃうわよ」


(ち、違うくて。その、あ、足元……)


 足元? んぎゃ! なな、何よこれ!


 私の足元からいつの間にか赤黒くただれた顔のようなものが無数に湧き出ていた。怨念のように黒く沈んだ眼窩に地獄の怨嗟をあげる口。陰々と3つの穴を開けた亡者の顔がグラグラ煮えたぎるマグマのように、私の足元を中心にして次々と地面に現れる。


「どどどどうなってんのよ!」

(むむむ、無理。生理的に無理)


 怯えるスラチンはぴょんと私の肩に飛び乗った。薄気味悪い顔は脈打ちながら床から壁そして天井と、ダンジョンの内側を覆っていく。


「こ、これって魔物なわけ?」

(知らない! こんなやつ見たことないよ!)


 スラチンは慄きながら早口に叫んだ。大した期待はしてなかったけど、もう少し役に立ってほしい。

 それならばとステータスボードを開いてエンカウント情報をのぞくけど、そこにもなんの情報もない。魔物なら遭遇時点で名前程度は載るはずだ。


「こいつら一体なんなのよっ!」


 おびただしい無数の顔は脈動しながら盛んに何かを呻いている。数が増すごとにその声量も大きくなり、ダンジョン内で反響しつつもどうにか聞き取れる程度になった。


「……憎い」「……どうして私が」「……皆のためにあんなに頑張ったのに」「……殺してやる」


 内容はバラバラだけど、一貫して何かに対する恨みつらみを訴えている。え、これもしかして私の内なる声でしたーみたいなことないわよね? それだったらちょっとエフェクトきつすぎなんですけど? こんなわけわかんないキモ顔召喚しまくるほど別にキレてないし。いや、キレてはいるんだけどさ。


(ヘリヤ、スキル欄のとこ……)


 スラチンが私の頬にくっつくようにして身を乗り出し、ステータスボードをのぞいている。あんた何よ、この非常事態に便乗してセクハラかましたろーってんじゃないでしょうね。でも肩の上のスラチンからはそんな気配はまるでなく、ただ食い入るように私のスキル名に見入っている。


 促されてステータスボードに目をやると、スキルの項目の「異跡乙女」からツリーが下に伸びていて、新たに「暴く者エクスカベーター」という文字が記載されている。


 い、いつの間に。てか新たにスキルを習得するほどのことがあったかしら。魔物だって昨日から数えてもまともに遭遇したのはスラチンとオセくらいなもんよ。あとはスラチンに尖兵のまねごとをさせてこそこそ逃げてたし。


(新しいスキル、使用中になってるみたいなんだけど)

「え、嘘? ホントだ!」アクティブな状態になってる。

(ねえ、もしかしたらこのスキルが関係してるんじゃない?)

「何言ってんのよ。今の惨状に関係してるスキルなんて、やばい臭いしかしないじゃない」

(そうなんだけど……)

「冗談言わないでよ」


 軽くたしなめつつも結構びびってしまってる。ただでさえダンジョンにもぐるの怖いのに、まさかホラー要素までぶっ込んでくるんだもん。しかも私のスキルが関係してる?


 ……もうさっさとダンジョンから出よう。そして金輪際足を踏み入れないことにしよう。私の日常を取り戻すの。さあ、早くあの坂を――。


「……嘘でしょ」


 私は絶句した。振り返った先では一際でかいキモ顔が出口を塞いでしまっていた。


「ぶぅらぁめぇしぃやぁぁぁぁー」


 地を這うような声でぼえぼえ恨み言をほざいてる。恨めしいのはあんたの方よ。退くか消えるかしなさい。エクスカベーターのスキルを解こうとするけど全然解除できない。どういうことなのよ。ほんとにこの状況が私のスキルのせいだって言うの?

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