第13話 インドの菌はインドの薬じゃないと殺せない

【5日目、元旦。古代仏教王国アヌラタブラでまたもや人々の優しさに咽び泣く。】             


 翌朝。1月1日、元旦。

 スリランカの田舎町ダンブッラで迎えた年越し。派手な花火の音は一切しなかった。昨晩は朦朧としながら寝たというのもある。夜中にかすかに爆竹の音が遠くに聞こえたような気がしただけだった。

 よく寝た。恐ろしいくらい、すっきりとした目覚め。うん、食欲もある。

 ご主人がくれた薬が効いたのだ。効くという事実が素直に怖い。

 5年ほど前、インドを旅行した時、インドの衛生状態が想像以上に酷く、旅が始まって早々、下痢に悩まされた。その時、現地ガイドが薬を勧めてくれたのだが、最初怖くて断っていた。しかしながら現地ガイドに、

「インドの菌はインドの薬じゃないと殺せないよ。日本の薬じゃ殺せないよ。」

と言われ、思い切って2日目飲んでみた。そしたら3日目の朝、本当に快調になっていた。同時に治る事実に怖くなってしまった。

 インドで私を悩ませた菌は日本には生息していない。だから、インドの菌はインドの薬じゃないと殺せない、とガイドは伝えてきたのだ。

 インドは家族旅行だったのだが、最後の最後まで怖くて飲まないと拒否していた両親は、帰国後も下痢は止まらず、とうとう帰国して2週間もの間、下痢状態を抱えていた。おかげで父親は10キロ以上も痩せた。我が家ではこれをインド式ダイエットと呼んでいる。

スリランカもインドと同じだった、と言うことだろう。


 元気を取り戻したので、予定通り紀元前から栄えた古代仏教王国アヌラタブラへ行くことにした。

 出発の際、昨日の薬のお礼を伝え、今日はアヌラタブラに行くことをご主人に伝えると、アヌラタブラには宿の目の前の道路からバスが出ないから、アヌラタブラ行きのバス停前まで送っていくよ、とトゥクトゥクに乗せてくれた。

 スリランカの場合、時刻表もバス停もないことも多いから、宿の人に頼れるなら、バス停など聞いて送ってもらうなりした方がいいと思う。実際、アヌラタブラ行のバス停は、殺風景な道端だった。本当に何もない。樹すらない。旅人にはさっぱり分からない。宿の人に頼むとか、人に聞くとか、そういうコミュニケーションが苦手な人は、最初からツーリストカー雇うとか、パッケージツアーで行くとかした方が変なストレスはないだろう。

 道端で待つこと30秒。すぐにインターシティバス(ワンボックスワゴン)が登場した。本当にバスが止まることにいささか衝撃を覚えた。

 アヌラタブラまで200ルピー。一緒に乗っていた人は初詣に行く家族が多かった。日本人が珍しかったのか、小学校低学年くらいの子どもたちが、じろじろ私を舐める様に見てきた。にこっと微笑むと、微笑み返してくれるさまも可愛らしい。うれしくなって予備食として持ってきていた、『かっぱえびせん』をあげた。最初は遠慮して受け取ろうとしなかったが、

「ジャパニーズスナック」

と言って渡すと、女の子の方が先に受け取った。兄弟だったのだろうか、2人で仲良く食べてくれた。

 相変わらず車内には水を売ったような静けさが横たわっており、カーステレオから流れて来る歌なのかお経なのか分からないが、皆、一心に心を傾けていた。あとで聞いたのだが、このような車の中で流れているよく分からないものは、交通安全のお経だと言う。さすが上座部仏教の国。スリランカのシンハラ語が分からないから、どのようなことを唱えているのか分からないが、きっと祈っているのだろう。


 アヌラタブラには2時間で到着。降ろされたのは、またもや旅人に不安しか

与えない道端だった。グーグルマップを開いても現在地が表示されない。

 映画『3丁目の夕日』に描かれているような田舎風景が広がる場所で、ちょっと狼狽する。グーグルマップを見ても分からないので携帯を片付けて、地図を広げる。しばらくうろうろしていたら、『地球の歩き方』に出てくるスーパーを発見した。

 このスーパーはまだ9時前で開店していなかったが、ここから10秒ほど北上したところのスーパーは開店前なのに開けてくれた。この通りはなんか食べ物屋とかも多かった。どうやらメインストリートに降ろしてくれたようだ。

 警備員がドアを開けてくれた。警備員がいると言うことは、この町では高級スーパーなのだろう。ちらちら陳列物を眺める。値段もそんなに優しくない。

 トイレが無料で使用できてきれいだった。トイレ掃除の店員がいたものの、チップは請求してこない。なんてスマートな国民だ。

 トイレを使用させてくれたお礼にちょっと食料を購入することにした。ともかくこちらでは現地の食堂には入らないと昨晩固く決めたから、リュックに入るだけの食料を買いだめしようと決めた。

 スリランカはコロンボとかキャンディなどの大都市に行かない限り、こ汚い食堂しかなかった。昨日の一件以降、大きな都市以外は、リンゴとバナナとオレンジとお菓子で過ごしていた。だから旅行中は本当に痩せた。

 食糧調達代、260ルピー。スーパーなので品物の品質は安心だ。

 さて観光開始である。このアヌラタブラは遺跡群が至る所に散らばっているから、自転車で回るとなると結構体力が削がれる。病み上がりと言うのもあるので、地球の歩き方に書かれていたお勧めの手段、トゥクトゥクをチャーターして効率よく主要な遺跡を回る、という方法を選択した。

 スーパーマーケットを出て大通りを見渡す。人や牛はいっぱいいるものの、トゥクトゥクドライバーがいない。いつもは観光客を見つけると群がってくるのに、さっぱりいない。元旦でお休みなのだろうか。

 暑いからもう一度店内へ戻り、作戦を立て直すかと思い直していた時、ようやく一台がふらっと通りかかった。

 こちらの要望を本を広げて伝える。ドライバーは「OK,OK」と言いながらも、ちょっと様子がおかしい。詐欺を働くようなタイプには見えないが、こちらの趣旨を理解していないような空気をバンバン出してくる。

 ともかくチケットを購入しないとアヌラタブラの遺跡群を回れないため、チケットが売っている考古学博物館まで行ってもらうことにした。

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