デスゲイズ

「うわぁぁぁぁぁぁぁ!? アァァァ!?」

『待て、まてまてまて!! 我輩は怪しいモノじゃない!! お前の武器だ!!」

「うわぁぁぁぁぁぁぁ!? うわぁぁぁぁぁぁぁ!?」

『ああもう、パニックになっておる……ええい!!』


 逃げ惑うロイ。追う黒い木刀……すぐに追いつけると思ったのだが、追いつけない。

 森を駆け抜けるロイは、野生の獣そのものだった。

 木々、藪の間を無駄のない動きですり抜け、落ちている枝なども避けて走っている。枝を踏めば音が鳴るし、枯葉を踏めばカサカサ音がする。

 体勢も低く、空気抵抗を減らした動きだ。今は絶叫しているが、声や呼吸音を落とせば、野生の獣……それこそ、ネズミ一匹ほどの気配しか感じないだろう。


『才能か、努力か……両方か。森での生活が長かったのだな!! だから、待て!!』

「な、なんだこの木刀!? 呪われてるぅぅぅぅぅっ!!」

『だから、話を聞け!!』


 すると、本気を出したのか。

 ロイを抜き、木刀はロイの足を引っかけた。

 ロイは盛大に転び、藪に顔面から突っ込んでしまう。


「ぶげっ!?」

『いいか、暴れるな。我輩は敵じゃない。むしろ、お前の味方だ』

「…………」


 ずぼっと藪から顔を抜き、フワフワ浮かぶ木刀を見る。

 どう見ても、黒い木刀にしか見えない。なぜ喋るのか、ロイは考え……答えた。


「まさか、聖剣の『能力』か?」


 聖剣。

 聖剣には、地水火風光闇雷属性のうち、一つが宿っている。

 だが、その属性とは別に、固有の能力を一つ持つ。

 この喋る木刀の能力が『意志』だとしたら? そう考える。

 だが、木刀は言う。


『違う。そもそも、我輩は聖剣ではない』

「え」

『その辺りも、じっくり話したい……さ、宿に帰るぞ』

「…………あ」


 ふと、気付いた。

 仕留めた獲物を、そのまま放置していた。

 恐らく、今頃は森の小動物たちの餌になっているだろう。


「あー……肉、食いたかったのに」

『なんだ、金欠か? なら、これを換金しろ』


 すると、木刀の柄から小さな金色の球がぽろっと落ちた。

 それを見て、ロイはギョッとする。


「ここ、これ……おお、オリハルコン!? 一度、見たことがある。模造聖剣の素材の一つ。希少素材、模造聖剣の『能力』部分になる、オリハルコン!?」

『こんなもの、いくらでも出せる。人間にとって貴重な物なら、売れるだろう?』

「お、おおおおおおお……」


 この小さな金色の球一つで、聖剣レジェンディア学園の三年分の学費を賄える。

 学費は父が出してくれる。つまり……ロイの、自由にできる金となる。


「い、いいのか!?」

『…………あー、待った』


 すると、オリハルコン球がロイの手から離れた。


『我輩の話をきちんと聞く。受け入れる。騒がないと誓うならくれてやる』

「あ、ずるい!! いきなり交換条件かよ!!」

『フン。なんとでも言え。で……どうする?』

「む……」


 ロイは、フワフワ浮かぶ木刀を見る。

 ただの木刀だ。柄からオリハルコンが出てきた時は驚いたが。

 得体の知れない聖剣だが、話を聞くくらいはいいかもしれない。


「わかった……ちゃんと話を聞くよ」

『よし。約束を違えるなよ』

「ああ」


 ロイの手に、ぽとりとオリハルコン球が落ちてきた。


「よし、換金だ。くくく、何食おうかな」

『…………むぅ、こいつで大丈夫かの』


 木刀は、ロイの腰ベルトに勝手に収まった。

 ロイは、ウキウキしながら森を出て、町へ帰るのだった。


 ◇◇◇◇◇◇


 換金を終え、大金を持ったまま歩くのが嫌なロイは、『銀行』というお金を預ける施設に入金し、いつでもお金を引き出せる『魔道具』の、『マネーカード』を財布に入れた。

 腰の木刀は珍しそうに言う。


『ヒトも面白いモノを作るな。魔道具技術がここまで成長しているとは』

「……喋るなよ」

『安心しろ。我輩の声は、今はお前にしか聞こえん』

「俺だけ? じゃあ、俺が一人で喋っているように聞こえるのか」


 とりあえずロイは無言。

 宿に戻ると、父の執事が宿前で出迎えてくれた。


「ロイ様。申し訳ございません……バラガン様から、『宿を別にしろ』との命がございまして。ロイ様の宿へご案内します」

「……ああ」


 執事に案内されたのは、王都で一番格安のボロ宿だ。

 部屋にはすでに荷物があり、ベッドと粗末な椅子テーブル、小さな衣装ケースしかない部屋だった。

 ベッドに座るとギシギシ軋む。毛布も埃っぽいので、とりあえず窓を開ける。


「ふぅ……嫌われたもんだ」

『お前の父親は最低だな。こんな才のある人間をないがしろにするとは』


 ベッドに置いた木刀がふわりと浮き上がる。

 ロイも慣れたのか、粗末な椅子に座って木刀に言う。


「剣の才能はゼロ。手に入れた聖剣はボロッちい木刀。そりゃ、嘆きたくもなるって」

『ふん。我輩はボロではない。真の姿を見せてやりたいものだ』

「真の姿?」

『ふふん。見て驚くな……と言いたいが、今は無理』

「ふーん。あーあ……これからどうなるのかな」

『ところで……お前の女はいないのか?』

「俺の女?」

『女神の聖剣を賜った女だ。あの、胸のデカい赤髪の女』

「エレノアか。んー……今頃、王様や王子様と一緒に、晩飯でも食ってるんじゃね?」

『寝取られが趣味か?』

「はぁ!? なんだこのボロ木刀、へし折るぞ!!」


 ロイ、怒る。

 だが、木刀はくるっと回転しただけ。


『あの女、才だけ見るとかなりのものだ。百年に一人の天才、といったところか』

「はいはい、そうですね」

『だが、お前の弓術は一万年に一人の逸材だ。聞かせろ……お前、魔力制御をどこで覚えた?』

「魔力制御?」

『……無自覚か。やはり、天才というやつだな』

「お前、何言ってるんだ? というか……お前のこと、話すんじゃなかったのか?」

『そうだったな』


 木刀は、ロイの目の前まで来た。


『我が名はデスゲイズ。五大魔王最強、『大罪の魔王』デスゲイズだ』

「……ま、魔王? おま、聖剣じゃ」

『フン。忌々しいあの四人のクソ魔王が、我輩をこの『女神の聖木』で作られた木刀に魂を封じ込め、閉じ込めやがったのだ……あの野郎ども……必ず、必ず復讐して……』

「お、おいおい……」

『……ふぅ。まぁ、そういうことだ』

「待った。魔王だって? 魔王は、人間の世界を乗っ取ろうとする四大魔王のことだよな? 五大魔王? お前……どういうことだ?」

『何度も言わせるな。我輩は、あの四人に封じられたのだ。あの四人ですら忘れるほど前にな……我輩の存在を完全に忘れているようで安心だ』

「…………」

『貴様、ロイと言ったな? 貴様の弓、見事だった。貴様しかいない。貴様こそ、我輩の持ち主として、な』


 すると、木刀がフワフワ飛び、部屋の隅に立てかけてあった、ロイ愛用の弓の傍へ。

 そして、木刀が淡く輝いた瞬間、触手のような蔦が伸び、木刀と弓が一体化してしまった。

 愛用の弓の形状が変わる。


「あ、あぁぁ!? おま、何して」

『これより、我輩は『魔弓デスゲイズ』となる。貴様の『聖剣』として、我輩を使って魔王を討ち倒してもらうぞ』

「お、俺の弓……」

『聞いておるのか!? 全く……』


 弓は木刀の形に戻った。


「あ、木刀」

『とりあえず、普段はこの姿でいよう』

「……なんで弓なんだ? お前、魔王なら魔王っぽく戦えないのか?」

『魔王っぽくとは? それに……我輩には四人の魔王たちによる『斬撃無効』の呪いと、この女神の聖木による縛りがあってロクに戦えん。だが、斬ることはできなくても穿つことはできる。貴様の弓の腕前なら、我輩と組めばもう安心よ』

「もう安心、ね……あのさ、俺、聖剣レジェンディア学園に通うんだけど」

『そんなもん、無視しろ』

「嫌だ。それに、エレノアも……できれば、ちゃんとお祝いしたい」

『ふん。そんなに気になるなら、抱いてしまえばよかろう』

「ふ、ふざけんな!? へし折るぞ、このボロ木刀!! それに、まだ協力するとか言ってないぞ。魔王と戦う? それこそ、聖剣士の仕事だろうが!! お前みたいなボロ木刀が魔王とかも信じてないからな!!」

『なんだと!? 貴様、我輩のおかげで大金入ったことを忘れたのか!?』

「うるさい!! というか、俺の弓返せ!!」


 この日、王都で一番ボロッちい宿屋から、ロイの叫ぶ声がよく響いたそうだ。

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