聖剣の選抜

 一年後。

 ロイとエレノアは十五歳になった。

 二人は、ティラユール家の馬車に乗り、トラビア王国の王都ゼレニアムへ向かっている。

 これから向かうのは、『聖剣の選抜』だ。

 一年に一度。名だたる『聖剣鍛冶師』たちが打った『模造聖剣』と、世界に七本しかない『聖剣』の主となるべく、世界中から剣士の卵が集まるのだ。

 ロイは、ティラユール騎士爵こと、父のバラガンに睨まれる。


「よいな? この聖剣の選抜で聖剣に選ばれることがなかったら……貴様は勘当だ。ティラユール家から追放するものと思え」

「……はい」


 ロイは、小さく返事をした。

 聖剣王と呼ばれたエドワード・ティラユール。その子孫でありながら剣が使えない。さらに聖剣にも選ばれることがないなど、恥晒し以外の何物でもない。

 バラガンは続ける。


「エレノアは、最有力の聖剣士候補だ。どのような聖剣に選ばれても、これからは対等な立場でモノを言えるようになる。いいか、幼馴染だからと言って、気軽に接していいことにはならんぞ」

「……はい」

「……全く、どうしてこのようなモノが」


 バラガンは、ブツブツとロイを見て小言を重ねる。

 ティラユール騎士領地から出る『聖剣士』候補は二十人。その筆頭がエレノアだ。

 ロイは、曲がりなりにもティラユール家の三男。聖剣士候補たちが『聖剣の選抜』のためにトーナメントを開き、戦ったことを知っている。だからこそ、何の実力もない自分が当たり前のように選抜を受けることに、罪悪感を感じていた。

 

「何度でも言う。決して、無様な結果を見せるなよ」

「……はい」


 ロイは、そんなこと神様に行ってくれ、と言いたかった。


 ◇◇◇◇◇◇


 トラビア王国。

 人間が住む最後の領地である七大王国、その中心にある国。

 聖剣が発見された地とされ、七大聖剣で最も力を持つ『光聖剣サザーランド』を守護聖剣とする国。

 聖剣が発見された場所には『七聖剣大聖堂』があり、そこに世界中の聖剣鍛冶師たちが打った、七大聖剣を模した『模造聖剣』を集め、持ち主を探す。

 聖剣には、意志が宿る。

 大聖堂に納められた聖剣を前に、若き剣士たちが祈りを捧げると、聖剣は答えてくれる。

 祈りに答えた聖剣こそ、自分の聖剣となり、聖剣士としての道を歩む資格を得る。

 ロイ、エレノアは大聖堂に到着した。

 付き添いのバラガン、騎士たちは外で待機。ようやく大きな息を吐くロイに、エレノアは肩をポンと叩く。


「お疲れさま」

「……ほんと、疲れたよ」


 受付をして、大聖堂内に入ると───圧巻の一言だった。

 壁中に、聖剣が埋め込まれている。

 そして、大聖堂の中央に、鞘に納められた一本の剣が、どういう原理なのかフワフワ浮いていた。


「あれが、『炎聖剣フェニキア』……持ち主がいない、七大聖剣最後の一振り」

「あれが、聖剣……」


 美しい、真紅のショートソードだ。鞘の装飾、柄や拵えも美しく、ヒトの手では触れることすら憚られる、芸術品のように見えた。

 すると、大聖堂内に大勢の少年少女が入ってくる。

 それぞれ、綺麗に整列して片膝を付き、静かに祈り始めた。

 全員が、誰かに指示されることなく、同じ動作をする。

 すると、壁に埋め込まれた聖剣の一本がカタカタ動き出し、ロウの前で祈っていた少年の目の前まで飛んで来た。


「これが……オレの聖剣」


 少年は剣を掴むと、大喜びしていた。

 他にも、祈りが届いて壁に収まっている聖剣が次々と飛び出し、少年少女たちの前へ。

 ロイの隣にいるエレノアは、大汗を流していた。


「───熱い。でも、あたしは……負けない。わかってる。今のあたしじゃ、あんたを使いこなせない……でも、きっと、いつか」


 エレノアは立ち上がり、右手を前に五指を開く。

 すると……ずっと浮遊していた『炎聖剣フェニキア』が真っ赤に燃え上がり、エレノアに向かって飛んで来た。エレノアは柄を掴み、鞘を抜く。

 すると、真っ赤な刀身が燃え上がり、周囲の度肝を抜いた。


「え、炎聖剣が……使い手を、選んだ!?」

「噓……炎聖剣って」「噓だろ、おい!」


 大聖堂内が一気に騒がしくなる。

 だが、ロイはエレノアを見ずに、静かに祈っていた。

 全く反応することがない聖剣……恐らく、ロイは聖剣に選ばれないと思っている。

 なぜなら、聖剣なんて、欲していないから。


「───……っ」


 そう思った瞬間、壁ではなく天井から、一本の黒い棒きれが落ちてきた。

 それがロイの傍に落ちて転がり、目の前で止まる。

 真っ黒な、木刀。

 剣ですらない、訓練用のがマシといえる木刀が、ロイの目の前にあった。


「え……」


 確信できた。

 これは、自分の聖剣だ。

 木刀を手に取ると……やはり、違和感しかない。


「エレノ───」


 隣にいるはずのエレノアに聞こうとするが、エレノアはいない。

 炎聖剣が浮かんでいた場所で、何人かの貴族に囲まれていた。少年少女ではない、見ただけで高貴とわかる貴族たちにだ。

 その中に、淡い金髪の少年がいた。エレノアに向かって微笑みかけると、エレノアは赤くなり照れたようにそっぽ向く、モジモジしている。

 少年の腰には、まばゆい輝きを持つ聖剣があった。

 世界最強の聖剣、光聖剣サザーランドが。

 つまり……聖剣の所持者。光聖剣サザーランドの所持者の名は、ロイですら知っている。


「トラビア王国、第一王子……サリオス・ギア・トラビア」


 そんな人が、エレノアに笑いかけていた。


「…………」


 ふと、思い出した。

 父の言葉。もう、エレノアは自分が話しかけていい存在では、ない。

 ロイは、漆黒の木刀を手に、そっとその場を立ち去った。

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