第9話 出会いは尊し、杯乾せ乙女①

「ありがとう、それじゃ行くから」

 私はオセにお礼を言った。私の後ろには保管庫を担いだゴーレムが内股気味で立っている。それに女剣士――エイルも。


「礼には及ばない。面白い寸劇を見せてもらったからな。観覧料とでも思えばいい」

 私の悲劇をオモシロ呼ばわりとは、やっぱり悪魔とは相容れないわ。


「それに、その宝物庫はキミの手で運び出されるべきもののようだ。因果律の導く混沌がそう告げている」


 豹面の悪魔は保管庫を一瞥し、くつくつと愉快そうに喉を鳴らす。私には何のことだかさっぱりだ。ただ、異跡管理局員としては確かに運び出すべきものに違いない。


「なに、彼は1時間経てば元に戻る。心配はいらない」


 保管庫は見つけたけど、私には「尋成ひろなりのため」という大義がなくなった。残るは異跡管理局員としての義務だけなんだけど、そうなると尋成のオーパーツ1つ持ち帰ればよかった大義ベースの条件とは違い、保管庫そのものをダンジョンから運び出さなければならない。


 一旦局に戻って運搬を手配する間に、ダンジョンが変容しても面倒臭い。出現したばかりのダンジョンは不安定だから、何が起こるかわからないのよね。……ひどい裏切りにあったってのになんて健気に働くのかしら、私。もっと傍若無人に生きてみたい。


 という訳で保管庫を今すぐ運ぶため、オセにお願いして尋成をゴーレムにしてもらったのだ。


「別にこいつの心配なんてこれっぽっちもしてないわよ。それよりも私に変なペナルティとかないでしょうね。あなたがこんなに素直にお願いを聞いてくれるなんて、逆に不気味なんだけど」


 そうなのだ。探索者と魔物という立場で出会った以上、戦闘は避けられないと思っていたんだけど、尋成に天誅を下した後も、この悪魔は私たちに危害を加える素振りは見せず、むしろ友好的な態度を崩さない。


「ははは、気にする必要はない。キミの願いは、どうやら私の欲心に通じるらしいからね」

 どういうことかしら。もしかしてオセに気に入られちゃった?


「そうだ。これを身につけておきなさい。短時間だがキミを望む姿に変えてくれる。きっと何かの役に立つだろう」


 オセはその瞳と同じエメラルドグリーンの石がついた指輪を差し出した。


「の、呪われたアイテムじゃないでしょうね」

「キミを呪う理由がない。さあ、手を」


 そう言うと、黒曜石のような長い爪が光る優雅な指が私の左手を導き、その小指に指輪をはめた。


「思った通りだ。かつてシバの女王を惑わせたという死の砂漠のごとき髪色のキミに、よく似合う」

 そして私の髪をそっと手に取り、その色と触感を味わうようにはらはらと指間から落とすのだった。


 うーむ。……悪魔に好かれるのも悪くない、かも……。最初は怖い獣顔にしか感じなかったけど、なかなかどうして気品のある面持ちじゃないか。


「あ、ありがとう。遠慮なくもらっておくわ」

「それと」

 オセは女剣士を見つめた。

「この娘とそこのゴーレムは、キミの思うような関係ではないようだぞ」

「え? ああ、そう」


 今さらそんなことどうでもいいわよ。そもそも私、恋人でも何でもなく、ただのお財布だったんだから。

「それじゃもう行くから。指輪ありがと」


 これ以上ここで油を売ってはいられない。尋成がゴーレムになっているうちにダンジョンの入り口まで行かなくちゃ。疑似現実トロメアのマップもあるし、ダンジョンが不安定でさえなければ余裕で戻れるはずだけど。


「異跡乙女よ」

 突然オセが私を呼んだ。スキルの名ではなく、私のことをそう呼んだの。


「キミと私の縁は繋がっている。然るべきときに、然るべき形で再び会うことになるだろう。そのときまで息災でな」


 オセは例の禍々しい笑みを放って軽くステッキを上げた。いやいや、もう会うわけないでしょ。ダンジョン探索なんて金輪際しませんから。縁起の悪いこと言わないでほしいわ。


 私はひらひらと手を振り、ゴーレムを引き連れて地上を目指し歩き出した。

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