第5話

 今の俺に、あの狂人を制するだけの力があるだろうか。俺は何を以てしてあの変質者に対抗しうるというのだろうか。相手は人道にもとる行為を平気で行うと宣言しているような奴だぞ。


 言い訳ばかりが止めどなく溢れてくる。


 そうだ。別に俺がしゃしゃり出る必要はどこにもないだろう。そもそも猫というものはすばしっこい動物だ。あのままやられっぱなしという方が考えづらい。いざとなればどこかにササッと逃げて行ってしまうだろう。万が一捕まって投げ飛ばされたとしても、猫は着地術に優れている生き物だから怪我の一つもしないはずだ。


 落ち着け、俺。


 目撃者であり観察者であるのは俺一人。


 そっと目を閉じよう。こうしてしまえば、事の顛末を知る者は誰もいないのだ。何も見なかったことにも、何もいなかったことにもできるのだ。まさにシュレーディンガー。箱の中身は猫に加えて変質者。


 俺は脳内でそう結論付けると、この奇怪な戦場からふっと目を背け、目を瞑って再び歩き始めることにした。

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