婚約の顔合わせ
「こちらでまで陛下と顔を合わせるとは思っておりませんでした。本日は我が家へようこそ」
ディエスは渋面になりながら招き入れる。
今日のため屋敷を特別に綺麗に掃除し、使用人達も厳選した。
護衛も身元を全て調べてから数を増やし、万全に備える。
失礼があってはならないからだ。
なんならディエスの義父、シグルドも呼んでいる。
今日のことを伝えたら来たといった方が正しいだろうか。
辺境伯で剣聖と呼ばれるシグルドは、ここの護衛の中でも一番頼りになるだろう。
何故か親族席ではなく、護衛の一人として立っているのだから、ディエスは落ち着かない気持ちだった。
「今日は失礼する。婚約の話だが、こちらからの申し出だから伺うのが筋だと思ってな」
アルフレッドが手を打つと、玄関ホールに数々のプレゼントが運び込まれる。
「こんなにっ! 陛下、一体何をお考えですか?!」
「エリックもティタンももっと贈りたいと言っててな。これでも少なくした方だ」
山のようになったプレゼントを使用人に任せ、応接室に客人を通す。
「流石にこの人数は、多いな」
アルフレッドは苦笑する。
「陛下が皆で話そうとおっしゃったからですよ」
本当に勝手な王様だと呆れてしまう。
「さて。早速だが先日の婚約の話だ。
承諾して頂けるという話だが、いくつか直接質問したいとの事だったな。何だ? 何でも申せ」
先程の茶化した態度から一転、すっと真面目な雰囲気と重厚感を醸し出す。
睨みつけるような鋭い目線。
しかしディエスは慣れている為、臆することもない。
「えぇ、私の娘たちはこの婚約に乗り気ではありますが、いくつか疑問があります。まずはこのスフォリア領を如何様にするかの相談からです、娘二人がいなくなれば、この領を継ぐ者が居なくなること。それでは困ります」
「ティタンをそちらのミューズ嬢の婿として送ろうかと考えていた。今から教育を施せば成人するまでまだまだ時間がある、それではどうだ? もしくはそちらの従兄弟殿を養子にと考えていたが」
「ティタン殿の降下先としてうちをお選びになったということですか?」
政略的なものかと確認する。
「いや、ティタンは何も知らずミューズ嬢を選んだ。エリックもだ。それぞれ同じ家の令嬢を口説いていたとはお互い知らなかった為、たまたま起きたことだ」
ディエスの家だから選んだわけではないと主張する。
「申し訳ないが、エリックをこちらに寄越すわけには行かないのだ。入学の手続きが済み次第立太子する予定を立てているが、それはディエスも知っているな?」
こくりと頷いた。
「なのでレナン嬢にはやがて王太子妃となって欲しい。良いだろうか?」
「あっ、その、わたくしは……」
正直荷が重い。
「レナン嬢、俺は心から君を愛してる。君以外は誰も受け付ける気はないんだ」
ここで愛の言葉を囁くかとレナンはぎょっとした。
父も母も国王陛下もいるのに、と出来れば止めてほしいと願う。
「妹思いで家族思いの素晴らしい女性だ。王太子妃、いずれは国母になるにあたって、レナン嬢は母のように優しく慈悲深い王妃になるだろう。どうか共に国を支えてほしい」
皆の前で褒め殺され、あまつさえプロポーズとは。
ミューズとリリュシーヌとティタンはキラキラした目をしている。
エリックの母、アナスタシアは静かに様子を窺っていた。
「わたくしが、そんな、王妃様のようには……」
太陽のように輝かしい王妃様の様になれるだろうか?
心配しかない。
「誰もが最初は自信がないものですよ、レナン様」
アナスタシアが口を開く。
「あなたはエリックの凍った心を溶かしてくれた、それだけで充分素質があるわ。この捻くれ息子に面倒くさい事は全て押し付けちゃいなさい。これだけ惚れてるのなら、あなたが可愛く頼めば何でもするわよ」
アナスタシアは平然と言ってのける。
「あの、王妃様。それはいくらなんでも……」
「アナと呼んで頂戴。この馬鹿息子はあなたと結婚出来なければ、誰ともしないと毎夜脅しに来るのですからね。本当にたまったものではないわ」
「母上。それを言われるとさすがに恥ずかしいですね」
全く恥ずかしそうにはしていない。
レナンは青ざめた顔になっている。
自分のひと言に国の未来がかかっていると思うと、一大事だ。
エリックならともかく王妃がわざわざ嘘を言うとは思えないし、事実ならとんでもないことだ。
世継ぎの問題もある。
「俺がどれだけレナン嬢を愛してるかお話してただけですよ。脅しなんてそんな事するわけない。さてレナン嬢、お返事はいかがでしょうか?」
「……お受けします」
国のため、とレナンは心の中で呟いた。
「ディエス殿、ありがとうございます。次はティタンの話ですが、如何ですか?」
エリックの促しにディエスは困惑からようやく引き戻された。
エリックがここまで強引な性格だとは知らなかった。
感情が乏しい王子との認識しか持っていなかったのだが、改めさせられるばかりだ。
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