第10話 出会いは尊し、杯乾せ乙女②

 洞窟のホールを出発し、歩くこと30分。ダンジョンの入り口近くにようやく到着した。保管庫を探しに入ったときと比べ、疑似現実トロメアのおかげもありサクサク引き返すことができた。


「保管庫、ここに置いといて。あんたは姿が元に戻るまでダンジョン内にいなさい」


 ゴーレム姿の尋成ひろなりに運び出させるわけにもいかず、かと言って人力で持ち運べるものでもない。入り口近くなら、局に戻って運搬の手配をすればすぐに運び出せるし、ダンジョンが不安定でもそこまで影響は受けないでだろう。


(ヘリヤ、僕はどうなるの?)


 スラチンが寂しそうな視線を送ってくる。そんなもの、私が知るわけないじゃない。ひとつ言えることは、いつまでもち○びにぶら下がってんじゃねーってこと。


「私はダンジョンの外に戻るし、ここでお別れね。スラチンを外に連れて行くわけにはいかないの。短い間だったけど、おかげで安全に探索できたわ。ありがとう」

(そんな、せっかく仲良くなれたのに)


 こちとらお前と仲良くしたつもりなんて全くない。


「私たちの社会じゃ魔物は敵なの。一緒には行けないわ。ごめんね」


 せめて優しくあしらってあげる。探索で助けられたのは事実だしね。ステータスボードを呼び出し、スキルの設定欄に進む。「案内役コンダクター解除」のタグを視線誘導でクリックすると、不快な鎖が光の粒子になって解けていった。


「コポォ……」


 コンダクターの鎖が消えてスラチンの言葉もわからなくなった。……全身から残念オーラが溢れ出してるけど、うん、気づかない。


「じゃーね」


 問答無用で別れを告げて、私は入り口に繋がる傾斜を登っていった。行きはあんなに怖くておっかなびっくりだったこの坂も、今じゃ足取り軽くすいすい登れる。でも、どうしても気になることがひとつ。


「エイルって言ったわね。あんた、何ついて来てんの」


 いくらゴーレム姿になったとは言え、尋成のパーティなんだから私にのこのこついてこないでよ。


「あの……さっきはすみませんでした」

「あぁ、いいのよ。オセの魔力のせいだったみたいだし。私のためを思うなら、きれいさっぱり忘れてちょうだい」


 謝りたくてここまで来たのかしら。悪い子ではないんだろうけど。そうなんだろうけど。なんでまだついて来てんのよ。あんたの存在を感じるたびにさっきの悲惨な気持ちが迫り上がって来て、ダークサイドに突き落とされそうになるってーの。


「こんなお願い、とてもできる立場じゃないんですけど」

 震える小鹿のような声が私の背中を追う。

「私、行くあてがなくて……」


 ……はあ? 全言撤回、こいつ絶対尋成にぶら下がって生活してたんだ。黒も黒、真っ黒じゃん。何がヘドが出るほど嫌い、よ。男に依存しておいてその言い草はないでしょ。


「だったら今すぐ下に戻ればいいじゃない」


 尋成のゴーレム化が解ければあんたは元通りの生活を送れるわ。それこそ、阿呆な名前の女を笑いながら楽しくおかしく過ごせるでしょうよ。


「ち、違うんです。待ってください。……あの人のスキル、知っていますか?」


 あいつのスキル? 知るわけないじゃない。私は異跡管理局員であっても、別にダンジョンそのものやスキルなんてものに興味があるわけじゃないわよ。安定、それが私が局員をである唯一の理由。


「『記憶の簒奪者シーフオブメモリー』……ステータスボードにはそう記されていました。私、あの人に大事な記憶を奪われていたんです」

「どういうこと?」


 ……まさかこの子も尋成の被害者とか?


「私、恋人がいたんです。事故で死んでしまったんですけど。彼が死んだとき、この世の終わり、そう思いました。後を追おうともしたんですが、あの人が急に現れて。一目惚れした、忘れさせてあげるから俺と一緒にいてほしい、そう言って無理矢理私から恋人の記憶を奪ったんです」


「尋成はスキルを使って、他人から記憶を奪えるってこと?」


「はい。恋人以外の記憶ははっきりあったので、その人の記憶を全て奪い取るようなことはできないんじゃないかと。……あ、対象は1人だけのようなので、ヘリヤさんが記憶をもし奪われていたとしても、シーフオブメモリーを私に使った時点で効力は消えているはずです。心配しないでください」


 いや、自分の心配をしているわけじゃない。尋成のドス黒さに戦慄してんの。


 死んだ恋人の記憶を奪って、自分が恋人になろうとしたってこと? ……あいつサイコパスかよ。記憶を奪ったのはきっとつらい気持ちを慮って、とかじゃない。


 好みの外見の女性を見つけたからものにしたい、でも悲しみに寄り添うようなことは面倒臭いから手っ取り早く奪った。それが相手にとってどういうものかなんて想像すらせず。


 しかも、多分なんの後ろめたさも感じずやってんだろうな。……私、何でそんなやつを好きだったんだろ。完全吹っ切れたわ。


「記憶を奪われた後も、空白が私の中で日に日に存在感を強めていって。でも何かを奪われたことはわかっていても、何を奪われたのかはわからない。頭がおかしくなりそうなほどの不安に襲われました。自分が決定的に歪められてしまったような。だから、取り返そうと思ったんです。それであの人に自ら近づいて……」


 エイルの沈んだ表情を見て、私の背中に怖気が走った。

「あんた、まさかそれであいつにいいようにされてたんじゃ……」

 つい口走ってしまった。それが事実ならこうして聞かれるのも辛いだろうに。


「いえ、それは大丈夫です。私強いので」

 エイルは視線を落としたまま、薄暗く笑んだ。

「襲われかけたんですけど、返り討ちにしてやりましたよ。ようやくあのゲスから解放されると思うと……嬉しくて嬉しくて」


 その割には笑顔が怖いんだが。でも解放されるということは、

「記憶、戻ったの?」

「はい。あの人がゴーレムに姿を変えられたとき、効力が切れたみたいで……」


 エイルは途中で言葉を詰まらせ、急に肩を小刻みに震えさせた。そっか、この子、記憶を奪われる前までは死んだ彼氏の後を追おうとしてたんだった。そうした記憶が今まさに彼女の中に蘇ったんだ。


「もう、嬉しいんだか悲しいんだか……わからない」

 静かに泣くエイルの肩を、私はそっと抱いた。かける言葉が見当たらない。きっと探すだけ無駄なんだろう。


◆◆◆


 ダンジョンから戻ると、夜の時間帯で忙しいわけでもないのに、田中さんが猛烈な勢いでパソコンのキーボードを叩いていた。事故って遅刻してしまったことを挽回しようとしたらしい。


 私がしていた新規ダンジョンの査定申請のやり取りを引き継いで対応してくれたり、異跡管理局の被害状況を本部へ連絡したりと破竹の勢いで働いていた。


 事故って大変だっただろうし、凹んでるはずなのに。ダンジョンに入る前のやさぐれた自分が報われた気がした。


 私は新規ダンジョンと既存ダンジョンが接続してしまっていたこと、入口近くで保管庫を見つけたことを伝えた。


「保管庫が近くで見つかったのは朗報だね。ダンジョン繋がっちゃったのはマジ勘弁だけど」

 保管庫は最初から近くに転がっていることにした。色々説明するの面倒だしね。

「運搬の手配もしとくから阿沙加あさかさんはもうあがって。明日も昼番だろ? ほんと悪かった」


 この局内に自分の境遇も顧みず、こんなに他人を気遣える人もいるんだ。なかなかどうして、捨てたもんじゃないわね。


「田中さんこそしんどいでしょ。無理しないでくださいね」


 ほんと、明日やるから残してくれて全然いい。私は帰るついでに保護した探索者を送り届けると伝え、局を後にした。

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