第13話 髭と涙と、ゼリーと乙女②
「
支所長が私に向かってちょび髭を震わせた。ちょっとでかい声出さないでくれますか、頭に響くんで。
「キミは今、誰よりもこのダンジョンに詳しい! もう一度もぐって僕の貴重なコレクションを救い出してきてはくれまいか? 何人かここから連れて行っていいから」
なぜこんなのが管理職という地位にのさばっているんだろう。あんたのためにダンジョンもぐるなんて絶対嫌よ。冗談はシロクロ映画のコメディアンみたいなちょび髭だけにしてほしいわね。
「保管庫の運搬業者に頼んだらよくないですか、ついでに周辺見てって。明日には国選が査定にも来ますし」
「ダメだ! その間に何かあったらどうするんだ? キミの半年分の給料でもきかん額なんだぞ!」
るっさいなーもー! 寝言は寝て言え! こちとら二日酔いじゃい!
「私はいち事務職員です。支所長の私物を探すために危険なダンジョンになんて入れません。探索者に依頼でも出したらどうですか」
ってかそんなに大事なら自分でダンジョンにもぐればいいじゃない。私は深酒のダメージでキリキリ痛むこめかみを押さえながら支所長を睨みつけた。
「くっ、貴様……」
くっ貴様、じゃないわよ。字面だけ見たら強敵とやり合う主人公のごとしね。その実態は二日酔いの部下にやり込められるダメ上司の台詞なんだけど。
支所長は乱暴な手つきで業務用のモバイル端末を取り出した。忙しくタッチパネルをいじくっている。……何してんのかしら。やがて水戸黄門様のご印籠よろしく、落ち着き払って端末の画面を私に見せてきた。
「阿沙加君。昨夜キミは自分を探索者として申請していたよ。多分、緊急探索申請と間違えたんだろうな。キミらしくもない。でだ、たった今決裁をすませた。キミはこの瞬間から立派な探索者というわけだ」
はあ? ちょっとちょび髭何言ってんの? 画面を食い入るように見ると、しかしどうやらまじでミスってる。慌ててたしな、ってなんで私が探索者にならなきゃいけないのよ!
「さらに、だ。緊急依頼をVIP権限、しかもキミ指定で出しておいたよ」
なんですって!
「ビ、VIP権限って」
「そうだ。知っての通り、支所長は局の効率的かつ適切に運営するため強い権限を持つ。VIP権限で依頼を指定された探索者は原則その依頼を断れない!」
な、なんてこと! ……悪魔……こいつ、おかしな髭に魔性が宿ったに違いないわ。そこまでして古臭い机を取り戻したいの?
「職員を連れて行くことはならんよ。キミが言ったことだ。大事な職員を危険な目に合わせるようなことはできないからね」
……そうですか、すでに私への嫌がらせにシフトずみですか。二日酔いのいらいらで突っかかったことを少しだけ後悔しそう。
「まあキミも職員には違いない。局の備品は好きに使って構わんよ。依頼の期限は今日いっぱいだ。さあ、早くダンジョンに向かいたまえ。はっはっはっは!」
支所長は勝ち誇ったように高笑いを響かせこの場から去って行った。……うう、あんまりよ。マジでクソだわこの田舎支所。
私が何したっていうのよ。そりゃちょっと生意気だったかもだけど、全部正論じゃない?
VIP権限つき依頼を拒否するにはそれなりの金を払わないといけない。……
……ああもう! やってやるわよ! ひとりでダンジョンもぐっちゃるー! ファーーーーック!
超絶気に食わないけどもう一度ダンジョンに入ることに決めた。支所長の机なんてどうでもいい。昨夜、結構深くもぐったけど支所長の私物らしきものは全然なかった。探すだけ無駄よ。せめて保管庫のオーパーツだけでも取り出して来よう。
雑然としている備品棚から大容量の四次元ポーチと浮遊光を引っ張り出し、念のため身を守るものも持って行こうとして、はたと気づく。しまった、
しかしまぁ、この支所で局員専用装備を引っ提げてダンジョンに乗り込もうなんて人いるわけない。当分なくても誰も気づかないでしょ。
気休めにレイピアを掴み、今度は保管庫の鍵を取りにキーボックスへ。……あれ、保管庫の鍵がないぞ。なんでだろう、いくら探しても見当たらない。
もしかしてダンジョンが現れる振動でどこかに転がってしまったのかしら。でもキーボックス自体施錠されていて、局員の指紋認証でしか開かないのに。
不審に思いながらも、とりあえずマスターキーを持ってダンジョンへ入って行った。
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