第4話

「痛い痛い痛い痛い‼ 噛むのは‼ 噛むのは無しでしょ‼ ルール違反でしょ‼ ……わかりました! そっちがルールを守らないのなら、私が正々堂々戦わなければならない義理はありません‼ 私を本気にさせたこと後悔しなさい‼」


 俺は葛藤していた。見てはいけないものとはいえ見てしまった以上、この地域に住むものの一人として、地域の安心安全のために通報義務があるようにも思われる。何しろここはスクールゾーンだ。最も危険分子が排除されるべき聖域だ。


 だがこんな有様、警察になんと説明すればいいだろう。もしもし警察ですか、不審者がいます、和装の女です、野良猫にバトルを仕掛けています、恐らく素面です……。こんなの俺が酔っ払いだと思われかねない。


「私は人道にもとる行為も平気でしますよ‼ から揚げに勝手にレモンはかけますし、借りてきたビデオは巻き戻さずに返却しますし、夜中に洗濯機とかガンガン回す女ですよ‼ さあ、覚悟して尻尾を出しなさい‼ その尻尾を私に掴ませるのです‼ 室伏を超える女として陸上界の期待を一身に背負った私の秘技、とくと喰らいなさい‼」


 俺は思わず出そうになった声を必死にこらえた。


 この女、こすっからい悪事を並べ立てたと思ったら……。とんでもないことをやろうとしていやがる。


 このまま放置していれば、恐らくあの野良猫はどこか遠くへ投げ飛ばされてしまうだろう。あの女の発言がどの程度真実なのかは知る由もない。しかし、たとえ一般的な女子ぐらいのパワーしかないとしても、今まさに投げ飛ばされようとしている猫を手をこまねいて眺めているだけというのは、動物愛護の観点から見て許されない。俺も共犯であるとさえいえる。俺はここで彼女を止めないわけにはいかないのだ。


「……助けられるのか? 俺に」


 猫の元へ一歩踏み出そうとした俺を、いつもの躊躇が襲った。

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