第3話

 あまりに唐突な出来事に心臓を跳ね上げつつ、声のした方に目をやる。見れば、桜並木の足元にある公園のベンチに向かって、何やら怪しげなポーズを取っている女がいた。


「なんなんですかその欠伸は‼ 人の話を聞く気が無いんですかこの猫は‼ それとも一発やる気ですか⁉ やる気なんですね⁉ いいでしょう、受けて立ちますよ! 人間に媚び売って呑気に暮らしてる哺乳類ごとき、片手で充分です! 私は日々の寝床探しにも苦労しているんです! 生活がかかっているんです‼ 本気度と格の違いを見せつけてやりますよ‼ キシャ――――ッ‼」


 どうやら、あの女のポーズは戦闘体勢のようだった。


 女は長く綺麗な銀髪を腰のあたりにまで垂らしながら、両手を顔の前でハの字に構えている。腰を低く落とし右足を軽く引いており、準備は上々いつでも来いといった感じだ。


 今どき珍しいことに、女は真っ白な和服に身を包んでいた。何か晴れ事でもあるのだろうか。彼女が身にまとっているのはいわゆる御着物といった感じのそれで、春風に臨戦態勢の袂がやわらかく揺らいでいる。


 俺は不覚にも、その異様な光景に美しさを覚えてしまっていた。


 雪のような銀髪に白い着物と真っ青な帯という出で立ちは、おとぎ話から飛び出てきたかのように現実感がない。草履の鼻緒をワンポイントのように赤く輝かせながら桜吹雪の中に立つ彼女は、初めて春を迎えることができた雪女のようで、どこか幻想的だった。


 彼女の視線の先のベンチの上には、我関せずとばかりに香箱座りで欠伸をキメている野良三毛猫がいた。ピンクの鼻先にモンキチョウが止まっても微動だにしないあたり、彼にとって外界のことは興味の対象外なのだろう。目の前でわめいている女のことも、今日は風が騒がしいにゃー、くらいにしか思っていなさそうだ。


 この女は、アレだな。要するに関わっちゃいけない存在っていう奴だ。まあ、春先はよく出るって言うしな。ああいうの。


 ぬるい風が、公園を抜けて俺の後ろへ通り過ぎて行った。


 公園の中には他に人の姿は無かった。桜並木に沿って走る道路に目を向けても、皆先ほどまでと変わらぬペースで歩みを進めているあたり、誰もこの異常事態には気づいていないのだろう。

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