幼き夢

 草木も眠る深夜。

 ロイは、変わらずにティラユール家の訓練場で剣を振っていた。

 ランプの光と、わずかな星明りだけの訓練場は、素振りの音だけが響いている。

 まっすぐ振っているつもりだが、どうしてもフラフラと腰の入らない素振りになってしまう。

 ティラユール家に生まれたからには騎士になる。そう言われ育って来た。

 聖剣。そして聖剣士として国のために戦う、兄と姉に憧れていた。

 でも───現実は、こうも違う。


「はぁ、はぁ、はぁ……くっ、どうして俺の剣はこうも……ッ」


 本当に、妙だった。

 剣を握ると、手に違和感がある。汚物に触れているような、胸がぞわぞわするような。

 まるで、剣に拒絶されているような。

 汗まみれの顔を手ぬぐいで拭うと、誰かが来た。


「やっぱりやってる」

「……エレノア」


 赤いポニーテールは、下ろされている。

 寝間着ではないが、ラフな格好だ。手には木剣を持ち、優しく微笑んでいた。

 幼馴染としてのエレノアは、昔からロイに優しかった。昔は、ロイがエレノアを引っ張り遊んでいたが……剣士として格差が生まれた今は、昔のようには接していない。


「ロイ、今日もやる?」

「もちろん」


 木剣を互いに構え、開始の合図もなく互いに剣を打ちあう。

 コン、コン、コンと、軽く剣がぶつかる音が響く。

 これは、模擬戦ではない。訓練でもない。


「ロイ、しっかり前見て!」

「わ、わかってる!」


 指導。

 エレノアが、ロイに剣の訓練をしているのだ。

 何度か打ち合うと、エレノアは下から斬りこんでロイの剣を弾き飛ばす。


「……ほんと、直らないわね。その、剣を嫌悪するような、怯えたようなクセ」

「別に、怯えてなんか……」

「わかるのよ。あんた、なんで怖がってる……ううん、剣を嫌ってるの?」

「…………」

「ロイ。幼馴染として、あんたに不幸になってほしくないのよ……お願いだから、怯えないで、しっかり剣を握って」

「……わかってるよ」


 ロイは、木剣を拾ってエレノアを見る。

 やや、汗をかいているエレノア。薄手のシャツのみなので、下着が透けて見える。

 顔を反らし、自分の脱いだ上着をエレノアへ。


「その、風邪ひくぞ」

「ん、ありが……あ、っと」


 エレノアも自分の姿に気付き、そっと胸を押さえながら上着で隠す。

 昔は、男のような体型だったのに。今はすっかり丸みを帯び、女性らしい柔らかな身体つきになっている。胸も大きく、肌も滑らかでスベスベしている。

 そう考えたロイは首を振る。異性に興味が出る年ごろの少年らしかった。


「ね、ロイ」

「ん、な、なに?」

「聖剣の選抜までもう少しだね」

「…………ああ」

「あたし、聖剣に選ばれたら『聖剣レジェンディア学園』に通えるんだよね。ふふ……すっごく楽しみ」

「……俺は無理だよ。俺を選ぶ聖剣なんて、あるわけないし」

「またそういうこと言う。いい? あんたは必ず聖剣に選ばれて、あたしと一緒に学園に通うの。あんたのこと馬鹿にするような奴は、あたしがボコボコにしてやるから!」

「……はは、エレノアは強いな」


 ロイは、情けないのか苦笑した。


「……ね、ロイ。覚えてる? ここ、訓練場でさ……あたしに言ったこと」

「…………さぁ、なんだっけ」


 そう言い、ロイは空を見上げた。

 星空が、眩く輝いている。吸い込まれそうな夜空に、しばしロイは無言だ。

 だが、エレノアはムスッとして、ロイの鳩尾に軽く拳を叩き込んだ。


「あだっ!?」

「……嘘つき」


 そう言い、べーっと舌を出してエレノアは行ってしまった。

 しゃがみ込んだロイは、その場で仰向けになり星空へ言う。


「忘れてないよ……『エレノアは、最強の聖剣士になる俺が一生守る』だろ? でも……もう、その夢は叶わない。俺じゃあ、最強の聖剣士には、なれないよ」


 幼い頃の夢は、ロイの胸の中で静かに燃え尽きかけていた。

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