黒い木刀
「この……役立たずがっ!!!!!!」
「ぐがはぁっ!?」
父バラガンがいる宿へ向かい、手に入れた聖剣……いや、木刀を見せると、ロウは殴られ宿の壁に激突した。背中を強打し、激痛に顔を歪める。
バラガンの怒りは収まらないのか、ロウの胸倉を掴んで無理やり立たせる。
「貴様は、どこまで……ああ、怒りを通り越して殺意すら沸き上がる!! なんだこの薄汚い木刀は!? これが貴様の聖剣だというのか!?」
「う、っぐ……ぁ」
「聖剣に選ばれなかったのなら貴様を除名し追放すれば済んだ!! だが……貴様は、選ばれた。聖剣に、こんなクソのような聖剣に選ばれてしまった!! おかげで、貴様のようなティラユール家の面汚しを、聖剣レジェンディア学園に通わせなくてはならなくなった!! 間違いなく、落第生となる貴様を!! ティラユール家の面汚しを!!」
「…………っ」
「それに比べて、エレノア。彼女は実に素晴らしい。所持者のいなかった『炎聖剣』に選ばれたのだ!! しかも、光聖剣サザーランドの所持者である、トラビア王国の第一王子に見初められたのだぞ? これで今代の七聖剣の使い手が全て揃った……貴様のようなクズには関係ない話だがな!!」
「…………」
ようやく胸倉から手を離され、咳き込むロイ。
床に転がった木刀をバラガンは蹴り飛ばすと、冷たい声で言う。
「仕方ない。三年間の授業料は出してやる……ただし、その後はもう、貴様はティラユール家の名を名乗ることは許さん」
「……はい」
「言い返すこともできないのか。腰抜けめ……出ていけ!!」
部屋を叩きだされ、ロイは自分の部屋へ。
木刀を床に転がし、ベッドに座って頬を撫でた。
「いてて……」
たぶん、明日は腫れるだろう。
ベッドに横になり、考えた。
「エレノア……『炎聖剣』の使い手になったのか」
世界に七本しかない、この世界に存在する最初の聖剣。
トラビア王国の王子がエレノアと話してるのを見た。エレノアは頬を染め、嬉しそうにしていたのを覚えている……この時点で、エレノアとの間に、超えることのできない壁ができたような気がした。
「七本の聖剣。使い手が全て揃ったのか……」
四大魔王に対抗できるとされる、七本の聖剣。
今までは、五本だったり、六本だったり、数本所有者がいない状態が長く続いていた。今回、最後の一本となった『炎聖剣』にエレノアが選ばれ、ようやく使い手が七人そろったというわけである。
「聖剣レジェンディア学園……はぁ」
聖剣に選ばれた者は、聖剣レジェンディア学園に入学して聖剣の使い方を学ぶ。
聖剣。そう思い、ロイは自分の木刀を拾った。
「…………これが、聖剣ね」
どう見ても、ただの黒い木刀。
木を削って作ったような、粗末な棒にしか見えない。
神官に聞いた話だが、神官は笑いを堪えきれないような言い方をした。
「実は、その木刀……ふふ、まぁ聖剣ではあるのですが……その、刃がないので、斬ることのできない聖剣なんですよ。いやぁ……あなたには申し訳ないですね」
「廃棄しても、なぜかここに戻ってくるのですよ。それで、壁に掛けるのではなく、天井に突き刺して目立たないように隠していたんですがね。どうやら、あなたは選ばれたようです」
「その……その木刀に選ばれた聖剣士は何人かいました。ですが、すぐに聖剣士を諦め、天寿を全うした方が多いようです。訓練で使うならともかく、実戦ではねぇ……」
と……斬れない聖剣として、長く教会に保管されていたようだ。
ロイは、くだらないゴミを見るような眼で言う。
「よかったじゃないか。ゴミ同士、お似合いだぜ……」
そう言い、床に木刀を投げ捨てベッドに横になった。
不思議と、涙は出なかった。
◇◇◇◇◇◇
翌日。
エレノアは帰ってこなかった。どうやら、七聖剣に選ばれたことで城へ向かったらしい。
もう、父の側近の娘という肩書ではない。聖剣に選ばれた聖剣士だ。
十日後に、聖剣レジェンディア学園への入学式がある。
制服などの採寸を終えたロイは、一人トラビア王国の外へ出た。
手には、隠し持って来た弓と矢。聖剣は邪魔だったが、とりあえずロープを結んで背負ってきた。
金はないので、狩りをして素材を売ろうと決めた。父は小遣いなどくれるはずがないし、学費だけ出したらそのまま兄と姉の元へ行くだろう。
トラビア王国近くの、人が入った形跡のない森に入る。
「……うん、いるな」
獣の匂い。そして、足跡、齧られた葉や傷付いた木の幹を観察。
ロイは気配を消し、音もなく近くの木に登る。
呼吸音を誤魔化すために、口元をマスクで覆い、持参した匂い消し……木の実や葉をすり潰した物を服や身体に付け、小さく深呼吸した。
森の一部に、自然の一部と化す。
常人を遥かに超えた視力で周囲を獲物を探す。
巣を張る蜘蛛、羽虫、木の幹を這う毛虫……小さな動きも見逃さない。
「……スンスン」
匂い。
風下から香るのは血の匂い。ほんのわずかに聞こえるのは、何かを引きずる音。
ロイは、近くの枝から枝へと飛び移り、風向きに気を付けながら匂いの元へ。
そして、約三キロ離れた場所へ到着。目を閉じ、深呼吸してゆっくり開き……見る。
枝と枝、葉と葉の隙間を縫い、見えたのは。
「……熊か。シカを飼ったのか? でも……熊にツノなんて生えてないよな」
両肩、額に角が生えた、三メートル以上あるクマだ。
ホーンベア。
魔獣と呼ばれる、魔王が人間界に放った先兵。
ロイは、ゆっくりと矢筒から矢を抜き、弓に番える。
「……こっちにするか」
矢を戻し、ミスリル鉱石を削って作った矢へ交換。
弓を番え、極限まで殺気を消し、気配を、存在を消す。
景色の一部にまで同化したロイは、ホーンベアに向かって矢を放った。
ビシュン!! と、風を斬る音がロイの耳に聞こえた瞬間。
『───!?』
ホーンベアの頭頂部に付いてる耳の穴から矢が侵入。脳を破壊し、側頭部から矢が飛び出た。
『───……???』
何が起きたかもわからず、白眼を剥いたホーンベアは倒れた。
最後まで、気付かなかっただろう。
ロイの矢は、木々や枝の間を三キロにわたりすり抜け、最後に木の幹に僅かに触れることで軌道を変え、ホーンベアの耳の穴に入り込んだ。
「よし、終わった」
ロイは、ホーンベアではなく、ホーンベアの狩ったシカを回収すべく動き出す……が。
『貴様だ』
「え?」
唐突に、声が聞こえてきた。
女の子のような、この場に似つかわしくない声。
『長く、待った』
「……え? な、なんだ?」
『貴様しかいない。く、アハハハハッ!!』
ロイは周りを見る。気配を探る……が、昆虫の気配しかない。
『見事だぞ、小僧』
「だ……誰だ!?」
『ここだ。貴様の腰を見てみろ』
「え」
ロイの腰にあったのは……つい先ほど手に入れた、粗末な『聖剣』だった。
木刀が、しゃべっていた。
「……ま、まさか」
『正解だ。くくく、粗末な木刀が喋るなんて、思わなかったか?」
「ひっ……」
思わず手を離すが、木刀はフワフワ浮かんでロイの目の前に。
『ようやく出会えた。我を使うことのできる剣士……いや、貴様のような奴をな!!』
「う、うわぁぁぁぁぁぁぁ!?」
『って、待て待て逃げるな!?』
木刀が喋るという事実に、ロイは思わず逃げ出した。
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