第14話   仏陀に尻を向けてはいけない

 トゥクトゥクチャーターはガイドブックに書かれている通りの価格、2000ルピーで交渉成立した。

 考古学博物館には走り出してすぐに到着し、受付はあそこだからチケットを買ってくるようにとドライバーは指をさす。そして、せっかくだから博物館もついでに見物をしておいで!と手を振ってきた。

 アヌラタブラ遺跡見学料金は3880ルピー。こちらもユネスコの寄付金込みの価格帯だ。一体幾ら、ユネスコに流れているのだ。

 この値段の中には、博物館見学料も含まれている。オプションの博物館は1階フロアしかないから、20分もあれば掌握できる。ただシギリアロックの博物館と同様、照明が暗い。だからよく発掘物が見えない。見せ方が下手な博物館であり、無料だから許せるものの有料ならば暴動が起きるレベルだ。ユネスコが関わっているわけだから、少しは展示の仕方などアドバイスをするべきである。

 見学とトイレを終えて、外に出てくると、ドライバーさんから手招きをしてきた。

「僕は、運転はできてもガイドができないから、こちらに代わるよ。」

と言われて、紹介されたのは白シャツを着た、いかにもベテランと言う風貌のドライバーさんだった。

 博物館を見学しておいで!と手を振ったのは、見学中に代理を探すためだったようだ。

 まじめな人だ。初めてこの地を訪れた観光客なんだから、適当に回ってしまえば、それまでなのに、こちらの要望にちゃんと応えようとして仲間に連絡をとる姿勢に、この国の人々の体内に流れている根本的な豊かさを感じずにはいられなかった。

 ここまで連れて来てくれたドライバーに丁重に頭を下げて、ベテランドライバーのトゥクトゥクに乗り込む。この手の仕事に慣れているようで2000ルピーでやるよ、条件は同じで良いから、料金は俺に払って!とさっさと話をまとめていく。

 スリランカのトゥクトゥクドライバーって結構皆さんそのエリアそのエリアで仲がよろしいみたいで、何度も乗車したけど、みんなで平等に仕事をシェアしたり融通しあったりしているような雰囲気があった。料金はこの新しく来たおじさんに払い、このおじさんが、博物館まで連れて来てくれた当初のドライバーさんに後で少しお金を渡すみたいな交渉が、すでに出来上がっているようだった。

「まず北上して順に降りてくるような感じで遺跡を回っていくからね。」

と走り出したベテランドライバー。私が地球の歩き方を持っているから、それを指さしながら、この遺跡!と紹介してくれた。

 まず行ったのが、ジェー・タワナ・ラーマヤ。現在ユネスコが一生懸命修復している遺跡である。この国にも初詣と言う習慣があるのだろうか。結構参拝客が多かった。ともかくこの国は裸足で遺跡群を見学しなければならない。ちらちら周囲を見ていると、観光客が靴下をはいて、遺跡内に吸い込まれている姿があった。『靴下は許容範囲内なのか…』・・・・・早々に、この日一番の後悔をした。

 次に案内されたのはサマーディ仏像。2日ぶりにハンサムなブッダを見た。昨日のゴールデンテンプル内の仏像は言っちゃ悪いが不細工ばっかりだった。なかなかのイケメン、と思いながらシャッターを切っていた時、強く叱られている欧米観光客を発見した。この方々、ブッダにお尻を向けて記念撮影していたのだ。スリランカではブッダにお尻を向けて写真撮影はご法度である。つまり仏像は写せるけど、一緒の記念撮影はできないってことだ。

 続いて向かったのはアバヤギリ大塔。ここはかつての大乗仏教の総本山である。スリランカは小乗仏教(上座部仏教)の国だが、大乗仏教も信仰されていた時期があるようだ。大乗仏教は日本と同じだ。親近感を覚えた瞬間だった。

 アヌラタブラの遺跡群ではムーンストーンをよく見かけた。ムーンストーンとは仏教では輪廻を表すこちらのムーンストーンは四種類の動物が描かれていて、デザインが可愛らしい。お土産屋台ではこればっかり売っていた。この手のものを見ると、スリランカに来たんだなぁと改めて感じる。

 ブッダの右鎖骨を祀った由緒ある建物、トゥーパーラーマ・ダーガバを経て、一番初詣?客が多かった施設、ルワンウェリ・サーヤ大塔に入る。

 青空に映える本当に美しい真っ白な大きなダーガバ。紀元前2世紀に、インドからの侵略軍を撃退した、スリランカの英雄・ドゥッタガーマニー王によって建設された大塔である。現在の高さは55メートルだが、建設時には110メートルもあったと言われ、エジプトのピラミッド建設以降において、人類の造った建造物では最大と言われている。スリランカ仏教の中心的な存在であるからか、塔の中腹部分をぐるぐる回りながら熱心にお経を唱えておられる人もいたが、大半の参拝客は塔を囲むように座り込んで、熱心にお祈りを捧げていた。

こちらはお祈りの言葉が分からないので、とりあえず手だけ合わせた。

もみくちゃにされたのは、次に向かったスリー・マハー菩提樹。

ここはスリランカの菩提樹の故郷だ。菩提樹の周りは年末年始の新宿駅を彷彿とさせる、ものすごい人で溢れかえっており、敬虔な信者の集団が一心に祈りを捧げていた。隅の方では、団体で新年の祈祷に来たグループだろうか、木陰で仲間と楽しそうにカレーを食べて、新年を祝っている。

 日陰でTVゲームに興じている青白い子どもなんかどこにもいない。樹を取り囲むようにして子どもたちが鬼ごっこをしたりして、みんな健康的に躍動している。

 日本ではあまり見かけなくなった生き生きとした子どもを眺めながら、ぶらぶら菩提樹の周囲を歩き、貴重な菩提樹の葉や気に触れながらパワーを戴く。このような新年の迎え方もいいなぁ、と菩提樹を見上げること、しばらく。はっと我に返る。


はて、自分はどこのゲートから入り、この菩提樹にたどり着いたのか。

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