第16話 目覚める力、震えよ乙女②
「おゔぉろろろろぉぉぉーっ」
……おいおい、おゔぉろろろろぉぉぉーじゃねえよ、汚えよ。どデカい顔が灰色の吐瀉物を景気よく撒き散らした。
出口を塞ぐに飽き足らずいきなりゲロるとかどういう了見なわけ? 私だって二日酔いになるくらい深酒しても、エイルを起こさないようにひっそりトイレで吐くくらいのエチケットは心得てるのに。
(ヘリヤっ!)
スラチンが鋭く叫ぶ。普通ならうっさいわねと一喝するところだけど、その叫声には仕方のない理由があった。吐き出された灰色のゲロの中から人がひとり、ぬらりと不穏な雰囲気を孕んで立ち上がったのよ。もしかしてあのキモ顔、魔物かなんか吐き出してやがったのかしら。
私を見つけたみたいで、ゲロを滴らせドス黒い瞳でこちらを見つめてくる。恐怖と怒りがないまぜになったような痛々しい視線だった。
顔にべっとり張りついた髪の毛は顎辺りで切り揃えられていて、胸の膨らみや体つきからするにどうやら女みたい。ゲロの灰色にまみれてしまってるけど、多分白のカートルを身につけていて、足元には鎖のようなものが千切れ落ちている。
ああ、関わりたくない。わけわからんキモ顔のゲロから登場するようなエキセントリックな人となんてどう考えてもお近づきにはなりたくないし、むしろ全力で関わりの火種を消す努力をするわ。
「……あなたも……なの?」
ゲロ女が何かを呟いたみたいだけど、ダンジョン中を埋め尽くすキモ顔のせいでよく聞き取れない。キモ顔は幽鬼のように輪郭が解けては現れ、膨張しては収縮し、怨嗟の声をあげている。
どうしよう。今すぐここから逃げ出したい。逃げ出したいんだけど出口は塞がれちゃってるし。……んー! よし、頑張ってみよう。
「あ、あのっ!」
正直嫌だったんだけど、話し掛けてみることにした。何を言っているかまるでわからないけど、しゃべれはするみたいだし。
「あなたの後ろの変な顔! その後ろにダンジョンの出口があるの!」
キモ顔のうめき声に負けないように声を張った。どうやら聞こえてはいるみたいで、ゲロ女がぴくっと反応した。
「私、帰りたいの! どうやったらいいかな? そのでっかい顔、邪魔なの! どけたいのよ!」
とりあえず私の目下の願いを伝えてみた。「ああ、ですよね。気づかずすみません。今すぐどけますから、どうぞどうぞ。お通りください」っていうイージーモードな展開を切に希望してるんだけど。
……あ、無理っぽい。
ゲロ女の表情がみるみる険しくなっていって、私を憎しみで塗り潰したかのような目で睨みつけてくる。
「私のことが邪魔だと! やっぱりそうだ! あなたもあいつらと同じ!」
急に激昂したゲロ女に呼応して、キモ顔たちの目と口からほの暗い何かが漂いだし、その呻き声は音量を増していく。
「え、いや、あなたが邪魔っていうわけじゃなくて。もしかしてそのキモ顔、じゃなくてご尊顔、お友達だった? ごめんなさいね」
慌てて謝るけどすでに聞く耳は持っていない。ゲロ女が掌を天井にかざすと、その手中に長い柄が表出した。先端には何やら布が垂れ下がっている。旗かしら、あれ。
そんなことより完全ミスった。ゲロから現われた時点でやばい女とは思っていたけど、ここまでヒスってるとは想定外。
「聖女カタリナ、聖女マルガリタ、そして大天使ミカエル! 私の声を聞き届けて!」
ゲロ女はそう言うと手にした旗を私に向かって振りかざした。ん、今このメンヘラなんつった? カタリナにマルガリタ、ミカエルですって?
「コンピエーニュの轍は踏まない! 徹底的に抗戦してやるんだから! さあ、来なさい!」
コ、コンピエーニュ・・・・・・。まさかこのゲロ女・・・・・・。
でも悠長に思考を巡らす余裕はない。キモ顔がずるずるとその首をもたげ、地面から壁から天井から、赤黒く煮えたぎる体を引きずり這い出てきたのだ。漆黒に染まった目はまるで「生」を否定するように「無」そのもので、ぽっかり開いた口はこの世の全てを飲み込んでしまうブラックホール。黒い瘴気を全身から漂わせ、緩慢な動きで体をゆらゆら揺らしている。
いよいよやばいんじゃないだろうか。出口はすぐそこ、なんて言っている場合じゃない。
(ヘ、ヘリヤ・・・・・・、どうしよう。なんかやばいよ)
スラチンもこの惨状に体を震わせている。
(ねえ、早く逃げようよ! 絶対これ襲ってくるやつだよ)
わかってるわよ。でもこの状況でどこに逃げろって言うの? 十数体のキモ顔に囲まれちゃってるし、そもそもまだダンジョンに埋まってる数の方が圧倒的に多い。例えこの囲いを抜けれたとしても、果たして逃げおおせるの?
「進軍!」
ゲロ女のかけ声とともに、キモ顔が緩慢な動きで私たちに迫ってきた。
「ス、スラチン! スキルとか魔法とか、なんでもいいからあいつらにぶっ放して!」
(ええ、そんなこと言われても・・・・・・。ヘリヤ、あのすごい剣持ってないの?)
「持ってない! お願い、スラチンだけが頼りなの!」
レイピアごときが通用するとはとても思えない。とは言えスラチンに頼るのもどうかと思うけど、それ以外に対抗し得る手段はない。
(ぼ、僕だけが頼り?)
スラチンは私の肩の上でおずおずと聞き返してきた。
「ええ! スラチンしかいない!」
(もし切り抜けられたら、ヘリヤのおっぱいで僕を挟んでヴァインヴァインしてくれる?)
ヴァって何よヴァって。Vの発音秀逸かよ。この状況をどうにかできるんなら何だってしてやるわ!
「ええ! 思う存分ヴァインヴァインよ!」
そう叫ぶや、スラチンはみるみる顔に闘志を漲らせ、下心を燃料に瞳を燃え盛らせた。
(ヘリヤがそこまで言うんなら・・・・・・見せてあげるよ、僕の真の力を)
私の肩から地面に降り立つと、スラチンは高速で震えだし「キーン」と耳障りな高音とともに眩い輝きを放った。すごい、光る体から凄まじいエネルギーを感じるわ。
「スヘルギ・デ・デボルボン・スヴァーヴァ・ショ・ゴッスチン流闘術、終の型!」
ス、スルメに・・・・・・デコポン? まあいいや! とにかく頼んます!
スラチンの放つ光はいよいよ最高潮に達し、夜空の恒星もかくありなんと思えるほどの輝きだ。
「流星☆体当たりーっ!」
気迫あふれるかけ声とともに、希望の星と化したスラチンはピョンコピョンコと一番近くにいるキモ顔を標的に跳ねていった。
「とぅりゃーっっっ!」
キモ顔をキモ顔と呼ばしめるキモ顔めがけて跳ね上がるスラチン。
ずるっぽん。
なんと輝けるシューティングスターは乙女の切なる祈りなんてなんのその、自らブラックホールにその身を捧げ、私の希望を乗っけたままきれいさっぱり姿を消し去ったのだった。
まじかよスラチン・・・・・・。まさかキモ顔に飲み込まれちゃうなんて。一体なんだったの、終の型って。あんたはこれで終わったのかもしんないけど、残された私はどうなるのよ。
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